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本領

 宛州から十里の所に陣を敷いた。

 周辺は静まりかえっており、伏兵もないようだ。やはり守りに徹する構えか。

 孫安は秦英たちに宛州城を攻めさせた。城壁から矢の雨が降り注ぐ。無理に近づかず矢を避け、また攻める。だが何度攻めても、城門は開く気配すら見せなかった。

 盧俊義が堪りかねたように言う。

「どうする。埒が明かないぞ」

「梁山泊は攻めるしか能のない連中だ、そう思わせます。林冲どのたちに指示を」

 盧俊義が馬を駆り、後方に下がる。

 その間にも秦英、姚約らは王慶軍を揶揄する言葉を投げつけていた。

 膠着状態が六日続いた。

 劉敏もはじめは余裕を見せていたが、日が経つにつれ次第に顔色を曇らせ始めた。

「援軍はまだ来ないのか。王慶さまは何をしているのだ。一体、何日経ったと思っている」

「六日でございます」

「そんな事は知っている」

 班沢の言葉に、劉敏が杯を叩き割った。

 そういう事じゃない、まったく気の利かぬ連中だ。

 劉敏は深く息を吐き、椅子に深く腰掛けた。

 落ち着け。梁山泊がここを陥とす事はできん。落ち着いて待つのだ。必ず援軍は来る。

 折よく、使者が戻ってきた。

 遅いぞ、という言葉を飲み込み、報告を聞く。

 援軍の許可が下りた。命令はすでに発せられており、間もなく来ると。

 良し。これで奴らは袋の鼠も同然だ。

「韓喆、班沢、出る準備をしておけ」

 ふふ、智伯ここにあり。

 これで王慶さまの覚えもめでたくなるという訳だ。

 援軍は宛州の北と南から出る手筈だ。それぞれ臨汝州と安昌、義陽である。

 だが翌日になっても、梁山泊軍の動きに変化はなかった。敵の後方も乱れた様子はない。

 まだか。もう来ても良いはずだ。

 そして昼近く、ついに動きがあった。

 劉敏が城壁から身を乗り出すようにした。すぐに韓喆らに命令を飛ばした。だが、よく見ると様子がおかしい。

 梁山泊軍に混乱した様子はない。むしろ整然と陣容を整えている。

 む、と劉敏が目を凝らした。

「ま、まずい。守れ、守りを固めろ」

 まさに出陣しようとしていた韓喆と班沢が混乱した。

 梁山泊軍の後方に、大きな影があった。

 軍が左右に広がり、その大きな影が前方に進みだした。

 劉敏が目を見開き、動けずにいた。

「李雲どの、さらなる攻城兵器をお願いできないだろうか」

 王慶討伐の勅使が帰還した後、孫安が頭を下げてきた。

 孫安は、李雲が建て直した五竜山の神廟を見て感動したという。以前の姿を踏襲しつつ、より重厚で洗練した建築に生まれ変わった。そう、周りに李雲の腕を褒めそやしていたらしい。

