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玉石

 見張りをしていた郁保四が摘みあげるようにして、男を連行してきた。

 孫安に会わせて欲しいと、言ってきたというのだ。

 その、孫安が告げる。

「襄垣の守将、葉清です。なかなか気概のある者と聞いております。一人で来たからには何か訳があるかと」

 葉清は人払いを求めた。

「ここにいる者たちは兄弟、みな同じ心です。話してくれますか」

 宋江の言葉に躊躇うが、ゆっくり口を開いた。

「孫安どのの言う通り、私は田虎軍に属しておりますが、心は別にございます」

 田虎の叛乱で主人を殺された事。その娘である瓊英が、鄔梨の養女になった事。そしてその仇を討つために、仕方なく従っていること事。時おり涙を浮かべて訥々と語った。

 宋江は目を細めた。

「なるほど、あなたの義気はわかりました」

「彼の話に齟齬はございません。信じて良いかと」

 孫安の配下、楊芳が言った。鄔梨の側近と楊芳が親しく、瓊英を引き取った経緯も聞いていたという。

「鄔梨は矢傷が悪化し、寝込んでおります。そこで医者を探すと言って出てきたのでございます。機は、今をおいて他にあるまいと」

 医者か、と宋江が安道全を見やった。

 孫安が口を開いた。

「私からもひとつ伺いたい」

「何なりと」

「瓊英の事だ。あの娘、武芸ができるとは知らなかったのだが、いつの間に修得したのだ。それに、あの技だ」

 葉清の顔が少し曇る。

「私でさえ、にわかに信じ難いのですが」

「なんだ」

「夢に神人が出てきて、武芸を教えてくれたというのです。そして礫(つぶて)の技は、天捷(てんしょう)の星というもう一人の者から教わったと」

「夢だと。たしかに信じ難いな」

 宋江も訝しんだ。

 だが実際に王英を破り、扈三娘といい勝負を演じるほど。さらに礫で、林冲を敗走させているのだ。

 そこに高笑いが響いた。

「いやいや、これはまさに天の配剤ですな」

 安道全だった。

 笑う安道全の視線の先に、張清がいた。

 話して良いな、という安道全に張清は躊躇いがちに頷いた。

「実は少し前から、張清がとある夢を見はじめましてな。それは、見知らぬ少女に武芸や礫を教える夢だったといいます。少女の顔も名も知ることはなかったのですが、葉清どのの話と見事に符合します。これはまさに奇縁と言う他ありません」

 そして安道全は投瓜得瓊(とうかとくけい)、瓜を投じて瓊を得、の自説を披露した。

 反応したのは呉用だ。

「なるほど、これで得心しました。宋江どの、宜春圃で李逵が見た夢の話を覚えておりますか」

 思い出した。李逵が天地嶺で出会った書生風の男に秘訣を教わっていたのを。

 

 田虎の族を夷(たいら)げんと要(ほっ)すれば

 須(すべから)く瓊矢の鏃と諧(した)しむべし

 

 葉清が咳き込むように言った。

「なんですって。あの子は礫の技から、瓊矢鏃と呼ばれているのです」

「これは秘訣の通りですね。これで、内側から田虎を攻める事ができます」

 呉用が目を細め、羽扇をくゆらせ、安道全を見た。

「安先生、頼まれてくれますか」

「以前なら断るところだが、わしも梁山泊に来て、肝が太くなったようだな」

「そして張清もです。安先生にもしもの事が合っては困ります。しっかりと守ってください」

 張清の心はまだ見ぬ瓊英に、思いを馳せていた。

 葉清は張清を見ていた。

 立派な青年だ。彼が天捷の星、か。

 そう呟くと、納得したようにひとりごちた。

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