top of page

鳳雛

 林冲と扈三娘が喬道清を追った。

 だが倪麟と雷震が二騎を遮る。

 倪麟の刀が林冲を狙う。得物を合わせること二十合。互角に思えた勝負だったが、林冲に軍配が上がった。心臓を貫かれた倪麟が落馬する。

 扈三娘の刀を、鞭で凌いでいた雷震だったが、倪麟の死を見ると怖気づいてしまった。馬首を返し、扈三娘と距離を取る。だが扈三娘の放った斬撃が、雷震の背を斬り裂いた。

 この距離で届くはずが。と振り向こうとした雷震の首が、宙を舞った。

 昭徳府に逃げ込もうとした喬道清に、徐寧と索超の隊が襲いかかった。

 しかし戴美と翁奎がそれを阻む。

「わしが行こう」

「頼んだ、索超。俺は奴を」

 戴美らに向かう索超。

 金蘸斧の一閃で、戴美の頭蓋が割れた。驚いた翁奎は、悲鳴を上げると城内へ引き返してしまった。

 喬道清を追う徐寧。

 孫琪、聶新が喬道清の護衛から離れ、徐寧に向かってきた。

 聶新が弓を構え、矢を放った。

 鋭い。辛うじて鈎鎌鎗で弾いた。

 身を起こした所へ次の一矢。

 早い。花栄には劣るが、この男もなかなかの腕前。

 徐寧は上体を使い、馬上で鈎鎌槍を回転させ矢を弾いた。本来地上で使用される鈎鎌鎗法の応用である。

 またも矢が迫る。

 この近さでも矢を射るのか。

 徐寧の目が鋭くなる。受けて立とう。

 今度は鈎鎌鎗を小さく動かし、矢を弾く。次の矢に備えるためだ。

 思った通り、すでに矢は放たれていた。それを弾きながら思う。すでに槍の間合いなのだぞ。それでも聶新は弓矢を構えていた。

「その覚悟、見事だ」

 そこまで己の技を信じるとは。ならば自分もそれに応えるのみ。

 鈎鎌鎗法には基本の九手がある。

 その中の一手に搠(つき)がある。鈎鎌鎗で馬の脚を刈るには、素早くその足元に突き出さねばならない。基本中の基本であり、だからこそ最も難しいとも言える技。

 その搠を、絶技にまで昇華した徐寧が、放った。

 鈎鎌鎗の切っ先が、矢を正面から真っ二つに割り、そのまま聶新の右手を貫いた。

 聶新が体勢を崩し、馬から落ちた。しかし落下しながらも、左手の弓は真っ直ぐ徐寧を捕らえ、動かぬ右手で矢を取ろうとしていた。

 聶新はそのまま、後続の馬群に踏み潰され、果てた。

 背後で激しい金属音がした。

 索超が孫琪の槍を受け止めていた。徐寧を狙っていたのだ。

「油断するとは、柄じゃないな」

「すまぬ」

 索超は槍を弾き飛ばし、孫琪をぶった斬った。

 敵将を倒したが、兵数は敵の方が多い。

 徐寧、索超は徐々に囲まれつつあったが、宋江軍が追いつくと敵は引き上げていった。

「喬道清は」

「西へ、逃げてゆきました」

 徐寧が眉根を寄せた。

「そうか。とりあえず陣を敷こう」

 すでに昼を過ぎており、兵たちも疲れ切っていた。昭徳府が近い。警戒を怠らず皆を休ませることにした。

 さて、どうするか。

 逃げた喬道清を追うべきか。目の前の昭徳府に向かうべきか。

 そこに公孫勝が来た。

「師兄は、私と樊瑞とで追います。少しだけ兵を貸していただきたい」

「無茶だ。確かに奴を圧倒していたが、どんな策を隠しているか分からないのだぞ」

「大丈夫です。それに兄弟子の始末は、私の責でもあります」

 そう言われると、宋江も弱い。

 気をつけるのだぞ、と念を押し、二人を見送った。

 呉用(ごよう)が言う。

「喬道清は公孫勝に任せましょう。我らは昭徳に捕らわれた李逵(りき)たちの救出に注力すべきです」

「しかしあの城は堅牢だ。どうしたものか」

 すると呉用は意味ありげな顔をした。

「策があるのか」

「はい。十枚の紙で、門を開けさせてみせます」

 

 昭徳府の将、葉声が城壁から梁山泊軍を見やる。苦々しい顔をしていた。

 孫琪、戴美を失い、頼みの綱の喬道清まで敗走してしまった。

 籠城と決めた。まだ充分に耐えることはできる。

 それに人質がいる、。喬道清の気まぐれで斬首が取りやめとなった。当時は、何をと思ったが、結果として良かった。

 半刻ほど留まり、日が暮れる頃に城壁を下りた。

 その晩は静かだった。

 守将の金鼎と黄鉞が、人目を避けるようにひそひそと話しあっていた。二人の間にある卓には二枚の紙。

 金鼎が見回り中、城内に矢が射ち込まれた。夜襲かと身構えたが、再び静寂が訪れた。見ると矢に紙が結んであったのだ。

 黄鉞も同様だった。本来ならば、葉声に報告すべき事案だ。だがその内容を見て、金鼎も黄鉞も躊躇(ためら)った。

 その紙には同じ事が書かれていた。

 曰く、昭徳の守将に告げる。田虎は帝に弓を引く、叛逆の徒である。過ちを認め、門を開くのならば、その罪が赦免されるよう奏上する。速やかに決断せねば、城が破られた暁には、残るものがないほど焼き尽くされると思うべし。

 二人は戦慄を覚えた。

 金鄭が唾を飲む。

「葉声は徹底抗戦の構えだ。人質を楯に取れば攻めてこないと考えている」

「そのようだな。だが喬道清どのがいない今、戦況は不利なのではないか。援軍の便りもないし、いつまで持ちこたえられるか」

 黄鉞も弱気である。

 腕を組み、沈黙の時が流れる。お互いの腹を探るように見つめ合う。そしてどちらからともなく頷くと、部屋を静かに出た。

 明け方、四方の城壁に降伏の旗が翻った。

 城門が開かれ、金鼎、黄鉞が進み出る。兵が持つ竿には葉声、冷寧、牛康の首が掛けられている。

 黄鉞が拱手して大声で、帰順の意を告げる。

 続いて翁奎、蔡沢が、李逵たちを梁山泊に引き渡した。

「無事で良かった、鉄牛」

「さすが宋江の兄貴だ。また助けられちまった。それで、あのくそ道士はどこへ行きました。おいらが叩っ斬ってやります」

「大丈夫だ。奴は公孫勝が追っている。お前たちは少し休んでくれ」

「そうですかい。じゃあお言葉に甘えて。戦になったらすぐ呼んでくださいよ。暴れ足りんのですから」

 李逵はからからと笑って、項充らと行ってしまった。

 唐斌がその様子を見ていた。

「関勝からは聞いていたが、骨のある連中ですな。信じないわけではなかったのですが、この目で見て分かりましたよ」

「そうか。しかし、骨があり過ぎて危険を顧みない連中が多くて、私は心配なのだよ」

 と真面目な顔で宋江が言った。

 唐斌が苦笑した。

 しかし檄文だけで城を陥とすとは。田虎の支配も長くはなさそうだ。

 いや、まだ孫安がいる。

 そこへ戴宗が駆けこんできた。

 報告は、晋寧に向かった盧俊義軍の戦況だった。

 屠竜士、孫安と交戦中。

 梁山泊軍に緊張が走った。

次へ

© 2014-2024 D.Ishikawa ,Goemon-do  created with Wix.com

bottom of page