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反旗

 城壁に翻る梁山泊の旗を見上げながら、盧俊義が門を潜る。

 喧騒はすでに納まっており、史進が談笑している姿が見えた。今回は戦う機会があったからか、機嫌が良いようだ。

 朱武もそれを目にし、やや苦笑していた。

「上手くいったな、朱武」

「はい。耿恭どのでなければ、成功しなかったでしょう」

「そうだな」

 耿恭が裏切らないとも限らなかったのだ。そのため兵の中に李逵と鮑旭を紛れ込ませていたのだが。

 耿恭の力とその覚悟を確かめ、さらに城まで獲った。

 神機軍師、怖ろしい男だ。

 耿恭が報告に来た。

 耿恭と共に突入した兵、および韓王山の軍にほぼ損害はない。守将の張礼は李逵が討ちとり、趙能は乱戦の中で死んでいたという。

「うむ、お主も休んでくれ。次は蓋州だ」

「ひとつお聞きしたいのです、盧俊義どの」

「何だ」

「なぜ宋ではなく、梁山泊の旗が立っているのです。あなた方は官軍に負け、招安を受け入れたのでしょう」

 盧俊義が少しだけ驚いた顔をした。

 朱武は口を歪めていた。

「そうか、そう言う事か。奴ら、自分たちの保身のためならば、何でもするのだな」

「なるほどな」

 なにを二人で納得しているのだ。耿恭には何の話か分からない。質問の答えにもなっていない。

 すまぬな、と盧俊義が耿恭に向きなおる。

「間違った情報が流布しているようだから言っておく。我々、梁山泊は童貫、高俅の軍に勝っている」

 え、と耿恭が漏らした。

 官軍に勝った、だと。

 では何故。どうして招安など。

「それは、もうすぐ合流する宋江どのに聞いてくれ」

 そう言って盧俊義が去っていった。

 耿恭の疑問が、声に出ていたらしい。

 梁山泊は官軍に負けたのではないのか。どちらが正しいのだ。

 盧俊義の背を見やる。あの男は嘘など言う人物ではない事は分かる。

 梁山泊は、勝っていた。

 耿恭は、何度もその言葉を反芻していた。

 

 衛州の城外に陣を敷いていた宋江の元へ、勝利の報が届けられた。

「どうだ、宋江。期待通り、先鋒の役目を果たしてみせたぞ」

 自慢げな花栄の顔が浮かぶようだった。

 また報告にはこうあった。

 陵川の副将、耿恭という者が協力に応じた。必要な者だと、盧俊義が判断したのだ。宋江はそれに口を挟むことはしない。

 さらに、その耿恭の尽力で高平県も陥としたという。

 いきなり二拠点を奪回するとは、幸先が良い。宋江は素直に感嘆した。

 よし、と宋江が膝を打ち、立ち上がる。そして呉用を呼び、告げた。

「高平へ出発する」

「わかりました」

 梁山泊軍がにわかに活気づいてきた。

 雪がちらついてきたが、彼らの上で溶けて消えてしまうような、熱気を帯びていた。

 やがて陵川を越えたあたりで斥候の報告があった。

 陵川が陥ちたことを知り、近隣の町を包囲していた田虎軍が撤退したというのだ。

 宋江は喜ばしい事だと言ったが、呉用の表情は違った。

「この短期間で、確かに僥倖です。しかし敵に我々が進軍してきたことが、これで知れ渡ることになるでしょう。ここからは油断できない戦いとなります」

「なるほど。喜んでばかりもいられないのだな」

「田虎軍が手に入れようとしていた衛州は、東に太行山系、南に黄河を擁する要害。我々が衛州を離れたとなれば、その隙を狙うでしょう。そうなると我々は東西に分断されてしまいます」

「それは避けねばならんという事だな」

 そこで呼延灼と公孫勝に、衛州を守らせることにした。さらに陵川には柴進と李応を残した。

 やがて高平県に着いた。

 門が開くと、そこに花栄が立っていた。

「遅かったではないか、宋江」

「お前が早いだけだ、花栄」

 二人が同時ににやりと笑った。

 盧俊義と合流し、状況を確認する。

 地図を見ながら呉用と朱武が綿密に策を練る。次は蓋州である。 

 そこに盧俊義が耿恭を呼んだ。宋江に会わせるためである。

「あなたが耿恭どのですね。高平県での尽力、感謝しております」

 はい、と言って耿恭が黙ってしまう。盧俊義の視線に気付いた耿恭が続ける。

「不躾で申し訳ありません。ひとつだけ、お聞きしたいのです」

「何でしょう」

「梁山泊はどうして招安を受けたのですか。腐敗した役人を倒すため、国と戦っていたのではないのですか。それがどうして奴らの側に」

「民を救うためです」

 宋江ははっきりと、迷いなく言い切った。その目は真っ直ぐに耿恭を貫いていた。

 耿恭は理解した。

 この宋江と言う男、本人が知ってか知らずかとんでもないことを言っている。

 宋江の言う民の中に耿恭も含まれているのだ。敵である自分をも、救うべき民だというのだ。

 答えはそれで充分だった。

 耿恭は城壁に上り、空を見上げた。

 澄み切った空のように、耿恭の迷いも晴れた気がした。

 見張りをしていた孫如虎と李擒竜が驚いたようだ。

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