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反旗

 燕青を呼び、許貫忠の地図を広げる。

 こんな正確な地図が、と耿恭は驚いていた。

 盧俊義が説明を求め、耿恭が位置を確認する。

 ここ陵川から川を挟んだ西が蓋州。さらに西に、陽城と沁水。蓋州がこの一帯の要である。ここを陥とさねばならない

「蓋州は、鈕文忠が大軍を擁して守っております。私は当初、蓋州に援軍を要請することを進言したのです」

 だが、董澄は耳を貸さなかった。

 もし耿恭の進言を受け入れる将だったならば、負けるにはないとしても苦戦を強いられていたかもしれない。 盧俊義がしみじみと思う。

「朱武よ、蓋州を攻めるには」

 朱武が地図を見つめる。

「今の兵力では難しいでしょう。蓋州を攻めるならば、宋江どのを待つのが賢明です。ですがその前にできる事があります。耿恭どの、ここは」

 と言って地図を示す。蓋州の北にある高平県だ。

 耿恭によれば、高平県は陵川からわずか六十里、韓王山の麓にあるという。守将は張礼と趙能の二人。兵数は約二万である。

 うむ、と頷き、朱武が再び黙考する。

「耿恭どの」

「はい」

「あなたの命をお借りしたい」

「わかりました」

 即断だった。朱武の策がどんなものかを聞く事もしない。

 耿恭も耿恭だが、朱武も朱武だ。

 このような男が、まだいる。盧俊義は腕を組み、その様子を見守った。

 朱武が策を説明し始める。真剣な面持ちの耿恭。

「なるほど、やってみましょう」

「成否は、あなたにかかっています。頼みましたよ、耿恭どの」

 耿恭は軽く微笑み、返事とした。

 

 冬の夜空は澄んでいて、星がとびきり煌いて見えた。

「おい、何だあれは」

 星明かりの下、大勢の影が蠢いていた。

 闇の中ではっきり見えないが、軍のようだ。敵か。

 すぐに他の兵に伝え、攻撃の準備を取る。弓がずらりと城壁の上に並んだ。

 城壁の下から大声で誰かが叫んだ。

「待ってくれ。我々は味方だ」

「本当なのか」

「私は陵川の耿恭だ。董澄さまと沈驥が敵を軽んじ、門を開けたため城が陥とされてしまった。私たちは命からがら逃げてきたのだ。開けてくれないか」

「待て、確かめたい。そこを動くな」

 守備兵は松明ををかざした。

 そこへ張礼と趙能が来た。張礼が叫ぶ。

「本当に、耿恭なのか。董澄はいずこだ」

「董澄さまは討たれた。いまなら敵は油断している。共に仇を討とうではないか」

 訝(いぶか)しむ張礼。

 だが守備兵の中から、あいつは孫如虎だ、とか李擒竜だと言う声が上がった。守備兵と顔見知りで、確かに陵川の兵だという。

 それを聞き、やっと張礼は警戒を解く。門を開けさせ、耿恭たちを招き入れた。

 百人ほどの兵たちが列になり、順に門を通ってゆく。まだ先頭が入ったばかりの時、後方の兵が騒ぎだした。

「早くしろ」

「敵が追いかけてきたぞ」

 などと叫ぶ声が聞こえる。

 張礼も趙能も兵たちを鎮めようとするが、言う事を聞かない。

 あれは、と言う声に張礼が顔を上げた。背後の韓王山が燃えだしたように、松明がずらりと並んでいた。

 なんだあれは。敵と言っていたか。だが敵とは、何者なのだ。

 その間にも兵たちは門に入ろうと殺到し、高平城の兵と揉み合いになる。

 喚声と共に、韓王山から地響きのような音が聞こえ出す。夜目にも、大軍が押し寄せてきたのが分かった。

 慌てた趙能が叫ぶ。

「おい、耿恭。あれが敵なのか。奴ら、一体何者なのだ」

 その問いに耿恭ではなく、横にいた兵が答えた。

「へへ、俺たちは梁山泊さ」

 その兵は田虎軍の甲を纏った李逵だった。さらにその側にいた鮑旭が笑みを浮かべ、突撃の雄叫びをあげた。

 趙能が、ひっと悲鳴を上げ、逃げだした。守将として張礼は抵抗しようとした。だが李逵らの恐ろしい顔を見て、心が萎えた。その逡巡が命取りだった。

 踵を返そうとした時、背中をむんずと掴まれた。

「捕まえたぜ、あんたが大将だよな」

 李逵だった。どんなにもがこうが、李逵の力には敵わない。

 張礼は、助けてとやっと声に出したが、助かるはずもなかった。

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