
108 outlaws

伏竜
三
流罪となった。
知県も孔目も誰ひとりとして孫安の言葉を信じようとしなかった。
それもそのはず、占い師たちにたんまりと袖の下を渡されていたからだ。そもそも孔目の方から、手頃な家を安価で手に入れたい、と持ち掛けていたらしいのだ。
そんな事のために、父は死んだのか。腐った役人どもに、孫安は絶望した。
その孫安は、護送中に助け出されることとなる。真相を知ってか知らずか、その男は名も告げずに姿を消した。
孫安は復讐を誓った。必ず、あの占い師たちに復讐するのだ。ただその思いを胸に、生き続けるのだ。
各地を逃亡し、さまざまな出会いを経て、十人の仲間を得た。
旅は続き、やがて安定州のとある町で宿を取った。
居酒屋で飲んでいた折、突然、豪雨となった。
それは雨というより、滝のようであった。地面は瞬く間に見えなくなり、水嵩はどんどんと増してゆく。
避難しようとしたが、孫安はその足を止めた。
痛いほどの雨の中、天を仰ぎ、哄笑している男がいた。
驚いたことに、男の髪も着物も、まったく濡れていなかった。
孫安は、ひとりの名前を思い出した。
「もしかして、喬冽なのか」
「お前は」
男は鋭い眼をこちらに向けた。
「涇原の孫安という。私のことなど覚えてはいないだろうが。お主、二仙山の羅真人さまの元へ行っていたはず」
「涇原の。すまんが、お主の言う通り覚えてはおらん」
男、喬冽は、うってかわって破顔した。
「だが嬉しいな、故郷の人間と会えるなど。せっかくだ、一緒に飲もうじゃないか」
一瞬で雨が止み、太陽が地を乾かし始めた。
喬冽、いや喬道清、は経緯を語った。
術を修め、世のためになろうと考えたが、失望した。下界と関わるな、という羅真人の考えとは相いれない。もう戻る気はない。だからこの力を、腐った世を壊すために使う事にした、と。
「助かった。お主が現れなければ、この街を本当に壊してしまうところだった。恩に着る」
そして孫安も語り、喬道清は憤慨した。
「すぐにそいつらをを見つけ出し、殺してやろう」
勢いこむ喬道清だったが、孫安の顔を見てはたと気付いた。
「そうだな、すまん。仇を取るのはお主自身の役目。よし、決めたぞ」
「何をだ」
「孫安、お主に力を貸そう。その二人を探すついでに、同じような腐った連中を滅ぼしてやるのだ」
そう言う喬道清の目は、本気だった。
それから各地を渡り歩き、外道たちを屠っていった。
幻魔君、いつしかそう呼ばれるようになった喬道清。そして孫安たちの強さに憧れ、賛同する者たちが次第に集い始める。
まさに叛乱軍ほどの勢力となった。図らずも占い師の言葉通りになってしまったことに、歯がゆさを覚えた。
孫安たちにとって、次に必要なのは拠点となった。
喬道清の占断と孫安の風水的判断から、場所が割り出された。
五竜山。古くからそう呼ばれている山だった。
山腹に古廟があった。孫安は息を飲んだ。
廟の周囲の柱には、それぞれ四色の竜の塑像が巻きついている。さらに廟内中央の柱に五匹目の竜がいた。
喬道清が竜を撫でながら言う。
「五匹の竜が封じ込められているので五竜山か。我々にぴったりではないか」
「五匹の竜、か」
と、突然、地面が揺れた。地震か。いや、廟自体が揺れている。
揺れは激しくなり、廟が崩れるほどになった。
去れ。
孫安の脳裏に何者かの言葉が聞こえた。
喬道清と目が合った。声は二人にのみ、聞こえているようだ。
ここから、去れ。
もう一度、それははっきりと敵意を含んで言った。
去れ。去らぬのなら、消えてもらう。
また声が聞こえ、廟がこれまでにないほど激しく揺れた。
孫安と喬道清が空を見つめていた。
五行山の上空に、五匹の竜が浮かんでいたのだ。
燃えるような目が、孫安たちを狙っていた。
「孫安よ。どうするね」
「聞くまでもないだろう。幻魔君、力を貸してくれ」
「それこそ、聞くまでもない」
渾鉄の二刀を抜く孫安。
宝剣を構え、不敵に笑みを浮かべる喬道清。
五匹の竜が大音声(だいおんじょう)で吼えた。
孫安と喬道清が大の字になっていた。
部下たちもあちこちで同じようにしていた。
皆、血塗れで、ぜいぜいと息をするのがやっとだ。あたりには、土塊と化した五匹の竜が散らばっている。
喘ぎながらも孫安の目は輝いていた。
五色の竜を倒した。これは、何かの徴だろうか。
孫安は父と、その書物を思い出していた。
古代から存在する占術、そしてその難解さと面白さにのめり込んだ。特に、万物は五つの元素から成る、という五行思想に惹かれていった。
やはり私は父の子だった。目を潤ませながら孫安はそう思った。
五色の竜、これは徴なのだ。そして胸の中にあった想いが、結実した。
五行将。
五行に対応した兵法を駆使する将を育てる。孫安は固く決意した。
喬道清の声がした。
「竜と言っても大したことはなかったな、なあ屠竜士よ」
「屠竜士とは、私の事か。ふふ、悪くはない。ありがたく名乗らせてもらうよ」
孫安は笑った。喬道清も動けないまま笑った。
竜はいる、と父は言った。
いるはずがない、と幼い自分は言った。
だが竜はいた。
その目で見た。
父の言葉は真実だったのだ。