108 outlaws
反旗
三
「耿恭さま、ご無事でしたか」
「申し訳ありません。門を守れませんでした」
李擒竜と孫如虎が駆けてきた。疲れ切った表情をしている。
「よく耐えたな。立派だったぞ」
耿恭さま、と二人が抱きついてきた。
梁山泊に協力することは、田虎に対する裏切りではないか。
しかし略奪などの行為が、田虎の命令によるものだったならば、それは信じてきた者たちに対する裏切りではないか。
城門に翻る梁山泊の旗を仰ぎ見て、耿恭は決意を固めた。
日が暮れ、居酒屋に入り、やっと腰を下ろせた。
孫如虎と李擒竜は、酒を飲むよりも、まずは大きなため息をついた。
梁山泊に敗れてから、不安がる住民たちを落ち着かせるのにひと苦労だったのだ。
「はあ、どうなるんだよ、これから。なあ、孫よ」
「分からねぇよ、李よ。まさか負けちまうとはなぁ」
そしてもう一度大きなため息をついた。
二人は定職に就く事もなく、ごろつきのようなことをやっていた。そこで少しでも泊をつけようと自分で渾名を決めた。
虎の如き孫。
竜を擒(とら)える李。
大抵、豪傑の渾名には虎や竜が付いている。それに強そうだ。そんな軽い気持ちで付けたものだ。
その頃、田虎の噂を聞いた。だが特に役人に不満があった訳ではない。ただ、飛ぶ鳥を落とす勢いの田虎の一味に加われば、銭と飯にありつけるだろうという目算からであった。
運も手伝ったのか、二人は順調に手柄を立てていった。そして二人の渾名も知られるようになった。
ある時、ところがというかやはり、二人は失敗をした。
悪徳で知られる金持ちの倉を襲う役目だった。だが金持ちは用心棒たちを雇っていた。
仲間たちが殺され、二人は役目など捨てて逃げようとした。だが腰が抜けて立つこともできない。
「孫如虎と李擒竜か。首を獲ればそこそこの銭にはなるな」
などと物騒なことを用心棒たちが笑いながら言う。
だがその場にいた者たちは、鈴の音を聞いた。
その音に、用心棒たちは怖れ慄いた。
現れたのは耿恭だった。銀鈴公と呼ばれ、河北では有名な男であった。
その耿恭が、二人を助けに来たのだ。
鈴の音が軽やかに鳴る度に、一人また一人と用心棒が倒れてゆく。二人は腰を抜かしたまま、耿恭に見惚れていた。
「ご苦労だったな、孫如虎、李擒竜」
二人が涙と鼻水に濡れた。
それから耿恭を慕うようになり、この陵川に至る。
「でもよ、耿恭さまが、まさか、なあ」
「馬鹿野郎。耿恭さまは、俺たちを、住民たちを守ったんだ。じゃなきゃ凶悪な梁山泊の連中に皆殺しにされていたところだ」
「そうか、なるほどな。孫よ、お前の考えの通りかもしれんな」
「誰が凶悪だって」
びくりと二人が背筋を伸ばした。
史進と黄信だった。史進が酒を頼み、すぐに運ばれてくる。
孫如虎と李擒竜は、史進の問いに答えられず、おろおろするばかりだ。
凄みを利かせた顔で史進が、二人を睨んでいる。
「もうよせ、史進。怯えているじゃないか。本当に私たちが凶悪だと思われてしまうぞ」
「はは、分かりましたよ。すまんな、お前たち。冗談だ」
黄信は、史進の様子に苦笑した。伏兵の出番がなくて、力が余っているのだ。気持ちは分かるが。
しかし、と史進が続ける。
「ほとんどが逃げだしたってのに、お前たちは最後まで持ち場を離れなかったそうじゃないか。大したもんだ」
孫如虎と李擒竜は、何と言って良いか分からず、はにかんだ。
実は、逃げだそうとしていたのだ。だが孤軍奮闘する耿恭への思いがよぎり、他の連中よりも遅れてしまっただけなのだ。
史進と黄信は、それ以上触れず、二人で話し始めた。
孫如虎と李擒竜は、酒も喉を通らず目を合わせ、ため息をついた。