108 outlaws
再起
三
手紙を送ってから十日あまり。
日が沈み、夜がさらに暗くなるのを見計らい、やっと唐斌が姿を見せた。
「よく来てくれた、待ちかねたぞ」
「すまんな。梁山泊の連中に見つかると台無しだからな」
うむ、と山士奇が頷く。
唐斌が作戦を伝える。
真夜中、文仲容と崔埜が一万の兵を連れ、抱犢山の東へ出る。兵は軽装で、音を立てずに進み、明け方までに梁山泊軍の背後に回る。
「挟撃だな」
「そっちも準備を怠らないでくれ」
「わかっている。まあ酒でもどうだ」
山士奇が唐斌と杯を合わせる。しばし呑み、その時を待つ。
月が出た。半分以上欠けており、辺りは暗い。
ふいに唐斌が立ち上がり弓矢を手にすると、外へ向かいだした。山士奇がそれを追った。
「どうしたのだ、唐斌」
「どうも胸騒ぎがするのだ」
二人が城壁へ出た。目を眇め、闇を見る唐斌。静かに矢をつがえる。弓を構え、一点を見つめる。
あ、と山士奇が声を漏らしそうになった。闇に目が慣れ始めると、林の茂みの中で何かが動くのが分かった。梁山泊の斥候か。
鋭い音を立てて矢が飛んだ。矢が斥候のひとりに命中した。もう一人が、射られた兵を引きずるように退散して行った。
山士奇が呻いた。
「ううむ、さすがだな。見事な腕前よ」
「ふん、臭いがしたのだ。こそこそと嗅ぎまわる鼠のな」
「さあ、飲み直そう。警備を増やすよう通達しておく」
うむ、と頷き、唐斌はしばらく闇を見つめていた。
深夜の軍議。
宋江と呉用(ごよう)が、一枚の布に目を落としている。
壺関へ偵察に出した斥候が射られた。だがその矢には鏃が鳴く、布が巻きつけられていた。そしてそれには文字が書きつけられていたのだ。
手紙の主は唐斌。
黎明、配下の者を梁山泊軍の背後に回らせ、壺関と攻撃するふりをする。唐斌は号砲を合図に討って出た後、機を見て壺関を奪う算段である。速やかに準備して進軍してほしい、というものであった。
にわかに信じ難い内容だ。だが信じるに足る文言が付記されていた。
唐斌は自分の友である、という関勝直筆の言葉だった。
呉用がゆっくりと羽扇をくゆらせる。
宋江はほっとした表情だ。
「驚いたが本物のようだ。蕭譲が間違いないと言っているしな。これで壺関を攻略できる。関勝には礼を言わねばなるまい」
「お待ちください。確かに関勝の文字には違いありませんが、罠でないとも言いきれません。慎重には慎重を期し、背後にも備えをするべきです」
「関勝を信じぬのか」
「何事も疑ってかかるのが私の役目ですから」
「わかった、お主の言う通りにしよう。私の役目は信じる事だ」
宋江の言葉に、呉用が微笑んだ。
山際が白みはじめた。
夜明けの静寂を破る砲の音が轟いた。
唐斌と山士奇が城壁に上る。梁山泊軍の後方に、砂煙が上がっている。文仲容と崔埜に襲われ、梁山泊軍が壺関へ追いたてられている。
「出るぞ、唐斌」
山士奇が叫び、駆けた。
唐斌は城外の様子をもう一度見やり、ゆっくりと追った。
山士奇は史定とともに一万を率い、先駆けた。唐斌は陸輝と一万を従え、後方から援護する。壺関の守備には竺敬(じくけい)と仲良が残った。
壺関軍を見て梁山泊軍が動揺したのか、動きが乱れた。
好機だ。山士奇は四十斤もの棒を風車(かざぐるま)のように回し、突っ込む。壺関軍と梁山泊軍がぶつかった。
梁山泊軍の左右から別動隊が現れた。梁山泊軍もそれなりの備えをしていたようだ。だが挟撃は成功している。あとは叩き潰すのみだ。
唐斌は梁山泊の兵と数度、刃を合わせただけで馬首を返し、壺関の門前に陣取った。陸輝が何か叫んでいたが、仁王のようにじっとそこに留(とど)まった。
別の号砲が鳴り響いた。
梁山泊軍の中から歩兵隊が飛び出した。李逵、鮑旭を先頭に左右を項充、李袞が守っている。
「なんだ、あいつら」
山士奇が目を剥いた。
ただの歩兵ではない。飛刀や投鎗を放ちながら進み、騎兵も寄せ付けない暴れぶりだ。近づいても楯兵に阻まれ、李逵や鮑旭の餌食となってしまう。
山士奇は舌打ちをし、目の前の兵を斬ってゆく。
だが、おかしい。乱れていると思われた梁山泊軍の動きが、そうではないように思われてきた。どの隊も猛然と戦い、徐々に壺関へ近づいているようだ。
その場を史定に任せ、山士奇が壺関へ駆け戻る。
城門の前、そこに唐斌がいた。
唐斌は手にした矛を、山士奇に向けた。
「何をしている。城に戻るのだ、そこをどけ」
「天王、唐斌ここにあり。終わりだ北覇天。お前とは共に天を戴けないようだ。降伏してもらおうか」