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辺境

 洞仙侍郎は怒りを爆発させていた。

 床には、杯であったものがいくつも粉々になっていた。

「国珍、国宝さまが敗れるとは、なんたる事。国王さまに何と言って詫びればよいのだ」

 そして持っていた杯をまた床に叩きつけた。

 ううむと唸り、天井を睨む。そこへ楚明玉が来た。

「どうした。これ以上、悪い報告をするなよ」

「い、いえ。潞水に舟が入りこんできているのです」

「何がだ」

 潞水とは檀州を取り囲む川の事である。敵の攻撃を防ぐものでもあり、運河としての用を成すものでもあった。

 楚明玉によれば、どうやら糧秣船のようで、その数は十数艘だという。

 洞仙侍郎はすぐに襲撃を命じた。

 城門が開き、吊り橋が下ろされる。一千の兵を連れ、咬児惟康が出陣する。

 続いて水門が開き楚明玉、曹明済が舟を奪いに漕ぎ出した。

 突如、闇夜の中から雄叫びが轟いた。

 三人が警戒を強めた。

 狼の遠吠えのように、周囲の至るところから聞こえてくる。それがどんどん大きくなり、人の声だと分かる。一万、いやそれ以上いるのではないか。

「うろたえるな、早く舟を奪うのだ」

 楚明玉と曹明済が素早く軍船を走らせ、糧秣船に近づく。撓鈎をかけ、水門まで引いてゆく。

 その時、糧秣船から人が飛び出してきた。

「すまんね、わざわざ運んでくれるなんて」

「き、貴様っ」

 楚明玉が、周通の刀を防いだ。

「さすがは、守将のひとりだな」

 虚をつかれた楚明玉は周通の猛攻に押される。さらに次々と舟から梁山泊兵が湧きだしてくる。

 李忠(りちゅう)の棒が曹明済を襲う。曹明済はすっかり狼狽してしまい、ほうほうの体で城内へ引き返してしまった。

 残された楚明玉も奮戦したが、隙を見て逃げだした。

「よし、水門を奪え」

 李忠が棒を掲げ、号令を発した。守将のいない遼兵たちは逃げるのに精いっぱいだった。

 外では雄叫びが衰えることなく響き続けていた。

 吼えているのは鮑旭とその手下たちであった。

 檀州城を半円に囲むように配置されたその数、実は千人ほどであった。その雄叫びによって、十倍もの兵数に見せかけていたのである。

「俺の山はそんなに人がいなかったから、とりあえず驚かさなくっちゃならなくてな」

 寨を構えていた枯樹山の事である。

 盧俊義はにやりとして、指揮をとる朱武を横目で見た。

 鮑旭が、その手下もだが、このような特技を持っていたとは。そしてそれを引き出した朱武の手腕に感嘆した。

 水門のあたりに火が上がった。

 朱武が指示を飛ばす。

 雄叫びを上げながら鮑旭隊が駆ける。檀州城を押し包むように、喊声が近づいてくる。

 城外の咬児惟康はなんとか踏みとどまっていたが、そこへ李逵、楊雄、石秀ら歩兵が突撃してきた。

 乱戦となる。

 あれほど叫び続けていた鮑旭だが、嬉々として遼兵たちを斬り倒してゆく。返り血に染まり、笑う姿はまさに喪門神だ。

 恐れていたほどの兵数ではなかった。だが遼兵は、それにすら気付く余裕もなかった。

 これまでと見た咬児惟康は城門を捨て、洞仙侍郎の元へ向かった。

 檀州城を陥とした。

 洞仙侍郎はすでにどこかへ落ちのびたようだ。

 盧俊義は鎮火を急ぎ、住民を安撫させた。

 宋朝からの贈り物が発見された。まだ燕京へ運ばれていなかったのだ。

「わしはこれを臨潢府へ届け、開封府へ報告に戻らねばならん」

 荷駄の準備を終え、王文斌が出発した。密雲県知県の話によると、反乱は檀州より南との事で、護衛は必要ないとの判断となった。

「戦になるとは不本意でしたが、仕方ありますまい」

 長く国境で異民族と戦ってきた関勝は、複雑そうな表情だった。いまはこちらが侵入している立場なのだから当然だ。

 檀州陥落の報はすぐに広まるだろう。帰路も遼軍の攻撃があろうことは必定であった。

 梁山泊軍は装備を整え、南へ向かった。

 檀州から逃げた洞仙侍郎はじめ咬児惟康らは、薊州へと落ちのびていた。

 洞仙侍郎が窮状を訴える。

 薊州を預かる男が腹立たしげに配下に命じた。

「我が血族を殺した梁山泊に、死をもって報復をする。奴らに国境を跨がせるな」

 男は総兵の宝密聖に薊州を任せると、四人の息子を従え自ら先頭に立ち、出陣した。

 薊州を預かる男の名は、耶律得重。

 燕京にて叛乱を起こした国王の、実弟であった。

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