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伏竜

 田虎の背後を取るため、蓋州から西へ向かった盧俊義軍。

 幸いなことに途中、田虎軍と出会うことはなかった。

 なぜなら陽城、沁水の住民が力を合わせ、田虎配下の将を討ち取り、町を解放していたのだ。聞くところによると巨躯の僧侶と、鋭い眼つきの行者の協力があったという。なるほど、と楊志が笑みを浮かべた。

 許貫忠の地図の助けもあり、すぐに目的の晋寧に着いた。 

 折しも、一寸先も見えぬほどの霧となった。盧俊義軍は夜陰に乗じて、兵を総動員し、土嚢をうず高く積み上げていった。

 欧鵬がひらりと城内へ飛び込んだ。城壁の上も霧が満ちていた。見張りの兵たちは、突如現れた欧鵬を見た瞬間には倒されていた。

 屋根を伝い、中央の建物に向かって駆ける。盗賊摩雲金翅として、建康府を騒がせていた頃を思い出した。そしていつの間にか、欧鵬の目も往時の鋭さになっていた。

 警備が一番厳重な建物、ここに晋寧の守将がいると思われた。

 内部に忍び込み、聞き耳を立てる。

 まだなのか、という怒声が聞こえた。さらに耳を澄ます。

「一体、あいつらはいつ戻ってくるのだ。あれから何日経つというのだ」

「も、申し訳ありません、田彪さま。斥候を出しているのですが、なにぶんこの霧でして」

「言い訳はいらん」

 何かが割れる音。おそらく杯を投げ捨てたのだろう。

 田彪に叱咤された部下が出ていった。欧鵬はまだじっとしている。

 少し前に援軍の要請があり、晋寧から蓋州へ将を派遣した。王遠と鳳翔だ。その二人が戻らぬまま、梁山泊進軍の報だけが届くのだ。

 実は二人は戦線を離脱し逃亡していたのだが、それを知る由もない田彪は気が気でならない。

「ったく、こうしている間にも梁山泊の連中が近づいてきているというのに」

 とぶつぶつと言う。

 お前の懸念は当たっているぞ、田彪。

 腰の刀に手を当てる欧鵬。ふっ、と短く息を吐き、飛びこんだ。田彪は欧鵬を見ると、咄嗟に右へ避けた。

 刀が空を切る。

 田虎は猟師上がりと聞いていたが、なるほどこの男もか。勘が鋭い。欧鵬は踏み込んだ足に力を入れ、田彪の方へ体を捻った。

 田彪が初撃を避けたのは、獣相手に身についた無意識の反応だった。

「なんだ、貴様」

 賊か。刀がこちらを狙っている。

 得物は、ない。田彪は両腕で顔をかばうようにし、後ろに飛んだ。刀の切っ先が腕を真横に切った。鋭い痛みが走る。背中を思い切り壁にぶつけた。

 くそっ。だが深くはない。しかし逃げ場がない。

 その時、部屋に兵たちが駆けこんできた。近くにいた兵が物音を聞きつけたのだ。

 欧鵬が横目で人数を確認する。三人、いや四人か。

 欧鵬は田彪の腕を引き、体勢を前に崩すと背後に回り込んだ。首筋に刀をぴたりと当てる。 

 兵たちは踏み込めずに、欧鵬と睨み合う形となった。

 欧鵬が低い声で囁く。

「死にたくなければ、こいつらを追い払え」

「き、貴様。だ、誰が貴様の言う事など。ひぃっ」

 刃が首に食い込み、田彪が悲鳴を上げた。

 兵たちがゆっくりと左右に割れる。

 欧鵬は田彪を楯に、部屋の出口へ移動する。部屋から出る寸前、外の気配を読む。足音。右側からだ。

 欧鵬は飛び去りざまに田彪の尻を蹴った。転びそうになる田彪と兵がぶつかる。

 その隙に足音と反対側に向かい、駆ける欧鵬。

 影から影を駆け抜け、城門に辿り着く。

 欠伸を堪えていた門兵を斬り伏せ、城門を開いた。

 盧俊義軍が城内へと突入した。

「流石だな、摩雲金翅」

 鄧飛が目を輝かせて言った。

 晋寧を陥落させたが、田彪は脱出したようだ。

 仕留め損なった。

 欧鵬はそれだけが悔しかった。

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