108 outlaws
再起
三
異変を察して飛び出した竺敬が、即座に斬られた。そのまま矛を振るい、唐斌が吼える。
馬腹を蹴り、唐斌に向かおうとした山士奇だったが、躊躇してしまった。史定が討たれたのが視界に入ったのだ。
山士奇は田虎に対してそれほど忠誠心を持ってはいない。すぐに手綱を引き、方向を変えた。山士奇は唾を吐き捨て、西へと逃れた。
唐斌は追わず、梁山泊軍に門を譲った。
壺関を守備していた仲良も乱戦の中で討たれ、壺関は陥(お)ちた。
「唐斌どのですね」
文仲容と崔埜に挟まれるように、一人の男がやってきた。この男が宋江だと察すると、唐斌はにやりと笑った。
「いかにも」
「私は宋江と申します。おかげで壺関を取ることができました。感謝いたします」
頭を下げる宋江に、唐斌は珍しいものを見るような目をした。
「私の顔に何か」
「いいや、何も」
宋江は住民に手を出さぬよう厳命すると、ゆっくりと壺関の門へと馬を進める。
馬を並べた唐斌が訊ねる。
「関勝の事を聞かないので」
「関勝がここに来ないのは理由があるのでしょう。おらずとも梁山泊を思う心は、あなたを通じて届いております」
宋江が微笑んだまま、行ってしまった。
唐斌は黙ったまま、しばらく佇んでいた。
ふいに声がした。
「まさか、あなたが梁山泊の味方をするとは」
「誰だお前は」
「これは失礼を。陵川の副将、耿恭と申します」
「銀鈴公だな。名は知っている」
「光栄です」
「俺などに、なぜそのような態度をとるのだ。ただの山賊だぞ」
「いえ、孫安どのが認めた男と聞いております」
ふん、と唐斌が鼻を鳴らした。
しかしあなたが、と耿恭が同じ事を呟いた。孫安を裏切った事が信じられぬのだろう。
「戯れさ」
唐斌はそう言って馬を進めた。
文仲容と崔埜が背を伸ばし、左右に並んだ。
壺関へ向かう前の事だ。
「すまないが、この戦は俺たちだけでやる。上手くいけば俺たちの手柄だからな」
しばし口を閉ざし、関勝が分かったと言った。
だが魏定国が反論をする。
「関勝どの、どうして従うのですか。梁山泊の危機に駆けつけないなんて」
「文と崔の二人に負けたのに、よくも大きな口を叩けるものだな。お前たちが増えても邪魔になるだけだ」
唐斌の言葉に、魏定国は二の句が継げない。宣贊も単廷珪も何か言いたそうな顔をしていた。郝思文が真剣な面持ちで言った。
「悔しいが、唐斌どのの言う通りだ。皆も抱犢山の実力を見ただろう。その力を信じようではないか」
郝思文がそう言うとは意外だったが、それで意見はまとまった。関勝は優しげな目をしていた。
十日ほど経ち、月が欠けはじめる頃だ。夜が暗さを増してゆく。
文仲容と崔埜が数万の兵を引き連れ、壺関へ向かった。
抱犢山の中腹、関勝と唐斌が山腹にいた。
闇の中でうっすらと壺関の輪郭が見える。
「すまないな、嫌われ役を買って出てくれて」
「何の事だ。俺は本当の事を言っただけだ。それに最初から俺に花を持たせてくれるつもりだったんだろ」
ふふ、と関勝が微笑み、ふいに真顔になる。
「またあの日のような想いはしたくないな」
「心配するな。お前の分まで暴れてくるからよ。お前はお前の目的を果たせばいいんだ。それに生きて会える日が来ようとは思ってもなかったのだ。これっきりという事はあるまいよ」
「また会おう、友よ」
「ああ。次は共に暴れよう」
そして唐斌も発った。関勝の名を認めた手紙を持って。
そして夜明けを待ち、関勝たちも抱犢山を去った。
郝思文が、抱犢山を振り返った。宣贊が馬を並べる。
「上手く行くか、心配かね」
「いえ、唐斌どのならば間違いないでしょう」
「では、何が引っ掛かっておるのだ」
「正直に言うと、私は見たかったのです。大刀と天王が共に戦場を駆ける姿を」
宣贊が相好を崩した。
「実はわしもだよ」
だが、と続ける。
「今はその時ではない。それだけの事だ」
「時、ですか」
「そうだ。お主が関勝どのに出会った時、そしてわしらが梁山泊に敗れ、入山することになった時。何事にも、ふさわしい時があるのだ」
「なるほど。ではその時を待つことにします」
うむ、と宣贊が頷き、前を向いた。
郝思文はもう一度、抱犢山を振り仰いだ。