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再起

 異変を察して飛び出した竺敬が、即座に斬られた。そのまま矛を振るい、唐斌が吼える。

 馬腹を蹴り、唐斌に向かおうとした山士奇だったが、躊躇してしまった。史定が討たれたのが視界に入ったのだ。

 山士奇は田虎に対してそれほど忠誠心を持ってはいない。すぐに手綱を引き、方向を変えた。山士奇は唾を吐き捨て、西へと逃れた。

 唐斌は追わず、梁山泊軍に門を譲った。

 壺関を守備していた仲良も乱戦の中で討たれ、壺関は陥(お)ちた。

「唐斌どのですね」

 文仲容と崔埜に挟まれるように、一人の男がやってきた。この男が宋江だと察すると、唐斌はにやりと笑った。

「いかにも」

「私は宋江と申します。おかげで壺関を取ることができました。感謝いたします」

 頭を下げる宋江に、唐斌は珍しいものを見るような目をした。

「私の顔に何か」

「いいや、何も」

 宋江は住民に手を出さぬよう厳命すると、ゆっくりと壺関の門へと馬を進める。

 馬を並べた唐斌が訊ねる。

「関勝の事を聞かないので」

「関勝がここに来ないのは理由があるのでしょう。おらずとも梁山泊を思う心は、あなたを通じて届いております」

 宋江が微笑んだまま、行ってしまった。

 唐斌は黙ったまま、しばらく佇んでいた。

 ふいに声がした。

「まさか、あなたが梁山泊の味方をするとは」

「誰だお前は」

「これは失礼を。陵川の副将、耿恭と申します」

「銀鈴公だな。名は知っている」

「光栄です」

「俺などに、なぜそのような態度をとるのだ。ただの山賊だぞ」

「いえ、孫安どのが認めた男と聞いております」

 ふん、と唐斌が鼻を鳴らした。

 しかしあなたが、と耿恭が同じ事を呟いた。孫安を裏切った事が信じられぬのだろう。

「戯れさ」

 唐斌はそう言って馬を進めた。

 文仲容と崔埜が背を伸ばし、左右に並んだ。

 

 壺関へ向かう前の事だ。

「すまないが、この戦は俺たちだけでやる。上手くいけば俺たちの手柄だからな」

 しばし口を閉ざし、関勝が分かったと言った。

 だが魏定国が反論をする。

「関勝どの、どうして従うのですか。梁山泊の危機に駆けつけないなんて」

「文と崔の二人に負けたのに、よくも大きな口を叩けるものだな。お前たちが増えても邪魔になるだけだ」

 唐斌の言葉に、魏定国は二の句が継げない。宣贊も単廷珪も何か言いたそうな顔をしていた。郝思文が真剣な面持ちで言った。

「悔しいが、唐斌どのの言う通りだ。皆も抱犢山の実力を見ただろう。その力を信じようではないか」

 郝思文がそう言うとは意外だったが、それで意見はまとまった。関勝は優しげな目をしていた。

 十日ほど経ち、月が欠けはじめる頃だ。夜が暗さを増してゆく。

 文仲容と崔埜が数万の兵を引き連れ、壺関へ向かった。

 抱犢山の中腹、関勝と唐斌が山腹にいた。

 闇の中でうっすらと壺関の輪郭が見える。

「すまないな、嫌われ役を買って出てくれて」

「何の事だ。俺は本当の事を言っただけだ。それに最初から俺に花を持たせてくれるつもりだったんだろ」

 ふふ、と関勝が微笑み、ふいに真顔になる。

「またあの日のような想いはしたくないな」

「心配するな。お前の分まで暴れてくるからよ。お前はお前の目的を果たせばいいんだ。それに生きて会える日が来ようとは思ってもなかったのだ。これっきりという事はあるまいよ」

「また会おう、友よ」

「ああ。次は共に暴れよう」

 そして唐斌も発った。関勝の名を認めた手紙を持って。

 そして夜明けを待ち、関勝たちも抱犢山を去った。

 郝思文が、抱犢山を振り返った。宣贊が馬を並べる。

「上手く行くか、心配かね」

「いえ、唐斌どのならば間違いないでしょう」

「では、何が引っ掛かっておるのだ」

「正直に言うと、私は見たかったのです。大刀と天王が共に戦場を駆ける姿を」

 宣贊が相好を崩した。

「実はわしもだよ」

 だが、と続ける。

「今はその時ではない。それだけの事だ」

「時、ですか」

「そうだ。お主が関勝どのに出会った時、そしてわしらが梁山泊に敗れ、入山することになった時。何事にも、ふさわしい時があるのだ」

「なるほど。ではその時を待つことにします」

 うむ、と宣贊が頷き、前を向いた。

 郝思文はもう一度、抱犢山を振り仰いだ。

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