
108 outlaws

伏竜
四
長い夢を見ていた。
起き上がろうとしたが、体が悲鳴を上げた。
それでも孫安は無理やり上体を起こした。
「目が醒めたかい。俺は鄧飛という」
寝台の側に男がいた。目の赤い、獅子のような印象を受けた。
思い出した。梁山泊に、玉麒麟に負けたのだ。
配下たちはどうなった。訪ねる前に鄧飛が言った。
「三人。あんたを取り返そうとした」
「そうか」
孫安はそれだけ言い、口を閉じた。
翌日、盧俊義が目を覚ました。
しばらく安静にという燕青の言葉を退け、孫安を呼んだ。
「一度の勝負で、二度負けるとはな」
「わしも一度負けている」
「慰めはやめてくれ。はじめの負けで勝敗は決まっていたようだな。さあ、首なり何なり獲るが良い」
爽やかに孫安が言った。
楊志、欧鵬といった面々が盧俊義を見る。
「聞きたい。何のために田虎の下で戦っていたのかを」
ふう、と長いため息をついた孫安。
天井を見上げ、遠くを見つめるような目になった。
「世直しだ。お主たちなら分かるだろう。この国の上に立つ者たちは腐っている。そいつらに虐げられる民のため戦っている」
「そして、田虎軍に」
孫安が目を少し伏せ、盧俊義を見た。
「田虎の腹心とつながりのある奴がおってな。それを頼って行った」
それに、と孫安が続ける。
「山東と河北、二つの勢力が民のために戦えば、目的もより早く達せられる。そう考えたからでもあった。しかしお主たちは、梁山泊は招安を受け、敵となった」
「そうだ。しかし目的は変わっておらん。我々は奴らの軍門に下った訳ではない」
盧俊義は決然とした目で孫安を見据え、続ける。
「しかし田虎は、当初の目的を踏み外し、ただの賊徒と成り果てていった。違うか」
孫安は奥歯を噛みしめた。
その通りだ。
認めたくはなかった。自分の決断は間違っていなかったのだと。
「だから、わしに負けた。わしの腕が上だったのではない。思いの強さが上だったのだ」
孫安の閉じた目の端から、涙が流れ落ちた。
そして父母の優しい顔が浮かんだ。
孫安が、ひとつ提案をした。
「私を昭徳に行かせてくれないだろうか。昭徳では喬道清が戦っている。奴とは同郷で、共に同じ思いで戦ってきたのだ。説得したい」
「できる、のか」
「しなければならんさ」
そう言って孫安は晋寧を出た。
「奴を信用するんですかい」
「うむ。孫安の目に、嘘は感じられなかった」
鄧飛の疑念に、盧俊義が答えた。
「まあ、戦った盧俊義どのがそういうなら、信じるしかありませんや」
不満そうな口調とは裏腹に、鄧飛の顔には笑みが浮かんでいた。
部下の元に帰還した孫安。
「私は敗れ、梁山泊に降伏した。お前たちとはここで別れる。これまで私に付いてきてくれたことに、本当に感謝する」
背を向けた孫安だったが、誰ひとり去ろうとはしない。
「ずいぶん冷たい事言うじゃねぇか」
え、と孫安が顔を上げた。
姚約が腕を組み、にやにやとしていた。額には包帯が巻かれていた。
「姚約、お前」
「死んだって思ったのかい。生憎、こうしてぴんぴんしてますぜ。ちっと額の皮が破けた程度さ」
陸清そして秦英の姿もあった。怪我を負っているが、生きていたのだ。
孫安の胸に熱いものがこみ上げた。眦に涙が浮かぶ。
確かに、死んだとは聞いていなかった。梁山泊の連中め。
馮昇が言った。
「という訳です。俺たちはあんたについて行くだけだ。さあて、どこへ行くんですかい」
「すまない。いや、ありがとう」
孫安の目がいつもの目に戻った。そして一同に向け、檄を飛ばした。
「喬道清の元へ、昭徳府へ向かう」
おう、と一同が呼応した。
三日ほど駆けた。
あれを、と胡邁が空を指差した。
東の空に、何かが浮かんでいた。それは空中を泳ぐ蛇のようにも見えた。
陸芳が目を大きくさせている。
「あれは、もしかして」
「そうだ、五竜山の、五匹の竜だ」
孫安の答えに、金禎が喘ぐように言った。
「竜って、あの時、倒したはずじゃあなかったのかよ」
「喬道清が、呼び出したのだろうな」
近づくにつれて馬たちも怯え出した。
竜たちは互いに争っているように、孫安には見えた。
喬道清が操りきれていないのか。
「急ぐぞ」
孫安たちは馬の速度を上げた。
ふいに天空に巨大な鳥が出現した。空を覆い隠すほどになった大鵬が、竜たちを全て砕いてしまった。
喬道清は、敗れた。
孫安はそう悟った。だが奴が負ける事など、あり得るのか。
気は逸るが、馬はこれ以上走れない。
孫安は、静かになった空を見つめ、ゆっくりと息を整えた。