top of page

北斗

 阮小二は今でこそ妻を娶り、子も授かって落ち着いたが、若い時分は弟たちに負けず血の気の多い男だった。

 毎日の漁で鍛えた太い両腕は、生半(なまなか)な賊など返り討ちにするほどだった。そして次第に、地に降りた疫病神、立地太歳(りっちたいさい)と呼ばれるようになった。

 阮小五も生来気性が激しく、なにより博打が好きで、それが元で揉め事を引き起こす事がしばしばあった。

 そしてどんな不利な場面でも、大怪我をするのは大抵相手の方だった。それゆえ他人の命を縮める次男坊、短命二郎(たんめいじろう)と呼ばれたのだった。

 兄弟の末っ子である阮小七はまだ若く、小二とは十(とお)ほども離れている。小二、小五と比べても体格も小さく、精悍ではあるが顔もどこか優しげだった。三人の中でも一番の母親思いでもある小七だが、しっかりと阮家の血を引いているようだ。

 兄二人が留守中の事である。独りで漁場を守っていた小七の元へ、他の漁師たちがそこを荒らしに来た。どれも小七より大きく、年も上の連中ばかりだった。

 知らせを聞いて駆け付けた母親と兄たちが見たのは、ほうほうの体(てい)で逃げてゆく漁師たちの姿だった。血を流しながら猟師たちは口々に閻羅(えんら)だ、閻羅だ、と言っていたという。

 それから小七は、現世の閻羅、活閻羅(かつえんら)と誰からともなく呼ばれるようになった。

 

 翌日、東渓村で挨拶を交わした晁蓋、劉唐と阮三兄弟はひと目でお互いを気に入った。

 好漢は好漢を知るという。六人はまるで旧知の仲であったかのように打ち解け、酒を酌み交わしていた。

 こういう場では必ず話題になる托塔天王の由来に、晁蓋が苦笑しながら首を振り、阮三兄弟の渾名の理由に一同が感心し、劉唐が話す放浪の旅での出来事に耳を傾け、また先日の雷横との対決時の呉用の腕前に喝采を送る。

 酒宴もたけなわとなり、必然と話は生辰綱へと及ぶ。

「梁世傑が集めた金銀財宝は、もとは民百姓の血と汗だ。俺もあちこちで不満の声を聞いて来たぜ」

「まさしく、劉唐どのの言う通りだ。わしらがお上の喰うもんを獲ってやってるのに、それを当たり前のように思っていやがる」

 阮小二が吼える。こうやって晁蓋や劉唐などと会うと、やはり昔の熱い血が蘇えったようだ。そんな兄を小五と小七は嬉しそうに見ている。

 そこへ下男がやってきて、晁蓋に告げた。

 道士が門前に来ており、晁蓋に会って斎(とき)をもらいたいという報告だった。

「今は大事なお客様が来ているんだ。お前らで上手く対応せんか」

 宴の場に水を差された晁蓋は怒りながら下男を追い払った。一同に向き直り、下男の非礼を詫びる晁蓋。

 だがしばらくして門の方が騒がしくなった。何かぶつかる物音と、ぎゃあぎゃあという悲鳴が聞こえる。

 何事かと門へと向かった晁蓋が見たのは、地面にうずくまる十人あまりの下男たちと、その真ん中に立っている白髪(はくはつ)の道士だった。

 道士は下男たちに向かって言った。

「何度も晁蓋どのに用があると言っておるのに、聞かぬからそうなるのだ」

 不思議な男だった。顔は若いのだが、醸し出す雰囲気が自分よりも年上のような気にさせる。晁蓋はその道士に声をかけた。

「道士さま、お斎ならお渡しいたします。どうしてそのようにご立腹なさります」

 道士は晁蓋を見やると言った。

「私の要件は斎などではない、晁蓋どのに大事な話があって来たのだ」

「道士さま、私が晁蓋です」

 道士は、はっとなり礼をとる。

「あなたが晁蓋どのか。いや申し訳ない、何とぞ許していただきたい」

 ははは、と笑い晁蓋は道士を小部屋へと案内した。

「私の名は公孫勝(こうそんしょう)、道号は一清(いっせい)と申します。薊州(けいしゅう)で生まれ、そこで道術の修行をしていましたが、世の中を見る事も必要と、師から命じられ下山。こたびは晁蓋どのにお目にかかれて光栄。実は十万貫の贈り物を手土産に参ったのです」

