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玉石

 葉清が襄垣に戻った。

 全霊という医者と、その年の離れた弟の全羽という者を連れていた。全霊は安道全、全羽は張清である。

 さっそく鄔梨の元へ行く。脈をとり、傷を診る。持参した塗り薬をぬり、滋養剤を飲ませた。

 三日と経たず血色が良くなり、食欲も戻ってきた。さらに五日もするとすっかり元気を取り戻した。

 葉清はほっとした。瓢箪から駒ではないが、本物の医者を連れて戻ったのだ。しかも、正体はあの神医なのだ。

「さすが薛永の塗り薬だな。もう傷が塞がったわい」

「安先生が使ってくれて、薛永も嬉しいようですよ」

「おい、わしは全霊だ。気をつけろ。誰が聞いているか分からんのだからな」

「すみません」

 と言っている側から、全霊を呼ぶ声があった。

 鄔梨だった。

「先生のおかげで生き返りました。何とお礼を述べて良いのやら」

「医者として当然のことをしたまで」

「ご謙遜めさるな。あなたのような名医が埋もれているとは。やはり今の世は腐っておるな。待っていてください、じきに田虎軍が国を叩き潰してみせましょう」

「なんと頼もしい」

「それに、いま我らを攻めててている、小うるさい梁山泊もです」

 その言葉に内心反応した安道全だが、顔には出さず、

「そう言えば、わしの連れの事です。薬の調合を任せておりますが、武芸の方も少々腕に覚えがあります。鄔梨さまの軍の端に加えていただければ、弟も喜ぶのですが」

 さっそく全羽を部屋に呼びこんだ。

 ほう、思ったよりも野趣味がある男だ。医者というより、確かに軍人向きかもしれぬ。

 四日後の事である。

 梁山泊が襄垣に攻撃を仕掛けてきた。

 出陣の準備を整える中、全羽が鄔梨の前に出た。ぜひ自分を出陣させて欲しいというのだ。必ず梁山泊を蹴散らしてみせましょう、と自信に満ちた目をしている。

「ふざけるな、若造」

 声を荒げたのは、葉清であった。

「昨日今日加わった新参者に、大事な戦を任せられる訳があるものか。腕に自信があるのならば、わしと勝負をしろ」

 と槍を突きつけた。

「私は構いません」

 鄔梨の許可を得、二人は演舞場へと赴いた。

 ざわつく衆目の中、騎馬で向き合う葉清と全羽。

 鄔梨は興味深そうな顔だ。そしてそこに瓊英の姿もあった。

 両者が同時に駆け、槍の火花が散った。

 勝負は互角で、五十合にも及ぶ打ち合いとなる。

 はじめ葉清を心配していた瓊英だったが、おやと思い始めた。あの全羽という者、どこかで会った気がするのだ。しかもあの槍法も、自分と同じであるようだ。

 そして思い至る。夢の中の、天捷の星。

 ぼんやりとしか見えなかったが、あの人と似ている気がする。もしそうならば、礫の技を使えるはずだが。

 葉清が気合を発し、攻め立てる。全羽が劣勢となった。

 瓊英が思わず飛び出していた。

 鄔梨が止める。

「どうした。いまは勝負の最中、危ないぞ」

「私が代わります」

 葉清と全羽が通じ合っている事を、瓊英は知らない。だから全羽にもしもの事があってはと懸念したのだ。

 そして、なにより確かめたい事があった。

 礫である。

 はっ、と瓊英が馬を飛ばし、戟を舞わす。受ける全羽。攻防を繰り返すたびに、夢の中の練習と重なってくる。

 この技も、この技も。この槍を捻る時の、腕の癖も。夢と同じだ。

 ならば。

 瓊英が馬首を返し、全羽から離れた。

 そして見えない位置で礫を取り出し、振り向きざまに放った。

 礫が全羽の額めがけて飛ぶ。

 しかし全羽は右手を引きながら勢いを殺しつつ、礫を受け止めてしまった。

 これには鄔梨も葉清も驚いた。観衆も大きな歓声を上げた。

 だが瓊英は二投目を放っていた。

 全羽も礫を放った。

 ふたつの礫は空中でぶつかり、弾け飛んだ。

 観衆がさらに大きな歓声を上げた。

「お見事です」

「あなたこそ」

 見つめあう全羽と瓊英。

 鄔梨は思う。こ奴らがいればわしは安泰だ。いや、さらなる栄華を手にしても良いのではないのか。

 馬霊、卞祥も抱きこめば、わしが天下を獲れるのではないか。そうだ、あの粗暴なだけの田虎など、王には似合わん。

 わしが。わしこそが。

「全羽、そして娘よ。良い勝負だった。褒美を取らせる。酒だ、酒を用意しろ」

 鄔梨が腕を組み、にんまりとした。

「鄔梨さま、あのようなどこの馬の骨とも分からぬ者。いかがなものかと存じますが」

 口を挟んだのは金真(きんしん)。鄔梨の側近である。

「見たであろう、実力は本物だ。不服ならお前が試してみても良いのだぞ」

「いえ、不服など」

 言いながらも金真は不満そうであった。その目は瓊英をしっかりと捉えていた。

「お前も飲め。祝いの酒だ」

 杯を空けた金真だったが、酒の味は微塵も感じなかった。

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