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反旗

​二

 陵川の門が明け放たれた。

 董澄、沈驥率いる軍が飛び出してくる。

 梁山泊を前に、董澄が先頭に立った。

 手にするのは重さ三百斤の潑風刀。太い腕に血管が盛り上がっている。

「水たまりの盗賊どもよ。わざわざ死にに来るとはいい度胸だ。俺の手にかかって果てることを誇りに思うのだな」

「悪党はいつでも同じ台詞を言うのだな」

 梁山泊から駆けだした一騎は、朱仝だった。その目は真っ直ぐに董澄を見据えている。

 朱仝は思う。宋江の、困っている人々を見過ごせないという性分が、いよいよ途方もない規模になってしまった。

 だが朱仝は嬉しい。

 流罪人ととなっても、梁山泊の山賊となろうとも、その信念がぶれる事がなかったからだ。鄆城にいた頃から人の良い胥吏だったが、どこか芯の強さも持っていた。

 そして、もちろん今も変わらずにである。

 友である雷横が救われた。そして朱仝もそうだ。だから朱仝は力になろうと決めた。

 朱仝が気合を発し、馬を速めた。

 董澄も馬を飛ばし、撥風刀を真横に構える。

 すれ違う二騎。火花が散る。

 やるな、という顔を朱仝がする。

 小癪なという顔を、董澄がした。

 馬首を返し、再び向かい合い、ぶつかった。朱仝と董澄は馬を止め、打ち合った。

 董澄の潑風刀が唸りを上げる。朱仝がなんとか朴刀でそれを受けながら、反撃の機を狙う。

「ははは、やはりただの山賊だったようだな。この河北無敵を相手によくぞ戦った。そろそろ死ねい」

「河北無敵だと。随分、大きく出たものだな」

 しゅっ、と朱仝が細く息を吐き、朴刀を横に薙いだ。

 董澄の甲の腹に、一文字の傷が走った。

「ぐぬっ、貴様」

 浅かったか。

 朱仝は馬腹を蹴り、方向を変えた。逃がさんぞ、とそれを追う董澄。

 梁山泊から花栄が飛び出した。槍を回し、董澄に立ち向かう。

 そうはさせじと沈驥が馬を走らせた。

 四騎が入り乱れる。刀と刀、槍と槍が流星のように閃く。

 城壁にいる耿恭の額に汗がにじむ。一進一退の攻防だが、徐々に押されてきている。董澄はともかく、沈驥の槍が鈍ってきたように見える。

 ここは一旦、引き揚げさせるべきだ。孫如虎に命じ、鉦を鳴らさせようとした。

 だが梁山泊軍から歩兵の一団が飛び出してきた。城門めがけ真っ直ぐに駆けてくる。

「まずい。李擒竜、吊り橋を上げろ」

 敵の侵入を防がねばならない。

 田虎軍も梁山泊歩兵に向かうが、あっという間に蹴散らされてしまった。

 歩兵を率いていたのは李逵と鮑旭だ。わはは、と笑いながら李逵が二丁の斧で田虎軍を屠り、鮑旭は愉悦の表情で返り血を浴びる。

 田虎軍は恐怖し、敵に背を向けはじめた。

「堪えろ、堪えるのだ」

 耿恭が叱咤するが、潰走は止められない。すでに吊り橋が抑えられた。

「私が行く。いいか、躊躇せずに門を閉じろ」

 孫如虎と李擒竜に命じ、耿恭が刀の柄を握った。そして城壁を乗り越え、梁山泊歩兵の頭上へと飛びおりた。

「耿恭さま」

 孫如虎と李擒竜が身を乗り出して叫ぶ。

 耿恭は城壁を走るように、駆け下りていった。

 そしてそのまま刀に手をかける。柄に括られた鈴が、ちりんちりんと鳴る。

 銀鈴公と、耿恭が呼ばれる所以であった。

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