108 outlaws
落草
五
手が震えている。
屋敷から少崋山まで、休むことなく得物を振るっていたからだろうか。
呼吸はやっと落ち着いてきたようだ。
まだ手が震えている。
史進はじっと手を見つめる。掌、指、あちこちに乾いた血が残っていた。
「史進」
楊春が部屋に入って来た。
部屋の外では宴が行われている。その喧噪はまるで別世界のように感じた。
「史進、あんたでもそうなるんだな」
「そうなる、とは」
史進は座ったまま楊春を見上げる。
「その手さ。はじめてだろ、人を殺(あや)めたのは」
史進は己の手をじっと見た。まだ震えている。
人を殺めた。この手で命を奪ったのだ。
楊春が近くに腰かけた。
「やらなきゃ、こっちがやられていた。仕方ないのだ。いつも自分にそう言い聞かせているよ、俺は」
楊春も己の手を見つめていた。
史進は噛みつくように言い返す。
「ちょっと興奮しているだけだ。すぐに慣れるさ」
「馬鹿を言うな」
立ち上がり楊春が怒鳴った。
初めて見る、楊春の怒りだった。
楊春はすぐに表情を戻し、座りなおした。
「慣れるものか、慣れてはいけないんだ。重かった。命を奪うという事は、そいつの命を背負(しょ)うという事だ。その重さを忘れてしまった時、人は人でなくなると思うのだ。あんたにはそうなって欲しくないのさ」
どうも喋りすぎた、酔ったのかな、そう言って楊春は宴へと戻って行った。
史進の手は、もう震えてはいなかった。
王進に会いたい。
一晩考えて、そう決めた。
朱武らは、自分を頭領にしたいと言った。
屋敷を焼いてしまい、官兵たちを敵に回した。もう史家村には戻れない。自分の軽率な行いがもたらした結果だ。山賊になるしかないのではないか。そうも思ったが、どこかに未練があった。
陳達はどうしても行かせない、と言った。
朱武は、そんな陳達を諌め、待っていると言ってくれた。
楊春は黙って見つめるだけだった。
史進は旅立った。
王進に会って、どうするのか。会ったところでどうなるのか。分からない。分からないが、会えば何かが分かるかもしれない。
強さゆえに危難に巻き込まれることがある。その覚悟があるか。
晴れ渡った秋空を見上げながら、王進の言葉を思い出す。
史進は掌を見つめ、歩を止めた。
「覚悟、か」
そうつぶやくと拳を握りしめ、歩き出す。
そろそろ刈入れの時期か。ふと、そう思った。
草むらから兎がひょっこりと顔を出していた。