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落草

 史大老が世を去った。齢(よわい)六十を過ぎての大往生だった。

 葬儀はしめやかに行われ、史進が家督を継いだ。人望が厚かった史大老と違い、武芸にばかり精を出す史進に史家村の人々は心配をしていた。

 はじめは何とか家業をこなしていた史進だが、ひと月も経たず王四(おうし)に任せるようになってしまった。

 王四は史大老の補佐もしており、実質的に史家村を切り盛りしていた男である。史進は元のように修業に明け暮れ、村人の心配は現実のものとなった。

 

 ここ史家村は、東京開封府から西に位置する華州(かしゅう)華陰県(かいんけん)の郊外にあり、地主である史大老の家によって代々治められてきた。現在は三、四百戸ほどで、近隣と比べると豊かといえる暮らしを営んでいた。

 とある昼下がり、修練を終えた史進は中庭の柳の木陰で涼んでいた。

 日射しはじりじりと地面を焼いている。師である王進は無事に目的地に着いただろうか。そんな事を考えていると、こちらをうかがう気配を感じた。

「誰だ、そこにいるのは」

「へへ、お久しぶりです、若旦那」

 壁の陰からひょっこりと顔を出したのは、兎捕りの李吉(りきつ)だった。

「なんだ李吉か。この頃さっぱり獲物を売りに来ないではないか。親父とは違うと俺を見くびっているのか」

「滅相もございません、若旦那。最近、獲物がめっきり獲れなくなっちまいまして」

「冗談を言うな。この広い少崋山にいない訳があるか」

 李吉は少崋山を仰ぎ見ると、心なしか声をひそめて言った。

「若旦那、知らねぇんですかい。少崋山に山賊が塞(とりで)を構えていて、近ごろ五、六百人ほどに勢力を増しておりまして、俺たちも山中に入れねぇんです」

「なに、山賊の話は聞いていたが。それほどまでとは」

 李吉が去ると、史進は屋敷に向かって叫んだ。

「王四、王四はいるか」

 屋敷の奥から返事が聞こえ、やがて王四が駆けてきた。

「旦那さま、いかがいたしましたか」

「おう、忙しいところすまん。今しがた李吉に聞いたのだが、少崋山の山賊の話は知っているか」

「山賊の件は耳にしておりました。三人の頭領が賊どもをまとめており、それぞれがかなりの腕前だとか。賞金がかけられておりますが、誰も立ち向かうものはなく、対策が必要かと」

 うむ、と唸り史進は腕を組んで考えだす。と、すかさず王四が提案する。

「旦那さま、自警団を作ってはいかがでしょうか。ですが村人たちは武器を持った事もございません。ぜひ旦那さまの武芸でご指導いただければと思います」

「うむ、県の役人どもは当てにならん。やはり自分の身は自分で守らねばならんな。師に授かったこの技がやっと活かせるというわけか」

「今晩早速、おもだった村人を集めます。そこで旦那さまから話を伝えてください。その後の手配などは私が」

「はは、さすが賽伯当(さいはくとう)だな」

「いえいえ、買いかぶりでございます。王伯等(おうはくとう)さまほどの才覚などとてもとても」

 史進は手にしていた棒で少崋山を指し、目を細めた。

「この史家村を侵す者は誰だろうと許さん。頼んだぞ、王四」

「はい、お任せ下さい」

 柳の枝にかけていた上着を取り、史進は屋敷へと戻った。残された王四は大きな溜息をつくと、少崋山を眺めた。

 こめかみのあたりを汗が伝った。暑さのせいなのか冷や汗なのかは、王四自身にもわからなかった。

  

 

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