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伏竜

 竜はいる、と父は言った。

 いるはずがない、と幼い自分は言った。

 だが竜はいた。

 この目で見た。

 父の言葉は、真実だった。

 

 孫安は、涇原に生まれた。

 商いをしていた父は書物の蒐集が趣味だった。倉には各地から集めた様々な書物がずらりと並んでおり、母からも呆れられていた。特に父が好んだのは易や風水、奇門遁甲などの占術に関する書物だった。

 多くの書物に囲まれていたため聡明に育ち、また剣も相当の腕前になっていった。

 涇原を出て独り立ちしていた孫安が、久しぶりに故郷に戻っていた。

 父と酒を酌み交わし、母の懐かしい味に目頭が熱くなった。

 だがふと父の顔が曇りがちになるのだ。なにか心配ごとが、と孫安が訊ねた。

 少し言い淀み、父が話し出した。

 

 最近、ひとりの占い師が往来の一角(いっかく)に座るようになった。

 人や土地の運勢を占うという触れ込みだった。それが、すこぶる当たるというので評判となったという。

 占術に一家言ある父は、市井の占い師には興味を示さなかったが、隣家の友人がのめりこんでしまった。数か月前に失くした家宝の品物の場所を占ってもらったところ、ぴたりと当てたというのだ。

「それは良かった。まあ、あまり信じすぎず、ほどほどにするのだな」

 嬉々として話す友人に、父はそう言うしかなかった。

 しかし助言を聞かず、友人はますますのめり込んでゆく。その友人には、孫安と同い年の娘がいた。たいそう可愛がっていたひとり娘で、そろそろ嫁に行く歳だ。

「娘の将来はいかがでしょうか。良い縁がみつかるでしょうか」

「ふむ。この辺りの土地からは、面白い気を感じる。のちに名を成す者が、多く現れる予感がしますな」

 喬家の息子か、と直感した。

 喬冽は幼い頃より神童ぶりを発揮し、いまは二仙山で修業に励んでいるという。娘とも幼なじみだったが、すでに遠い過去の思い出だった。

「娘ごにも、思いもよらぬ縁がありましょう」

 あの喬冽と同じような者と縁ができるのか。そう思うと、友人は欣喜した。

 ただし、と釘を刺すように、占い師が言った。

「言いにくいのだが、実はご主人の土地の相があまりよろしくない。このまま放っておいては、土地の気が悪い方向に作用してしまうだろう」

 友人は、はたと口を閉ざしてしまった。眉根を寄せ、周囲を気にする素振りを見せる。

「いかがなされた」

 実は、と友人が語る。

 例の家宝を失くした頃から、奇妙な事が起きていたのだ、と。

 庭で十数羽の鳥が死んでいたというのだ。その時は、不気味さを感じつつ始末したが、それが断続的に起きているという。あまりの不吉さに、誰にも言えずにいたという。そして一昨日(おととい)もそれは起きたのだ。

 やはりか、と占い師は唸って腕を組んだ。

「先生、どうすれば」

「私にお任せいただけるのであれば、お力を貸すことも吝(やぶさ)かではないのだが」

「それは、願ったりです」

 その日から、占い師は友人の家に住み込むことになる。

 占い師の指示で、家具の配置を変えたり、庭に妙な石塔を建てたりした。だがその二日後、友人の妻の悲鳴が聞こえた。

 今度は鳥ではなく、十数匹の鼠が庭に落ちていたのだ。

 唸る占い師。

「ふうむ。まだ駄目ですか」

 先生、と詰め寄る友人に、占い師は呟くように言った。

「これは私の力だけでは対処できないようです。だがご心配めさるな。知り合いにこの道に明るい道人がいる。彼を呼ぶとしよう」

 七日のち、その道人が現れた。

「良く来てくれた飛天蜈蚣よ。早速力を貸してくれ」

「待て。長旅で喉が渇いているんだ。酒でも飲ませてくれ。話はそれからだ」

 飛天蜈蚣の王道人は無遠慮に言い放ち、椅子にどっかと腰を下ろした。

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