108 outlaws
辺境
二
洞仙侍郎は怒りを爆発させていた。
床には、杯であったものがいくつも粉々になっていた。
「国珍、国宝さまが敗れるとは、なんたる事。国王さまに何と言って詫びればよいのだ」
そして持っていた杯をまた床に叩きつけた。
ううむと唸り、天井を睨む。そこへ楚明玉が来た。
「どうした。これ以上、悪い報告をするなよ」
「い、いえ。潞水に舟が入りこんできているのです」
「何がだ」
潞水とは檀州を取り囲む川の事である。敵の攻撃を防ぐものでもあり、運河としての用を成すものでもあった。
楚明玉によれば、どうやら糧秣船のようで、その数は十数艘だという。
洞仙侍郎はすぐに襲撃を命じた。
城門が開き、吊り橋が下ろされる。一千の兵を連れ、咬児惟康が出陣する。
続いて水門が開き楚明玉、曹明済が舟を奪いに漕ぎ出した。
突如、闇夜の中から雄叫びが轟いた。
三人が警戒を強めた。
狼の遠吠えのように、周囲の至るところから聞こえてくる。それがどんどん大きくなり、人の声だと分かる。一万、いやそれ以上いるのではないか。
「うろたえるな、早く舟を奪うのだ」
楚明玉と曹明済が素早く軍船を走らせ、糧秣船に近づく。撓鈎をかけ、水門まで引いてゆく。
その時、糧秣船から人が飛び出してきた。
「すまんね、わざわざ運んでくれるなんて」
「き、貴様っ」
楚明玉が、周通の刀を防いだ。
「さすがは、守将のひとりだな」
虚をつかれた楚明玉は周通の猛攻に押される。さらに次々と舟から梁山泊兵が湧きだしてくる。
李忠(りちゅう)の棒が曹明済を襲う。曹明済はすっかり狼狽してしまい、ほうほうの体で城内へ引き返してしまった。
残された楚明玉も奮戦したが、隙を見て逃げだした。
「よし、水門を奪え」
李忠が棒を掲げ、号令を発した。守将のいない遼兵たちは逃げるのに精いっぱいだった。
外では雄叫びが衰えることなく響き続けていた。
吼えているのは鮑旭とその手下たちであった。
檀州城を半円に囲むように配置されたその数、実は千人ほどであった。その雄叫びによって、十倍もの兵数に見せかけていたのである。
「俺の山はそんなに人がいなかったから、とりあえず驚かさなくっちゃならなくてな」
寨を構えていた枯樹山の事である。
盧俊義はにやりとして、指揮をとる朱武を横目で見た。
鮑旭が、その手下もだが、このような特技を持っていたとは。そしてそれを引き出した朱武の手腕に感嘆した。
水門のあたりに火が上がった。
朱武が指示を飛ばす。
雄叫びを上げながら鮑旭隊が駆ける。檀州城を押し包むように、喊声が近づいてくる。
城外の咬児惟康はなんとか踏みとどまっていたが、そこへ李逵、楊雄、石秀ら歩兵が突撃してきた。
乱戦となる。
あれほど叫び続けていた鮑旭だが、嬉々として遼兵たちを斬り倒してゆく。返り血に染まり、笑う姿はまさに喪門神だ。
恐れていたほどの兵数ではなかった。だが遼兵は、それにすら気付く余裕もなかった。
これまでと見た咬児惟康は城門を捨て、洞仙侍郎の元へ向かった。
檀州城を陥とした。
洞仙侍郎はすでにどこかへ落ちのびたようだ。
盧俊義は鎮火を急ぎ、住民を安撫させた。
宋朝からの贈り物が発見された。まだ燕京へ運ばれていなかったのだ。
「わしはこれを臨潢府へ届け、開封府へ報告に戻らねばならん」
荷駄の準備を終え、王文斌が出発した。密雲県知県の話によると、反乱は檀州より南との事で、護衛は必要ないとの判断となった。
「戦になるとは不本意でしたが、仕方ありますまい」
長く国境で異民族と戦ってきた関勝は、複雑そうな表情だった。いまはこちらが侵入している立場なのだから当然だ。
檀州陥落の報はすぐに広まるだろう。帰路も遼軍の攻撃があろうことは必定であった。
梁山泊軍は装備を整え、南へ向かった。
檀州から逃げた洞仙侍郎はじめ咬児惟康らは、薊州へと落ちのびていた。
洞仙侍郎が窮状を訴える。
薊州を預かる男が腹立たしげに配下に命じた。
「我が血族を殺した梁山泊に、死をもって報復をする。奴らに国境を跨がせるな」
男は総兵の宝密聖に薊州を任せると、四人の息子を従え自ら先頭に立ち、出陣した。
薊州を預かる男の名は、耶律得重。
燕京にて叛乱を起こした国王の、実弟であった。