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異心

 まさに要害であった。

 急峻な崖に挟まれた道を一列になって進む。

 どれほど行ったか分からなくなる頃に、益津関に辿り着いた。

 さらに文安県を抜け、欧陽侍郎の案内で覇州に入る。

 宋江ら主だったものを、この地を預かる康里定安(こうりていあん)が迎えた。

 康里定安は国王の外戚である国舅だ。どこか泰然とした人物だった。

 梁山泊のために宴席が設けられた。

「及時雨どのと梁山泊のお噂は、かねがね伺っておりました。こたびは大遼にお力をお貸しいただけるとの事で、大変嬉しく思っております」

「微力ではありますが、力を尽くすつもりです。それと、少し遅れて当方の軍師がこちらに向かっておりますので、彼が着いたら入れていただきたいのですが」

「ほう、梁山泊の軍師というと、あの智多星どのですかな」

「いかにも。呉用と申します。我らが一度に出立すると、怪しまれる恐れがあったもので」

 康里定安と欧陽侍郎は承知し、伝達の者を益津関へと走らせた。

 やがて見張りが何かを見つけた。

 道の向こうで砂埃が上がっている。それが益津関へ近づいてきていた。

 先頭には秀才風の男がいた。左右に僧侶と行者を引き連れている。その後ろから怒りの形相の集団が、秀才を追うように駆けていた。

 門に辿り着いた秀才が叫ぶ。

「私は呉用と申す者です。先に来ている宋江どのを追ってきましたが、奴らに見つかってしまった次第。早く開けてください。この二人は私の従者です」

 と僧侶と行者を指した。

 門番は戸惑ったが連絡のあった呉用に違いないと判断し、門を開けた。

「助かったわい」

 呉用と共に来た魯智深が、そう言って禅杖を振るった。

 門番が嫌な音を立てて、吹っ飛んだ。

 異変を察した兵が飛んできたが、武松の戒刀の餌食となった。

 魯智深と武松が門を押さえた。そこへ呉用を追っていた楊雄、石秀、解珍、解宝といった面々がなだれ込んでくる。

 梁山泊の一行は遼兵たちを相手に暴れ回っている。

 それを見届け、呉用はさらに先へ駆けた。

 呉用は文安県を抜け、覇州に着いた。

 迎えに出た宋江に、息を切らせながら呉用が訴える。

「申し訳ありません。盧俊義に気付かれてしまいました」

 驚いた康里定安は兵を出そうとする。

「お待ちください。私が説得をしてみます。戦うのはそれからでも遅くはないかと」

 そうしてる間にも報告の早馬が次々と来る。

 益津関に続き、文安県も突破された。

 ついに盧俊義が、覇州に迫った。

 甲を着こみ、騎乗の盧俊義が大喝した。

「裏切り者の宋江を出せ」

 城壁に宋江が出る。

「私は大遼に帰順した。思い出すのです。宋朝は奸臣どもが権力を握り、良臣は報われぬままだ。共に梁山泊にいた誼です。あなたも大遼国に尽くそうではないか」

「わしは、お主に騙されて入山したのだ。それに宋朝に大恩ある身だろう。よもやそれを仇で返そうとはな。ご託はいいから、出てきて尋常に勝負しろ」

 盧俊義の胆力に、康里定安も欧陽侍郎も怖気づき、宋江にすがるような視線を送る。

「仕方ありません」

 城門が開き、林冲と花栄が飛び出す。

 盧俊義が吼え、槍を頭上で回転させた。

 康里定安が身を乗り出して、戦いを見守る。

 林冲と花栄の猛攻を寄せ付けないほどの戦いぶりだ。

「盧俊義といったか、あ奴かなりの強さではないか」

「ええ、河北の三絶という異名は健在のようです」

 宋江も固唾を飲んだ。

 林冲と花栄が目配せをした。同時に馬を反し、逃げだす。

 待て、と盧俊義。

 花栄が弓を手にしていた。逃げると見せかけ矢を放つ、必殺の手だ。

 だが矢は盧俊義の頬をかすめ、わずかに逸れた。

 盧俊義が花栄に迫る。

 咄嗟に林冲が戻り、吊り橋の上で盧俊義と打ち合いを再開した。

 だがすぐに城内へと逃げ込んでしまう。盧俊義も林冲を追い、城内へと飛び込んだ。

 違和感を覚えた康里定安が何か言おうとしたが、遅かった。

 盧俊義が率いてきた梁山泊軍が、一斉に城内へとなだれ込んできたのだ。

「申し訳ありません」

 宋江の左右にいた呂方と郭盛が画戟を構えていた。

 呆気にとられていた康里定安と欧陽侍郎は、なすすべもなく縛りあげられてしまった。

 宋江を睨みつけ、言葉を絞り出すのに精一杯だった。

「き、貴様。謀りおったのか」

「謀るもなにも、そちらの方が偽りの国王ではありませんか。はじめからこの話は破綻していたのですよ」

 呉用の言葉に、欧陽侍郎が顔を歪めた。

 翻る梁山泊の旗を、宋江が眺めていた。

 呉用が言った言葉を思い返していた。

 偽物だと知りつつ、燕京の国王に仕えた方がよいのではないかと言った。

 宋江の本心を確かめるためだったのか。いや呉用の本音だったのだろう。

 そして盧俊義が叫んだ言葉だ。

 裏切り者の宋江を出せ。

 示し合わせていたとはいえ、真に迫る勢いだった。

「晁蓋どの」

 ぽつりとつぶやく宋江に、心に浮かんだ晁蓋は何も答えてはくれなかった。

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