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反旗

「耿恭さま、ご無事でしたか」

「申し訳ありません。門を守れませんでした」

 李擒竜と孫如虎が駆けてきた。疲れ切った表情をしている。

「よく耐えたな。立派だったぞ」

 耿恭さま、と二人が抱きついてきた。

 梁山泊に協力することは、田虎に対する裏切りではないか。

 しかし略奪などの行為が、田虎の命令によるものだったならば、それは信じてきた者たちに対する裏切りではないか。

 城門に翻る梁山泊の旗を仰ぎ見て、耿恭は決意を固めた。

 

 日が暮れ、居酒屋に入り、やっと腰を下ろせた。

 孫如虎と李擒竜は、酒を飲むよりも、まずは大きなため息をついた。

 梁山泊に敗れてから、不安がる住民たちを落ち着かせるのにひと苦労だったのだ。

「はあ、どうなるんだよ、これから。なあ、孫よ」

「分からねぇよ、李よ。まさか負けちまうとはなぁ」

 そしてもう一度大きなため息をついた。

 二人は定職に就く事もなく、ごろつきのようなことをやっていた。そこで少しでも泊をつけようと自分で渾名を決めた。

 虎の如き孫。

 竜を擒(とら)える李。

 大抵、豪傑の渾名には虎や竜が付いている。それに強そうだ。そんな軽い気持ちで付けたものだ。

 その頃、田虎の噂を聞いた。だが特に役人に不満があった訳ではない。ただ、飛ぶ鳥を落とす勢いの田虎の一味に加われば、銭と飯にありつけるだろうという目算からであった。

 運も手伝ったのか、二人は順調に手柄を立てていった。そして二人の渾名も知られるようになった。

 ある時、ところがというかやはり、二人は失敗をした。

 悪徳で知られる金持ちの倉を襲う役目だった。だが金持ちは用心棒たちを雇っていた。

 仲間たちが殺され、二人は役目など捨てて逃げようとした。だが腰が抜けて立つこともできない。

「孫如虎と李擒竜か。首を獲ればそこそこの銭にはなるな」

 などと物騒なことを用心棒たちが笑いながら言う。

 だがその場にいた者たちは、鈴の音を聞いた。

 その音に、用心棒たちは怖れ慄いた。

 現れたのは耿恭だった。銀鈴公と呼ばれ、河北では有名な男であった。

 その耿恭が、二人を助けに来たのだ。

 鈴の音が軽やかに鳴る度に、一人また一人と用心棒が倒れてゆく。二人は腰を抜かしたまま、耿恭に見惚れていた。

「ご苦労だったな、孫如虎、李擒竜」

 二人が涙と鼻水に濡れた。

 それから耿恭を慕うようになり、この陵川に至る。

「でもよ、耿恭さまが、まさか、なあ」

「馬鹿野郎。耿恭さまは、俺たちを、住民たちを守ったんだ。じゃなきゃ凶悪な梁山泊の連中に皆殺しにされていたところだ」

「そうか、なるほどな。孫よ、お前の考えの通りかもしれんな」

「誰が凶悪だって」

 びくりと二人が背筋を伸ばした。

 史進と黄信だった。史進が酒を頼み、すぐに運ばれてくる。

 孫如虎と李擒竜は、史進の問いに答えられず、おろおろするばかりだ。

 凄みを利かせた顔で史進が、二人を睨んでいる。

「もうよせ、史進。怯えているじゃないか。本当に私たちが凶悪だと思われてしまうぞ」

「はは、分かりましたよ。すまんな、お前たち。冗談だ」

 黄信は、史進の様子に苦笑した。伏兵の出番がなくて、力が余っているのだ。気持ちは分かるが。

 しかし、と史進が続ける。

「ほとんどが逃げだしたってのに、お前たちは最後まで持ち場を離れなかったそうじゃないか。大したもんだ」

 孫如虎と李擒竜は、何と言って良いか分からず、はにかんだ。

 実は、逃げだそうとしていたのだ。だが孤軍奮闘する耿恭への思いがよぎり、他の連中よりも遅れてしまっただけなのだ。

 史進と黄信は、それ以上触れず、二人で話し始めた。

 孫如虎と李擒竜は、酒も喉を通らず目を合わせ、ため息をついた。

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