108 outlaws
北斗
四
阮小二は今でこそ妻を娶り、子も授かって落ち着いたが、若い時分は弟たちに負けず血の気の多い男だった。
毎日の漁で鍛えた太い両腕は、生半(なまなか)な賊など返り討ちにするほどだった。そして次第に、地に降りた疫病神、立地太歳(りっちたいさい)と呼ばれるようになった。
阮小五も生来気性が激しく、なにより博打が好きで、それが元で揉め事を引き起こす事がしばしばあった。
そしてどんな不利な場面でも、大怪我をするのは大抵相手の方だった。それゆえ他人の命を縮める次男坊、短命二郎(たんめいじろう)と呼ばれたのだった。
兄弟の末っ子である阮小七はまだ若く、小二とは十(とお)ほども離れている。小二、小五と比べても体格も小さく、精悍ではあるが顔もどこか優しげだった。三人の中でも一番の母親思いでもある小七だが、しっかりと阮家の血を引いているようだ。
兄二人が留守中の事である。独りで漁場を守っていた小七の元へ、他の漁師たちがそこを荒らしに来た。どれも小七より大きく、年も上の連中ばかりだった。
知らせを聞いて駆け付けた母親と兄たちが見たのは、ほうほうの体(てい)で逃げてゆく漁師たちの姿だった。血を流しながら猟師たちは口々に閻羅(えんら)だ、閻羅だ、と言っていたという。
それから小七は、現世の閻羅、活閻羅(かつえんら)と誰からともなく呼ばれるようになった。
翌日、東渓村で挨拶を交わした晁蓋、劉唐と阮三兄弟はひと目でお互いを気に入った。
好漢は好漢を知るという。六人はまるで旧知の仲であったかのように打ち解け、酒を酌み交わしていた。
こういう場では必ず話題になる托塔天王の由来に、晁蓋が苦笑しながら首を振り、阮三兄弟の渾名の理由に一同が感心し、劉唐が話す放浪の旅での出来事に耳を傾け、また先日の雷横との対決時の呉用の腕前に喝采を送る。
酒宴もたけなわとなり、必然と話は生辰綱へと及ぶ。
「梁世傑が集めた金銀財宝は、もとは民百姓の血と汗だ。俺もあちこちで不満の声を聞いて来たぜ」
「まさしく、劉唐どのの言う通りだ。わしらがお上の喰うもんを獲ってやってるのに、それを当たり前のように思っていやがる」
阮小二が吼える。こうやって晁蓋や劉唐などと会うと、やはり昔の熱い血が蘇えったようだ。そんな兄を小五と小七は嬉しそうに見ている。
そこへ下男がやってきて、晁蓋に告げた。
道士が門前に来ており、晁蓋に会って斎(とき)をもらいたいという報告だった。
「今は大事なお客様が来ているんだ。お前らで上手く対応せんか」
宴の場に水を差された晁蓋は怒りながら下男を追い払った。一同に向き直り、下男の非礼を詫びる晁蓋。
だがしばらくして門の方が騒がしくなった。何かぶつかる物音と、ぎゃあぎゃあという悲鳴が聞こえる。
何事かと門へと向かった晁蓋が見たのは、地面にうずくまる十人あまりの下男たちと、その真ん中に立っている白髪(はくはつ)の道士だった。
道士は下男たちに向かって言った。
「何度も晁蓋どのに用があると言っておるのに、聞かぬからそうなるのだ」
不思議な男だった。顔は若いのだが、醸し出す雰囲気が自分よりも年上のような気にさせる。晁蓋はその道士に声をかけた。
「道士さま、お斎ならお渡しいたします。どうしてそのようにご立腹なさります」
道士は晁蓋を見やると言った。
「私の要件は斎などではない、晁蓋どのに大事な話があって来たのだ」
「道士さま、私が晁蓋です」
道士は、はっとなり礼をとる。
「あなたが晁蓋どのか。いや申し訳ない、何とぞ許していただきたい」