 悪い気はしない。

 だが、

「出陣まであと三月(みつき)では」

「やはり足りない、かな」

「いや、十分だ」

 どこか挑発的な物言いに、思わず口走ってしまった。

 とにもかくにも李雲は覚悟を決めた。

 毎日、陽が落ちるまで、時には月明かりの下でも、作業をした。

 その日も遅くなってしまった。

 足が、朱富の店に自然と向いた。

「おや、お師匠さま。お一人で来られるなど、これは珍しい」

 李雲は下戸だった。部下を連れては来るのだが、一人ではほとんど訪れない。

 朱富が満面の笑みを浮かべている。よほど嬉しいのだろう。李雲の食事の好みは知っている。注文も聞かず、手早く卓に並べてゆく。

 李雲が物言いたげな目をしていた。

「今夜は、飲まれますか」

 軽い奴を、と言ってすぐに、

「やはり、きついのをもらおうかな」

「とっておきがあります。お師匠さまにお出しできるなんて」

 と、止める訳でもなく、朱富が酒瓶を携えてきた。

 杯に酒を満たす。杯を持つと、李雲は一気にそれを飲み干した。

 酒が喉を通るのが分かる。

 熱い。いつもより熱い。

 かあっ、と息を大きく吐く。

 空いた杯に、朱富がまた酒を満たす。

 今度は舐めるようにちびりとやる。

「順調、ではなさそうですね」

「孫安が、なかなか出来に納得しなくてな」

「あとふた月を切っているのに」

 ああ、と言って李雲がちびりと酒を飲む。

「部下たちも音を上げそうでな。このままでは間に合わぬ、そう言おうと思っていた」

 だが、と李雲は続けた。

 今夜のことである。李雲はひとり、作業を続けていた。

 孫安から、修正してほしい個所があると言われた攻城兵器である。

 目を眇め、指摘された箇所を検分していた。だが特におかしな所はないように見えた。

 そして何度か動かした時である。

 軋む音がした。そして嫌な音を立て、その部分が壊れてしまった。

 李雲は青い瞳を大きくし、立ち尽した。

 これが実戦で起きたなら、どんな悲劇を招いただろうか。

 李雲は、眉間に皺を深く刻んだ。

 なるほど、と朱富が唸った。

「戦を預かる身として、当然のことだったのだ。良くも悪くも、宋江どのは私や部下を信頼しており極力口を挟まない。それを当たり前と思い、私は慢心していたのかもしれない」

 朱富は何を言わず、杯に酒を注いだ。

 翌日、やや痛む頭を抱え、孫安の反応を見守った。

「さすがは青眼虎どの。そしてあなたの部下たちも、期待以上です」

 孫安が破顔し、李雲らに礼を述べた。

 今夜は部下たちを連れ、朱富の店に押しかけよう。

 たまの二日酔いも悪くない。

 

 梁山泊軍の攻城兵器が城に向かってくる。

 劉敏が慄く。

 援軍はどこだ、もう来ているはずだ。どこにいる。

 くそ、と毒づき、城内へと戻る。

「城門を堅く守れ。弓兵は城壁へ急げ」

 それでも智伯と呼ばれる男、指示を飛ばしながら自身も城壁へと向かった。

 孫安、朱武が指示を飛ばす。

 四方から攻城兵器が近づいてゆく。それは物見櫓に車輪を付けたような形だった。下部は箱状になっており、中に入った兵が攻城兵器を前進させる。上部の櫓には攻撃のための兵が乗っている。

 劉敏は矢を射かけさせるが何本か刺さるだけで、中の兵士に影響はない。次に火矢を射かけるが、これも対策されていた。

 劉敏は歯嚙みをし、策を巡らせる。その内にも攻城櫓は宛州城の手前まで進んでしまった。しかし攻城櫓はそこで動きを止めた。目の前に幅四丈ほどの濠が口を開けていたのだ。

 劉敏の表情がやや緩んだ。

 その櫓では濠を越えられまい。再び火矢の準備を命じようとした時、攻城櫓の方から音が聞こえてきた。

 木が軋むような音。何の音だ。目の前の櫓は動いていない。だが確実に聞こえている。

 ふいに音が止んだ。

 そして攻城櫓が動き出した。

 おかしい。櫓が近づいて、来る。

「何故だ」

 劉敏は叫んで、城壁から身を乗り出した。部下たちが戦袍を掴み、何とか落ちることは阻止した。劉敏は、半分宙に浮いた格好のまま、見た。

 攻城櫓の前方の濠の上に橋が架かっていた。その橋の上を進み、攻城櫓が近づいてきていたのだ。

 劉敏さま、という部下の声で我に返った。転がるように城壁の上に戻ると、兵たちに命じた。

「乗り込んでくるぞ。矢を放て。ありったけ放て。石でも何でもいい、ぶつけて倒してしまえ」

 しかし攻城櫓が一丈の所まで迫ると、宛州の兵たちは恐慌をきたした。

 櫓前方の戸板が開き、そのまま城壁に橋のように引っ掛かる。

 雄叫びを上げ、中から団牌を持った梁山泊たちが飛び出してきた。

 我先に城壁に飛び移り、宛州兵を斬り捨ててゆく。

 

 その攻城兵器は轆轀(ろくおん)と名付けられた。

 劉敏が聞いた軋むような音。それは轆轀が発していたものだった。

 宛州城の濠の手前で止まった轆轀。下部の箱状の部分、そこから長い板のようなものが伸び出した。板の両側は、鉄で補強された太い木材で支えられている。

 まるで舌を出すように板が伸びてゆき、やがて堀の向こう側に達した。

 そして轆轀の前に、橋ができた。轆轀が自ら橋を生み出したように見えた。

 橋の素材は下部に積み込まれていた。内部で兵が組みたてながら、取っ手を回して伸ばしたのだ。

 それを越え、轆轀が宛州城に迫った。

 暴れまわる梁山泊軍。宛州兵はもはや逃げ惑うばかりだ。

 負けるの、か。

 逃げてください、という声にも応じず、劉敏はただ轆轀を見続けていた。

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