108 outlaws
反旗
三
城門の方が騒がしい。
董澄が見ると陵川城に梁山泊兵が殺到していた。自軍の兵は城を守らず、散り散りに逃げているようだ。
戦いに集中している間に梁山泊め。狡猾な連中だ。
沈驥を見る。手が乱れている。
まずいと踏んだ董澄は潑風刀を思い切り振りまわし、朱仝と花栄の包囲を抜け、城門へと向かった。
沈驥が愕然となった。守将に見捨てられたと思ったのだ。
そこで沈驥は、二人の意識が董澄に向いている隙に、反対側へ逃げた。
朱仝と花栄はどちらも追う事をしない。
花栄が槍を了事環に掛け、弓を手にした。
そして弓を満々と引き絞り、董澄めがけて矢を放った。
風を切る音を聞いた次の瞬間、董澄の首を矢が貫いた。
血の泡を吐き、董澄が馬から落ちた。
くそう、と毒づきながら沈驥が馬を飛ばす。
突如、馬が棹立ちになった。
目の前に男がいた。両手にそれぞれ槍を持っていた。
「ほう、振り落とされなかったのは、流石だな」
「誰だ貴様」
「梁山泊、五虎将が一人。風流双鎗将とは私の事だ」
「知るか、貴様など」
「そうか。残念だ」
董平が言い、馬が沈驥の横を駆け抜けた。
槍が弾き飛ばされ、沈驥は馬から突き落とされた。
転がる沈驥に董平が迫る。
沈驥は膝立ちのまま、両手を上げた。
「や、やめてくれ。降参だ。助けてくれ」
「いいだろう」
董平が馬首を返し、去ろうとする。
沈驥が、背に隠し持っていた小刀を手にしていた。
馬鹿め。董平に背後から襲いかかる沈驥。
ひゅん、と風の音がした。
沈驥の喉が横一文字に裂けた。
董平の槍の穂先が血に濡れていた。
馬鹿な。後ろも見ずに、槍を。
溢れる血を両手で押さえるようにしたまま、沈驥が倒れ伏した。
「どうやら好漢ではなかったようだな」
肩越しに一瞥し、董平が馬腹を蹴った。
運良く陵川の守将が出てきてくれた。
上手く城から引き離し、城門を攻めることができた。
戦いを見守る盧俊義が、目を見張った。
なんと城壁から飛び降りた将がいたのだ。身を投げたのではない。刀を抜き放ち、李逵たちの上から襲いかかったのだ。
鈴の音が聞こえた気がした。鮑旭が顔を上げた。
「なんだあ、お前は」
「我が名は耿恭。陵川の副将だ」
名乗りと同時に、耿恭が歩兵にぶつかった。歩兵が咄嗟に楯を上げていた。おかげで耿恭は衝撃を和らげ、地面に降り立った。
「ふざけた野郎だ」
「門は渡さぬ」
耿恭と鮑旭が斬り結ぶ。その度に刀の鈴が鳴った。鮑旭の表情が歪む。いつもならば斬り合いに愉悦を感じるのだが、鈴の音がそれを邪魔する。
「うるせぇなあ。この野郎」
大ぶりに振られた刀の脇を潜り、耿恭が間合いを詰めた。
狙いを定め、耿恭の腰が沈んだ。
しかし鮑旭を斬ることができなかった。鮑旭が覆いかぶさるように、耿恭の腕を掴んできたのだ。
「き、貴様」
耿恭は驚いていた。普通、攻撃を避けようと後ろへ下がるか、横へ逃げるものだ。それをこの男は、前に出たのだ。
「放すかよ」
二人はもつれ合い、地面を転がる。
乱戦の中、陵川の門は奪われ、梁山泊軍が城内に入った。
喧騒の中、城壁に梁山泊の旗が立てられた。
鮑旭に抑え込まれたまま、耿恭はそれを見た。そして力を抜いた。
お、と鮑旭が手を緩め、離れた。
「観念したようだな」
耿恭は悔しそうな瞳で、旗を見つめ続けている。だがやがて覚悟を決めたように、目を閉じた。
「戦は終わった。その者を殺めてはならぬ」
その声に、耿恭が目を開けた。
鈁旭は不満そうに、文句を言いながらどこかへ行ってしまった。
「わしは盧俊義。こたび梁山泊軍を率いてきた者だ。そなたの戦いを見ていた。大した度胸だな」
「盧俊義どの、降伏いたします。だから住民や他の兵たちを」
跳ね起きた耿恭が平伏して、嘆願した。
「そう命じている。梁山泊の軍律は厳格だ。して、お主は」
「申し遅れました。陵川の副将、耿恭と申します」
「耿恭どの、どうか立ってくれ」
盧俊義が落ちていた刀を耿恭に手渡す。
「歩兵の中に単身で飛び込むのは無謀なのか、勇猛なのか」
「無謀でしょう。だが城を守らねばという気持ちからです」
「よければ梁山泊に力を貸してくれぬか。わしらの目的はわかっているだろう」
「ええ、田虎でしょう」
やや顔を伏せ、耿恭が考える。
悪辣な役人たちから、家族をはじめとする人々を救おうと田虎軍に参加した。田虎が悪徳役人を排除し、人々を解放することを旗印としていたからだ。事実、その力は大きかった。田虎の呼びかけに応ずる人間も多く集まり、日に日に勢いを増していった。
田虎軍が叛徒と呼ばれるのは仕方ないし、構わない。正義を行っているのだという想いが耿恭にはあった。
だが近ごろ、不穏な噂を耳にするようになっていた。
田虎軍が民に対して略奪などの行いをしているというのだ。
気になった耿恭は密かに調べた。様々な人間が集まってきているのだ。中にはそういう輩もいるだろう。
そして、確かにいた。そしてそれらは、耿恭が排除していった。
しかし彼らの口から、さらに不穏な言葉を聞くことになる。略奪は田虎の命令でやったことなのだと。
耿恭は、苦し紛れの嘘だろうと判断した。いや、嘘だと信じたかったのだろう。それから耿恭は、その噂から遠ざかるようになっていった。
「私の力で良ければ」
顔を上げ、耿恭が言った。
盧俊義が満足そうな顔をした。