
108 outlaws

玉石
三
見張りをしていた郁保四が摘みあげるようにして、男を連行してきた。
孫安に会わせて欲しいと、言ってきたというのだ。
その、孫安が告げる。
「襄垣の守将、葉清です。なかなか気概のある者と聞いております。一人で来たからには何か訳があるかと」
葉清は人払いを求めた。
「ここにいる者たちは兄弟、みな同じ心です。話してくれますか」
宋江の言葉に躊躇うが、ゆっくり口を開いた。
「孫安どのの言う通り、私は田虎軍に属しておりますが、心は別にございます」
田虎の叛乱で主人を殺された事。その娘である瓊英が、鄔梨の養女になった事。そしてその仇を討つために、仕方なく従っていること事。時おり涙を浮かべて訥々と語った。
宋江は目を細めた。
「なるほど、あなたの義気はわかりました」
「彼の話に齟齬はございません。信じて良いかと」
孫安の配下、楊芳が言った。鄔梨の側近と楊芳が親しく、瓊英を引き取った経緯も聞いていたという。
「鄔梨は矢傷が悪化し、寝込んでおります。そこで医者を探すと言って出てきたのでございます。機は、今をおいて他にあるまいと」
医者か、と宋江が安道全を見やった。
孫安が口を開いた。
「私からもひとつ伺いたい」
「何なりと」
「瓊英の事だ。あの娘、武芸ができるとは知らなかったのだが、いつの間に修得したのだ。それに、あの技だ」
葉清の顔が少し曇る。
「私でさえ、にわかに信じ難いのですが」
「なんだ」
「夢に神人が出てきて、武芸を教えてくれたというのです。そして礫(つぶて)の技は、天捷(てんしょう)の星というもう一人の者から教わったと」
「夢だと。たしかに信じ難いな」
宋江も訝しんだ。
だが実際に王英を破り、扈三娘といい勝負を演じるほど。さらに礫で、林冲を敗走させているのだ。
そこに高笑いが響いた。
「いやいや、これはまさに天の配剤ですな」
安道全だった。
笑う安道全の視線の先に、張清がいた。
話して良いな、という安道全に張清は躊躇いがちに頷いた。
「実は少し前から、張清がとある夢を見はじめましてな。それは、見知らぬ少女に武芸や礫を教える夢だったといいます。少女の顔も名も知ることはなかったのですが、葉清どのの話と見事に符合します。これはまさに奇縁と言う他ありません」
そして安道全は投瓜得瓊(とうかとくけい)、瓜を投じて瓊を得、の自説を披露した。
反応したのは呉用だ。
「なるほど、これで得心しました。宋江どの、宜春圃で李逵が見た夢の話を覚えておりますか」
思い出した。李逵が天地嶺で出会った書生風の男に秘訣を教わっていたのを。
田虎の族を夷(たいら)げんと要(ほっ)すれば
須(すべから)く瓊矢の鏃と諧(した)しむべし
葉清が咳き込むように言った。
「なんですって。あの子は礫の技から、瓊矢鏃と呼ばれているのです」
「これは秘訣の通りですね。これで、内側から田虎を攻める事ができます」
呉用が目を細め、羽扇をくゆらせ、安道全を見た。
「安先生、頼まれてくれますか」
「以前なら断るところだが、わしも梁山泊に来て、肝が太くなったようだな」
「そして張清もです。安先生にもしもの事が合っては困ります。しっかりと守ってください」
張清の心はまだ見ぬ瓊英に、思いを馳せていた。
葉清は張清を見ていた。
立派な青年だ。彼が天捷の星、か。
そう呟くと、納得したようにひとりごちた。