
108 outlaws

伏竜
二
孫安の父は、友人の顔を見に行った。
友人が家財までも売り払い、占い師に入れ込んでいるという噂を聞いたからだ。
それが原因か、しばらく姿を見せないし、その妻も娘もとんと見なくなってしまった。
「私も行きます」
という孫安を制し、
「大丈夫だ、お前は母さんの側にいなさい」
と、父は優しく微笑んだ。
毎日、占い師と道人は酒盛りをしていた。
友人とその妻を使用人のように扱い、さらに金など一銭も出さず、あれがいるこれがいると理由をつけて、都合させていたのだ。
友人宅に、強引に入った父はその様子に愕然とした。
「なんだ、これは。部屋も家具も、滅茶苦茶じゃないか」
「口を出さないでくれ。お前は詳しいかもしれんが、本で得た知識だろう。あの方々は実績がある本物なのだ」
そう言う友人の顔は、何かに取り憑かれたように虚ろだった。
確かに言う通りではある。しかし目の前の光景は、あまりにも自分が知っている風水とかけ離れている。家具も、まるで子供が遊びで適当に置いただけ、という酷いものだったのだ。
さすがに、黙っていられなかった。
「おい、目を覚ませ。お前は騙されているんだ。おかしいと思わないのか」
その時、刺すような視線を感じた。
占い師と王道人だった。客まで酒を飲んでいたようだ。
孫安の父は嫌悪感を覚えた。男たちの目つき、纏う瘴気のような雰囲気に、うすら寒いものを感じた。
「何だ、あんたは。根も葉もない事を言うのはやめてくれないか」
立ち上がった王道人に気圧されながらも、父は必死に続ける。
「根も葉もない、だと。素人でもおかしいとわかるさ。お前たち、一体何を企んでいるのだ」
「ほう。少しは知識があるようだな」
と占い師も立ち上がる。
じっ、と孫安の父の顔を覗き込む。
「お主、死相が出ているぞ」
そしてにやりと凶悪な笑みを浮かべた。
玉のような汗が噴き出した。
孫安の父は喘ぎながら、なおも喰らいつく。
「脅すのか。だが何を言われても、お前たちの好きなようにはさせんぞ。役所に訴えてやる。覚悟しておくんだな」
「ふん、好きにするがいい」
余裕の態度を崩さない占い師たち。
孫安の父は友人に別れを告げ、家を出た。
王道人が怒気を露わにした。
「ちっ、酒が不味くなったな。で、どうするんだ」
「言ったでしょう。奴には死相が出ていると」
「かかっ、お前が言うなら、間違いないか」
王道人が占い師に酒を注いだ。
孫安の父が夜中に家を出た。必ず奴らの化けの皮を剥いでやる。
誰かがいた。
思わず、塀の陰に隠れた。細心の注意を払い、覗き見る。
黒ずくめの男だった。闇の中で、顔はよく見えない。男が荷袋を下ろし、中を探った。そして取り出した何かを塀越しに放り込みだした。
一体、何をしているのだ。何者なのだ。
やがて男はその場から去っていった。
男のいた場所を確認する。地面が濡れていた。
孫安の父は青ざめた。
血だ。これは、もしや。そうだ、鳥や鼠の死骸は仕組まれた事だったのだ。掴んだぞ。
ふと背後に気配を感じた。
黒づくめの男がそこに立っていた。
手にした刀が鈍く光った。
孫安が目を覚ました。なにか胸騒ぎがする。
外から声がした。父の声に似ている。まさか。
孫安が飛び出した。
そこに黒ずくめの男がいた。そして、足元に父が倒れていた。男の手には刀。血に濡れていた。
次に覚えているのは、男が倒れている姿だった。孫安の手には、血に濡れた刀。男の首が切り裂かれていた。
自分がやったのか。
父が微かに息をしていた。
「あの占い師、たちは、偽物だ。その男が、死骸を」
「無理に喋らないで。いま医者を呼んできます」
「私は、もう駄目だ。やつらを」
そこまで言って父が事切れた。
孫安の全身が燃えるように熱くなった。
友人の家に乗りこみ、占い師たちを探した。
ここか。
孫安が戸を開け、布団を勢いよく剥ぎ取った。
だが孫安の目に映ったのは、鋭い光を放つ剣先だった。
孫安は辛うじて、手にした刀でそれを防ぐと、後方へ飛んだ。
「奴の占い通りだったな」
剣先を突きつけたまま、王道人がゆっくりと床から出てきた。
「何故だ、という顔をしているな。実は剣難の相が出ていてな。警戒していたら、お前が来たという訳だ。何者か知らんが、大胆な野郎だ」
孫安は寒気を覚えた。
こいつらは偽物だ。父はそう言った。
違うのか。非道な事を繰り返しながらも、捕えられなかったのは、本物だからなのか。
「そういう事だ。わかったら、死ねい」
王道人が邪悪な笑みを浮かべた。
さらに孫安は冷や汗を流した。まるで心を読まれているようだ。だが孫安は、足を前に踏み込んだ。ここで引く訳にはいかない。父の仇を討つ。
雄叫びと共に、刀を繰り出す孫安。
はっ、と吐き捨てるようにした王道人は、刀で軽くいなした。
次の攻撃も、次も、王道人は子供でもあやすように、簡単に弾いてしまう。
強い。
思った瞬間、孫安の肩に激痛が走った。刀を落としてしまう。
「筋は良いようだが、正直すぎるんだよ。お前の攻撃は」
王道人が容赦なく孫安を攻め立てた。腕や足を何度も切られ、服が赤く染まってゆく。
「騒がしいと思ったら、案の定か。そいつは」
さらに、占い師も現れた。
「お前が占った、剣難の正体さ」
「ああ、なるほど」
すらりと、占い師が剣を抜いた。
孫安は肩の傷を押さえ、喘ぐように壁に背を付いた。
悔しい。目の前に父の仇がいるのに。このまま殺されてしまうとは。
と、外から大声が聞こえた。
人が死んでいる。都頭を呼んでこい。誰かがそう叫んだ。
「貴様、あいつを殺したのか」
ちっ、と王道人が舌打ちをした。
「代わりを探すのが、面倒臭いではないか」
その言葉に、王道人の性根が滲み出ていた。
とっとと始末してしまおう。という王道人を、占い師が止めた。
「飛天蜈蚣よ、待て」
「何を待つことがある。とっとと殺ってしまおう」
「ほどなく役人が来るだろう。我らは人殺しを捕まえた英雄となるのだ」
「ふざけるな。人殺しはお前たちだろう」
「この状況で、誰が信じると思うね」
それに、と占い師が孫安を見つめる。
「こいつは奇相を持っている。いずれ賊どもの頭となり、大いに国を騒がせそうだ」
「かかっ、そりゃあいい。すでにその片鱗が見えたという事か」
「私が、そんな事を」
孫安が言うが、占い師は、私の占いは当たるんだと笑う。
誰も動くな、と都頭ら役人たちがやって来た。
占い師と王道人に言われるがまま、孫安に縄がかけられた。そのまま役所へと連行された。
占い師と、王道人の勝ち誇った笑みが、いつまでも脳裏に焼き付いていた。