
108 outlaws

玉石
三
葉清が襄垣に戻った。
全霊という医者と、その年の離れた弟の全羽という者を連れていた。全霊は安道全、全羽は張清である。
さっそく鄔梨の元へ行く。脈をとり、傷を診る。持参した塗り薬をぬり、滋養剤を飲ませた。
三日と経たず血色が良くなり、食欲も戻ってきた。さらに五日もするとすっかり元気を取り戻した。
葉清はほっとした。瓢箪から駒ではないが、本物の医者を連れて戻ったのだ。しかも、正体はあの神医なのだ。
「さすが薛永の塗り薬だな。もう傷が塞がったわい」
「安先生が使ってくれて、薛永も嬉しいようですよ」
「おい、わしは全霊だ。気をつけろ。誰が聞いているか分からんのだからな」
「すみません」
と言っている側から、全霊を呼ぶ声があった。
鄔梨だった。
「先生のおかげで生き返りました。何とお礼を述べて良いのやら」
「医者として当然のことをしたまで」
「ご謙遜めさるな。あなたのような名医が埋もれているとは。やはり今の世は腐っておるな。待っていてください、じきに田虎軍が国を叩き潰してみせましょう」
「なんと頼もしい」
「それに、いま我らを攻めててている、小うるさい梁山泊もです」
その言葉に内心反応した安道全だが、顔には出さず、
「そう言えば、わしの連れの事です。薬の調合を任せておりますが、武芸の方も少々腕に覚えがあります。鄔梨さまの軍の端に加えていただければ、弟も喜ぶのですが」
さっそく全羽を部屋に呼びこんだ。
ほう、思ったよりも野趣味がある男だ。医者というより、確かに軍人向きかもしれぬ。
四日後の事である。
梁山泊が襄垣に攻撃を仕掛けてきた。
出陣の準備を整える中、全羽が鄔梨の前に出た。ぜひ自分を出陣させて欲しいというのだ。必ず梁山泊を蹴散らしてみせましょう、と自信に満ちた目をしている。
「ふざけるな、若造」
声を荒げたのは、葉清であった。
「昨日今日加わった新参者に、大事な戦を任せられる訳があるものか。腕に自信があるのならば、わしと勝負をしろ」
と槍を突きつけた。
「私は構いません」
鄔梨の許可を得、二人は演舞場へと赴いた。
ざわつく衆目の中、騎馬で向き合う葉清と全羽。
鄔梨は興味深そうな顔だ。そしてそこに瓊英の姿もあった。
両者が同時に駆け、槍の火花が散った。
勝負は互角で、五十合にも及ぶ打ち合いとなる。
はじめ葉清を心配していた瓊英だったが、おやと思い始めた。あの全羽という者、どこかで会った気がするのだ。しかもあの槍法も、自分と同じであるようだ。
そして思い至る。夢の中の、天捷の星。
ぼんやりとしか見えなかったが、あの人と似ている気がする。もしそうならば、礫の技を使えるはずだが。
葉清が気合を発し、攻め立てる。全羽が劣勢となった。
瓊英が思わず飛び出していた。
鄔梨が止める。
「どうした。いまは勝負の最中、危ないぞ」
「私が代わります」
葉清と全羽が通じ合っている事を、瓊英は知らない。だから全羽にもしもの事があってはと懸念したのだ。
そして、なにより確かめたい事があった。
礫である。
はっ、と瓊英が馬を飛ばし、戟を舞わす。受ける全羽。攻防を繰り返すたびに、夢の中の練習と重なってくる。
この技も、この技も。この槍を捻る時の、腕の癖も。夢と同じだ。
ならば。
瓊英が馬首を返し、全羽から離れた。
そして見えない位置で礫を取り出し、振り向きざまに放った。
礫が全羽の額めがけて飛ぶ。
しかし全羽は右手を引きながら勢いを殺しつつ、礫を受け止めてしまった。
これには鄔梨も葉清も驚いた。観衆も大きな歓声を上げた。
だが瓊英は二投目を放っていた。
全羽も礫を放った。
ふたつの礫は空中でぶつかり、弾け飛んだ。
観衆がさらに大きな歓声を上げた。
「お見事です」
「あなたこそ」
見つめあう全羽と瓊英。
鄔梨は思う。こ奴らがいればわしは安泰だ。いや、さらなる栄華を手にしても良いのではないのか。
馬霊、卞祥も抱きこめば、わしが天下を獲れるのではないか。そうだ、あの粗暴なだけの田虎など、王には似合わん。
わしが。わしこそが。
「全羽、そして娘よ。良い勝負だった。褒美を取らせる。酒だ、酒を用意しろ」
鄔梨が腕を組み、にんまりとした。
「鄔梨さま、あのようなどこの馬の骨とも分からぬ者。いかがなものかと存じますが」
口を挟んだのは金真(きんしん)。鄔梨の側近である。
「見たであろう、実力は本物だ。不服ならお前が試してみても良いのだぞ」
「いえ、不服など」
言いながらも金真は不満そうであった。その目は瓊英をしっかりと捉えていた。
「お前も飲め。祝いの酒だ」
杯を空けた金真だったが、酒の味は微塵も感じなかった。