 一清道人という名は聞いた事がある。何でも彼の使う道術は風を起こし、雨を呼び、また雲に登ることができる事から入雲竜(にゅううんりゅう)と渾名されているという。その道士が十万貫という言葉を口にしたのだ。

「一清先生、そいつは梁世傑の生辰綱の事でしょう」

「なんと、何故それを」

「はは、当てずっぽうですよ」

 公孫勝も笑い、続けた。

「話というのは、まさに晁蓋どのが言った生辰綱の事。薊州からここまでの道中でも、世の中を見ろと言った師の言葉が身に染みてわかりました。すべてとは言わんが、役人は己の利益と上役の顔色ばかり伺い、民草の事など毛ほども考えてはいない。一体いつからこの国は腐ってしまったのだ、と愁うばかりであった」

 晁蓋も腕を組み、公孫勝の話に首肯する。

「そこで耳に入ったのが来(きた)る六月の生辰綱の話だ。これは安寧を貪る輩にひと泡吹かせられると思い、ここに来た次第。晁蓋どのはいかが考えなさる」

「聞きましたよ。大胆不敵な道士もいたものですね」

 いつの間にか戸口に呉用が立っていた。

 慌てて立ち上がろうとする公孫勝だったが、晁蓋は悠然と笑っている。

「はは、先生もお人が悪い。こちらは一清道人こと公孫勝どのです」

「ほう、あなたが。入雲竜の名は聞き及んでおります。私は呉用という者、以後お見知り置きを」

「おお、あなたが呉用どのか。諸葛孔明もかくやという、智多星(ちたせい)の名は各地で耳にしましたぞ」

「智多星などと大げさな。所詮、浮かぶのは浅知恵ばかり、諸葛亮などに及ぶべくもありません」

「まったく奇縁とはこの事ですな。実はわしらも生辰綱の話をしていたところなのですよ」

 と、晁蓋は一同がいる部屋へ戻り公孫勝を紹介した。

 誰もが公孫勝を見るなりその力を感じ取り、参加を歓迎した。

 阮小七などは、道術が見たいとはしゃぎ、兄に窘(たしな)められていたが。

 七人は乾杯をし、話は再び生辰綱に戻る。

 劉唐が調べたところによると、生辰綱は黄泥岡(こうでいこう)の街道を通る予定だという。それを聞き、思い出したように晁蓋が言った。

「そうだ、黄泥岡から数里行った所に安楽村(あんらくそん)という所がある。白勝(はくしょう)という男がそこにいて、むかし面倒を見てやった事があったな」

「なるほど、その白勝という男にも協力してもらいましょう。北斗七星脇の小星というのは彼かもしれません」

「して先生、我らは腕で取るのか、それとも頭で取るのか、どっちですかい」

 阮小五が尋ねる。

「昨年は腕で奪われたと聞いていますが、我らは頭で取りましょう」

 一同は顔を寄せ、呉用が作戦の概要を語り出した。

 晁蓋が北斗七星の夢を見てから数日、ここに七つの星が集結した。

 晁蓋、呉用、劉唐、阮小二、阮小五、阮小七、公孫勝そして白勝。いずれもひと癖もふた癖もある顔ぶれだ。

 作戦の決行まであとひと月あまり、一同は再開を約束し、杯を干すと散開した。

 

 それぞれがそれぞれの思いを胸に抱き、瞬く間に日は流れた。

 かくして約束の日、安楽村は白勝の家に彼らはいた。

 白勝の妻が、質素ではあるが酒肴を準備してくれた。

 一同は作戦の成功と決意を誓い、天に祈りを捧げた。

 折しも北の夜空には、北斗七星と脇の小さな星が瞬(またた)いていた。

bottom of page