ははは、と笑い晁蓋は道士を小部屋へと案内した。
「私の名は公孫勝(こうそんしょう)、道号は一清(いっせい)と申します。薊州(けいしゅう)で生まれ、そこで道術の修行をしていましたが、世の中を見る事も必要と、師から命じられ下山。こたびは晁蓋どのにお目にかかれて光栄。実は十万貫の贈り物を手土産に参ったのです」
一清道人という名は聞いた事がある。何でも彼の使う道術は風を起こし、雨を呼び、また雲に登ることができる事から入雲竜(にゅううんりゅう)と渾名されているという。その道士が十万貫という言葉を口にしたのだ。
「一清先生、そいつは梁世傑の生辰綱の事でしょう」
「なんと、何故それを」
「はは、当てずっぽうですよ」
公孫勝も笑い、続けた。
「話というのは、まさに晁蓋どのが言った生辰綱の事。薊州からここまでの道中でも、世の中を見ろと言った師の言葉が身に染みてわかりました。すべてとは言わんが、役人は己の利益と上役の顔色ばかり伺い、民草の事など毛ほども考えてはいない。一体いつからこの国は腐ってしまったのだ、と愁うばかりであった」
晁蓋も腕を組み、公孫勝の話に首肯する。
「そこで耳に入ったのが来(きた)る六月の生辰綱の話だ。これは安寧を貪る輩にひと泡吹かせられると思い、ここに来た次第。晁蓋どのはいかが考えなさる」
「聞きましたよ。大胆不敵な道士もいたものですね」
いつの間にか戸口に呉用が立っていた。
慌てて立ち上がろうとする公孫勝だったが、晁蓋は悠然と笑っている。
「はは、先生もお人が悪い。こちらは一清道人こと公孫勝どのです」
「ほう、あなたが。入雲竜の名は聞き及んでおります。私は呉用という者、以後お見知り置きを」
「おお、あなたが呉用どのか。諸葛孔明もかくやという、智多星(ちたせい)の名は各地で耳にしましたぞ」
「智多星などと大げさな。所詮、浮かぶのは浅知恵ばかり、諸葛亮などに及ぶべくもありません」
「まったく奇縁とはこの事ですな。実はわしらも生辰綱の話をしていたところなのですよ」
と、晁蓋は一同がいる部屋へ戻り公孫勝を紹介した。
誰もが公孫勝を見るなりその力を感じ取り、参加を歓迎した。
阮小七などは、道術が見たいとはしゃぎ、兄に窘(たしな)められていたが。
七人は乾杯をし、話は再び生辰綱に戻る。
劉唐が調べたところによると、生辰綱は黄泥岡(こうでいこう)の街道を通る予定だという。それを聞き、思い出したように晁蓋が言った。
「そうだ、黄泥岡から数里行った所に安楽村(あんらくそん)という所がある。白勝(はくしょう)という男がそこにいて、むかし面倒を見てやった事があったな」
「なるほど、その白勝という男にも協力してもらいましょう。北斗七星脇の小星というのは彼かもしれません」
「して先生、我らは腕で取るのか、それとも頭で取るのか、どっちですかい」
阮小五が尋ねる。
「昨年は腕で奪われたと聞いていますが、我らは頭で取りましょう」
一同は顔を寄せ、呉用が作戦の概要を語り出した。
晁蓋が北斗七星の夢を見てから数日、ここに七つの星が集結した。
晁蓋、呉用、劉唐、阮小二、阮小五、阮小七、公孫勝そして白勝。いずれもひと癖もふた癖もある顔ぶれだ。
作戦の決行まであとひと月あまり、一同は再開を約束し、杯を干すと散開した。
それぞれがそれぞれの思いを胸に抱き、瞬く間に日は流れた。
かくして約束の日、安楽村は白勝の家に彼らはいた。
白勝の妻が、質素ではあるが酒肴を準備してくれた。
一同は作戦の成功と決意を誓い、天に祈りを捧げた。
折しも北の夜空には、北斗七星と脇の小さな星が瞬(またた)いていた。