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本領

​一

 孫安、盧俊義が出陣した直後、追いかけるようにして勅使が来た。

 王慶の叛乱軍が、魯州と襄州を包囲しているので、急いで救援に向かえというのだ。

 孫安は辟易した顔だ。

「好きに戦わせてはくれないのか」

「この程度で文句をを言っていては、身が持たんぞ」

 盧俊義がなだめるように言った。大いに含むところがあるようだっだ。

 なるほど。どれほど有能な将を持っていても、官軍が叛乱軍に負けてしまう、その理由が分かったような気がした。

「盧俊義どの、申し訳ない。私がこれでは士気も下がるというもの」

 自らを鼓舞するように、兵たちに命じた。

 二十万もの軍は一路、南西へと進んだ。

 斥候からの情報が入った。

 梁山泊軍を見ると、王慶軍は州城の包囲を解き、撤退していったという。

「賊軍はどちらへ向かった」

「はい、宛州の方です」

「よし、我らも宛州へ向かう」

 少し行ったところで姚約が言う。

「大将。皆、辛くなってきてるようですぜ。そろそろ休ませちゃくれねぇかなあ」

 精強な兵が揃っているとはいえ、陽がじりじりと体力を削っていた。

 そうだな、と孫安が応じた。

 一行は、近くの方城山の深い林の奥で暑気を避けることとなった。木と木の間に日除けの屋根をかけさせ、兵と馬を休ませる。兵たちは一様に安堵した表情だった。

 だが孫安の表情は曇っていた。

 無茶はしない、そう宋江に言った。父の仇の李助を討つ。それを努めて考えないようにしていたはずだった。

「仇を目の前にしては、誰でも気が急くものだ。気にするな」

 そう声をかけた盧俊義は、史文恭を思い出していた。小燕子そして晁蓋の仇。あの時、自分もそうだったのだ。気持ちはよく分かる。

「それに、良い部下を持ったな」

 孫安が姚約を見やる。秦英や金禎らと何か言い合っている。

 確かに姚約が言わなければ、そのまま進軍していた。

 自分は梁山泊では新参者だ。だがこたびの軍を率いる立場のため、他の者は諌める事も憚られたのだろう。

 焦るな。

 幾度も心に刻みつけた言葉を、もう一度呟いた。いまは体を、心を休めよう。そう決めて、目を閉じた。

 ふと心地良い風を頬に感じた。

 喬道清が風を起こし、暑気を和らげている。

 しばし涼んでいた孫安だったが、ふいに立ちあがった。そこへ緊張した面持ちの魏定国がやってきた。

「お前も気付いたか」

「はい、孫安どの」

 孫安が喬道清、張清、瓊英、卞祥を呼び、何事かを告げた。張清、瓊英は東の山麓へ向かい、卞祥は西へと向かった。

 孫安そして魏定国が気付いたこと、それは風の流れだ。

 喬道清が顎に手をやり、感心したように言う。

「なるほど。この林は火攻めに格好の場所という訳か」

「ああ。敵がそれを知っていれば、の話だがな」

「しかし、用心に越したことはありません」

 その通りだ。

 成長したな。

 孫安を引き継ぎ、指示を飛ばす魏定国。

 その様子がとても頼もしく見えた。

 

「やはり連中は水溜まりの盗っ人に過ぎないようだな」

 梁山泊軍が、方城山麓の林に陣を敷いたとの報告を受けて、宛州の守将劉敏が笑った。

 意味を捉えかねる配下の将たちに、劉敏がそれを説く。

「なるほど、さすが劉智伯」

「では早速、準備に取りかかりましょう」

 韓喆と班沢が褒めそやす。

 火箭、火砲を兵に持たせ、荷車に粗朶や蘆、さらに硫黄などの引火物を大量に積み込んだ。そして魯成、鄭捷、寇猛、顧岑らと一万の兵が薄暮の頃合い、城を出た。

 劉敏は風が変わったのを感じた。

 南風だ。思わず笑みがこぼれる。

 くくく、やはり梁山泊は運の尽きだったようだ。

 方城山の南方二里まで近付いた。そこでさらに吉兆があった。霧が出て、山谷いっぱいに広がり始めたのだ。

 勝利を確信した劉敏は笑みを噛み殺すのに必死だ。

 魯成らは霧に紛れて林に接近すると粗朶などを投げ込み、一斉に火を放った。さらに寇猛、顧岑は糧秣が集められていた場所を焼き打ちした。

 南風に吹かれ、火が舐めるように林中に広がってゆく。

 劉敏は逃げ出してきた梁山泊兵を一網打尽にしようと待ち構える。

 しかし、

「そんな、馬鹿な」

 風が北からの風に変わったのだ。

 一転、業火が劉敏軍に襲いかかった。兵たちが悲鳴をあげ、逃げ惑う。

 その様子を、方城山上から見ている者がいた。

 喬道清だった。

 喬道清が術で風向きを変えたのである。

 劉敏はそれを知る由もない。退くな、と命じようとした劉敏だったが、熱気と共に炎に肌を焼かれ、叫んだ。

「退けい。林から離れるのだ」

 だがそこに号砲が轟いた。

 それを合図に東西の山麓から伏兵が飛び出してきた。退却する劉敏たちが挟撃される。顧岑が西に向きを変えた。

 その西からは、卞祥が雄叫びを上げ、突進してくる。大山開斧を大きく振りかぶり、馳せ違いざまに振り下ろした。蜘蛛網と呼ばれる顧岑は、真価を発揮する暇もなく両断された。

 東からの伏兵には鄭捷が当たった。先頭の張清に槍を向け突進する。だがふいに顔面に何かが激突した。まるで岩にぶつかったような衝撃で落馬してしまった。張清の横を駆ける瓊英が礫を飛ばしたのだ。粉蝶衣の鄭捷は、そのまま張清の槍に貫かれた。

「劉敏さまを守るのだ」

 魯成が弓を構える。臥蚕弓の渾名の通り、弓矢を得意とした。そして飛び出してきた騎馬に狙いをつけ、矢を射った。だがその騎馬、孫安は矢をかわすと一刀の元に魯成を斬り捨てた。

 劉敏軍が怖れをなし、乱れた。

 宛州に帰りついたのはわずかに三百ほどで、寒蛩腿(かんきょうたい)の寇猛も乱戦の中で果ててしまっていた。

 宛州城で待機していた韓喆と班沢は言葉もなかった。劉敏も敗北が認められない様子で呆けたようになっていた。

 しばらくして、目に生気が戻った劉敏。

 風が変わったのは、たまたまだ。

 この城はちょっとやそっとでは攻められぬ。ここは守りを固めるのだ。

 勝敗は兵家の常。

 次は勝てば良いのだ、と南豊の王慶の元へ援軍の要請を送った。

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