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因縁

 このあたりは白虎山(びゃっこざん)といい、ここは孔亮、孔明兄弟の父である孔太公の屋敷だという。

 大柄な男が兄の孔明。力を誇示することが多く、不吉な星とされる昴(すばる)を意味する毛頭星(もうとうせい)と渾名されている。

 一方、若さまと呼ばれていた男が弟の孔亮である。兄の孔明よりも短気で、お供を引き連れては暴れていたため、同じく不吉な星である独火星(どくかせい)と呼ばれていた。

 粗暴ではある二人だったが、各地の好漢たちと交流を結ぶのが好きな面もあった。かつて及時雨の名を聞いた孔明と孔亮が鄆城まで出向き、宋江に無理やり弟子入りしてからの付き合いだという。

 もちろん、宋江は武芸など人並み以上でも以下でもなく、孔兄弟の方が腕前が上なのは承知していたのだが。

 屋敷の客間で酒宴が開かれていた。

 四人は酒を酌み交わし、孔亮は武松に非礼を詫びた。武松も少し気まずそうに、自分の方も大人げなかったと笑いあった。

 宋江と武松はここでの再会までの道のりを語り、互いに大いに驚いた、

 宋江はこの屋敷に来て、半年になるという。丁度、武大の仇討ちをした頃だ。

 武松が行者姿になった理由を語り、宋江との再会を改めて喜んだ。

「先ほどは本当に失礼をしましたが、これも何かの縁かもしれません。これからもよろしくお願いいたします」

 と孔明が杯を上げ、孔亮もそれに続いた。

 武松が話を続ける。

「この青州に来たのは、青面獣の楊志どのや魯智深どのをはじめとする二竜山の軍勢がこちらへ落ちのびていると聞いたからなのだが、何か知らないかね」

 なんと、と孔兄弟は喜色をあらわにした。

 武松と宋江は孔明の言葉に驚いた。

「私たちは二竜山の楊志どのに、お誘いの手紙を送っていたのです」

 二人は各地の山賊などにも手紙を送っていた。世間を追われ、やむなく落草した好漢たちが山賊となっていることが多いからである。

 もちろん二竜山の楊志や魯智深は世間にも名の知れた好漢だ。何度か手紙のやり取りをしていたところ、その二竜山が官軍に陥されたという報が飛び込んできた。

 心配した兄弟だったが、しばらくして二竜山からの使いがやって来た。

 彼らが孔兄弟を頼ってこの青州へ向かっていたのだ。そしてそれに応じるため孔明と孔亮はこの白虎山から少し離れた山の一つを用意していた。

 楊志、魯智深そして曹正は彼らに深く感謝し、その山を二竜山と名付けたという。

「まさに奇縁としか言いようがないですね」

 宋江は感慨深げに酒を飲んだ。

 孔亮によれば、同じく官軍に陥落させられた桃花山の軍勢も近々、こちらへ合流するのだという。

「なんともにぎやかな話だが、お上をあまり甘く見ないようにな孔明、孔亮」

 宋江の心配をよそに、兄弟は笑みを浮かべていた。

 

 それから半月余り孔太公の屋敷に逗留し、宋江と武松は旅立った。

 いつまでも名残惜しそうにする孔兄弟に、また会いに来ると約束をし屋敷を出た。

 宋江と武松は連れ立って歩き、やがて瑞竜鎮(ずいりゅうちん)という街に出た。そこから三叉の道がのびていた。西は新生二竜山へと続く道、東は清風寨(せいふうさい)へと続く道だ。

 武松は宋江に別れを告げ、西に向かう。宋江も再会を約し、東へ歩を進めた。

 宋江は清風塞の副知寨をしている幼馴染の元へ身を寄せることにしていた。これで検討していた場所はすべてだ。

 柴進の屋敷、孔兄弟の屋敷そして清風寨。

 この後の自分の運命はどうなってしまうのだろうか。このまま逃げ続けても、やがては捕えられてしまうのだろうか。

 宋江は歩きながら、宋家村に帰らせた宋清からの連絡を思い出していた。

 鄆城の都頭である朱仝が奔走してくれたおかげで、父と宋清などの家族に累が及ぶことはなくなった。また宋江を逃がした罪で流罪となった唐牛児も減刑に成功し、牢内で無事に過ごしているという。これは時文彬による助力もあったからで、宋江は鄆城のすべての人々に感謝をしていた。

 今は清風寨の幼馴染に会う事が楽しみでもあった。かつて机を並べ、同じ釜の飯を喰った友が、今や副知寨として立派になっているのだ。かたや罪を犯し、無実ではあるが、逃亡中の身である。

 ため息を飲み込み、宋江は顔を上げた。

 そこに清風山(せいふうざん)がそびえたっているのが見えた。宋江の悩みなど知らぬとばかり、泰然とその山容を示していた。

 宋江は、はたと足を止めた。

 清風山に見られている。何故かそう感じたのだ。

「気のせいか」

 しばらく清風山を見つめ、やがて再び歩き出した。

 宋江はまた清風山を仰ぎ見た。山が動いた気がしたのだ。

「疲れているのかな」

 風で樹が揺れていただけだろう。

 清風山は変わらず宋江を見下ろしていた。

 しかしその時、風など吹いてはいなかった。

 

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