108 outlaws
反旗
二
田虎討伐の勅命を受けた。すぐにでも進発しなければならない。
だが宋江は腕を組み、唸っていた。
そこへ花栄がやってきた。
「おい、宋江。悩むことなんてないだろう」
「悩んでなど」
「お前は信じれば良いんだよ。梁山泊の力を」
言い返さずに宋江は花栄の目を見た。いつもの、自信に満ちた目だ。
実のところ、討伐軍の編成を決めかねていた。先日、関勝や魯智深が山を下りたばかりなのだ。それに李俊ら水軍の大半が太原にいた。
彼らばかりじゃないだろう、と花栄の目は語っている。
確かに、そうだった。自分の考えが偏っていた事を反省した。
「分かってくれたようだな。もちろん、私もいることを承知しておいてくれよ」
宋江が弾けるように笑った。
「おい、それが言いたかったのか。編成に私情は挟めないぞ」
「私は何も言っていないさ。では、任せたぞ」
花栄はそう言って、出ていった。
宋江は、仕方ない奴だという風にため息をついた。
やがて慌ただしく出陣の手配が行われた。
先鋒となる盧俊義が馬に揺られ進む。そしてその横で同じく先鋒の花栄が、馬上で胸を張っていた。
宋江の前を通る時、ちらりと目が合った。
宋江はゆっくりと頷いた。
先鋒に選んだのは、直談判があったからではない。花栄という男を信じているのだ。
宋江の目はずっと花栄の背を見つめ続けていた。
まずは陵川を目指す。田虎軍は衛州を攻めようとしている。ならば近い拠点である陵川から陥とそうという策だ。
盧俊義が率いるのは騎兵一万、歩兵五百。
燕青が地図を広げ、満足げな顔をした。覗きこんだ盧俊義が、ほうと声を上げた。
「相変わらず精緻だな、許貫忠の地図は」
「はい」
これから向かう場所は、地形が険しいことで知られていた。呉用もそれを懸念していたが、この地図があれば問題はない。
許貫忠の地図は驚くほど正確であった。山川はもちろん、城池、要害まで克明に描かれていたのだ。
「大したものだ。これで地の利に胡坐をかき、油断している田虎軍に対し、先手を取れるというものだ。しかしその許貫忠という者、宋江が欲しがるだろうな」
地図を見た花栄が唸った。
「それは宋江どのでも、できない相談ですね」
燕青は嬉しそうに微笑んだ。
梁山泊軍は滞りなく、目的地へと近づいた。
盧俊義は夜のうちに伏兵を置いた。黄信、孫立はに陵川から東五里の所。史進、楊志が西に五里の位置だ。
兵たちにしばし睡眠を取らせた。そして明るくなるまでに飯を取らせ、隊列を組む。やがて東の空がほんのりと明るくなった。
陵川城が静かに佇んでいる。
先頭に立つ花栄が槍を掲げた。
軍鼓が高らかになった。
闇の中で何かが動いている。
目を凝らすと、確かに何かがいる。それも相当な数だ。
「おい、孫。あれが見えるか」
「ん、んん。うるさいな、李よ」
「何だお前、寝てたのか。しっかり見張ってろよ」
「悪い、悪い。で、なんだよ」
「外を見ろ」
陵川の城壁で見張りをしていた二人が、城外の気配に気づいた。
孫も目を覚まし、冷や汗をかく。
「おいおい、軍だぞ。耿恭さまに知らせてくる」
「頼んだぞ、孫」
孫は落ちるように梯子を下りると、足をもつれさせながら駆けた。そして耿恭の部屋へとたどり着く。灯かりが付いている。耿恭は起きていたようだ。
「耿恭さま、失礼します」
「孫如虎か。どうした」
「城外に不穏な気配があります。おそらく軍ではないかと」
「なんだと。よく知らせてくれた。私は董澄どのに知らせる。お前は戻って、李擒竜と共に見張りを続けろ。動きを随時、報告するのだ」
「はい」
孫如虎が城壁へと戻り、耿恭は部屋を出た。静まり返る通路に耿恭の足音が響く。
「何事だ、耿恭」
陵川の守将である董澄がのっそりと起き上がる。いかにも面倒くさそうに、耿恭の話を聞く。
「見間違いではないのか。狼どもか何かの」
「いえ、確かだと思います。警戒するに越したことはないかと」
「憶測で言うな。軍だとして、どこの阿呆が攻めてくるというのだ」
しかし、と食い下がる耿恭。
そこに軍鼓が鳴り響いた。
ちっ、と舌打ちをし、董澄は仕方ないという風に服を着替えた。
すぐに軍議が開かれる。耿恭と同じ副将の沈驥も来た。
報告しろ、と董澄が吼える。
李擒竜が緊張気味に背を伸ばした。
「りょ、梁山泊です。城外の軍は、梁山泊です」
一同は驚いたが、董澄はすぐにせせら笑った。
「面白い。戦を挑んだ事を後悔させてやるぞ」
兵たちに出陣を命じる。だが耿恭が諌めるように立ちふさがる。
梁山泊を侮ってはいけないというのだ。
董澄は、またかという顔をし、天井を仰ぐ。
「お前の悪い癖だぞ。いつも怖気づくようなことを言う。我らの力を信用しないというのか」
「怖気づいているのではありません。梁山泊は童貫、高俅に勝利し、招安を得るほどの実力だと言っているのです。ここは堅く守り、蓋州に援軍を要請して対処すべきです」
「構う事はありません、董澄さま。臆病者はここで我らの雄姿を、ここで見ていろ」
と沈驥が割り込んできた。
董澄も沈驥の意見を採用した。
「そういう事だ。耿恭、お前は城を守っておれ。よし、門を開けよ」
出陣する董澄と沈驥の背を、じっと見続ける耿恭。
眉間に皺が深く刻まれていた。