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伏竜

 流罪となった。

 知県も孔目も誰ひとりとして孫安の言葉を信じようとしなかった。

 それもそのはず、占い師たちにたんまりと袖の下を渡されていたからだ。そもそも孔目の方から、手頃な家を安価で手に入れたい、と持ち掛けていたらしいのだ。

 そんな事のために、父は死んだのか。腐った役人どもに、孫安は絶望した。

 その孫安は、護送中に助け出されることとなる。真相を知ってか知らずか、その男は名も告げずに姿を消した。

 孫安は復讐を誓った。必ず、あの占い師たちに復讐するのだ。ただその思いを胸に、生き続けるのだ。

 各地を逃亡し、さまざまな出会いを経て、十人の仲間を得た。

 旅は続き、やがて安定州のとある町で宿を取った。

 居酒屋で飲んでいた折、突然、豪雨となった。

 それは雨というより、滝のようであった。地面は瞬く間に見えなくなり、水嵩はどんどんと増してゆく。

 避難しようとしたが、孫安はその足を止めた。

 痛いほどの雨の中、天を仰ぎ、哄笑している男がいた。

 驚いたことに、男の髪も着物も、まったく濡れていなかった。

 孫安は、ひとりの名前を思い出した。

「もしかして、喬冽なのか」

「お前は」

 男は鋭い眼をこちらに向けた。

「涇原の孫安という。私のことなど覚えてはいないだろうが。お主、二仙山の羅真人さまの元へ行っていたはず」

「涇原の。すまんが、お主の言う通り覚えてはおらん」

 男、喬冽は、うってかわって破顔した。

「だが嬉しいな、故郷の人間と会えるなど。せっかくだ、一緒に飲もうじゃないか」

 一瞬で雨が止み、太陽が地を乾かし始めた。

 喬冽、いや喬道清、は経緯を語った。

 術を修め、世のためになろうと考えたが、失望した。下界と関わるな、という羅真人の考えとは相いれない。もう戻る気はない。だからこの力を、腐った世を壊すために使う事にした、と。

「助かった。お主が現れなければ、この街を本当に壊してしまうところだった。恩に着る」

 そして孫安も語り、喬道清は憤慨した。

「すぐにそいつらをを見つけ出し、殺してやろう」

 勢いこむ喬道清だったが、孫安の顔を見てはたと気付いた。

「そうだな、すまん。仇を取るのはお主自身の役目。よし、決めたぞ」

「何をだ」

「孫安、お主に力を貸そう。その二人を探すついでに、同じような腐った連中を滅ぼしてやるのだ」

 そう言う喬道清の目は、本気だった。

 それから各地を渡り歩き、外道たちを屠っていった。

 幻魔君、いつしかそう呼ばれるようになった喬道清。そして孫安たちの強さに憧れ、賛同する者たちが次第に集い始める。

 まさに叛乱軍ほどの勢力となった。図らずも占い師の言葉通りになってしまったことに、歯がゆさを覚えた。

 孫安たちにとって、次に必要なのは拠点となった。

 喬道清の占断と孫安の風水的判断から、場所が割り出された。

 五竜山。古くからそう呼ばれている山だった。

 山腹に古廟があった。孫安は息を飲んだ。

 廟の周囲の柱には、それぞれ四色の竜の塑像が巻きついている。さらに廟内中央の柱に五匹目の竜がいた。

 喬道清が竜を撫でながら言う。

「五匹の竜が封じ込められているので五竜山か。我々にぴったりではないか」

「五匹の竜、か」

 と、突然、地面が揺れた。地震か。いや、廟自体が揺れている。

 揺れは激しくなり、廟が崩れるほどになった。

 去れ。

 孫安の脳裏に何者かの言葉が聞こえた。

 喬道清と目が合った。声は二人にのみ、聞こえているようだ。

 ここから、去れ。

 もう一度、それははっきりと敵意を含んで言った。

 去れ。去らぬのなら、消えてもらう。

 また声が聞こえ、廟がこれまでにないほど激しく揺れた。

 孫安と喬道清が空を見つめていた。

 五行山の上空に、五匹の竜が浮かんでいたのだ。

 燃えるような目が、孫安たちを狙っていた。

「孫安よ。どうするね」

「聞くまでもないだろう。幻魔君、力を貸してくれ」

「それこそ、聞くまでもない」

 渾鉄の二刀を抜く孫安。

 宝剣を構え、不敵に笑みを浮かべる喬道清。

 五匹の竜が大音声(だいおんじょう)で吼えた。

 孫安と喬道清が大の字になっていた。

 部下たちもあちこちで同じようにしていた。 

 皆、血塗れで、ぜいぜいと息をするのがやっとだ。あたりには、土塊と化した五匹の竜が散らばっている。

 喘ぎながらも孫安の目は輝いていた。

 五色の竜を倒した。これは、何かの徴だろうか。

 孫安は父と、その書物を思い出していた。

 古代から存在する占術、そしてその難解さと面白さにのめり込んだ。特に、万物は五つの元素から成る、という五行思想に惹かれていった。

 やはり私は父の子だった。目を潤ませながら孫安はそう思った。

 五色の竜、これは徴なのだ。そして胸の中にあった想いが、結実した。 

 五行将。

 五行に対応した兵法を駆使する将を育てる。孫安は固く決意した。

 喬道清の声がした。

「竜と言っても大したことはなかったな、なあ屠竜士よ」

「屠竜士とは、私の事か。ふふ、悪くはない。ありがたく名乗らせてもらうよ」

 孫安は笑った。喬道清も動けないまま笑った。

 

 竜はいる、と父は言った。

 いるはずがない、と幼い自分は言った。

 だが竜はいた。

 その目で見た。

 父の言葉は真実だったのだ。

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