top of page

辺境

 長蛇の陣を組み、梁山泊軍が進んでいた。

 地図があり、段景住の案内があるとはいえ、用心に越したことはない。

 薊州にほど近い玉田県。

 斥候が駆け戻った。遼の軍勢が陣を敷いて待ち構えている、と。

 馬上で嘆息する盧俊義。

「やはり、避けられぬのか」

「なあに、おいらたちの強さを見せつけてやりましょうぜ」

 李逵が鼻息も荒く、両手の斧を振りまわす。朱武もこくりと首肯する。

 即席で雲梯を組み、朱武が敵陣を遠望した。

 なるほど、五虎靠山の陣か。ならば。

 朱武が旗を振り、梁山泊軍を動かした。

「鯤化為鵬の陣です」

 雲梯上に来た盧俊義に説明する。

 鯤とは北海にいる小魚で、成長すると大鵬になり九万里も飛ぶ。

 朱武が敷いたこの陣は、見た目は小さな陣だが、攻撃を受けるとたちまちに変じて大陣となるのである。

 敵の軍鼓が鳴り響く。

 門旗が左右に割れ、敵将が進み出た。耶律得重の左右に四人の息子が従っている。

 上から耶律宗雲、宗電、宗雷、宗霖である。四人のひとりが大声で叫ぶ。

「我らが領土を侵し、我らが同朋を殺め、のこのこと通れると思っておるのか」

 盧俊義が言う前に、関勝が馬を進めた。青竜偃月刀をくるりと一閃させ、脇に挟む。

 宗雲たち兄弟が呼応したように一斉に飛び出した。

 だが梁山泊軍も、すぐに盧俊義、徐寧、董平が馬を飛ばす。期せずして騎兵、四対四の勝負となった。

 耶律得重は息子たちの戦いを静かに見守る。

「あいつは」

 と言う兵がいた。

 あの緑衣の男が礫を使う奴です、と張清を指さし、耶律得重に告げた。

 耶律得重自ら動こうとするところ、副総兵の天山勇が進み出た。

「閣下が出向くまでもございません。私が仕留めてご覧にいれましょう」

「うむ任せたぞ。お主の矢に狙われて、生き延びた者はおらぬからな」

 天山勇が得意とするのは弩。黒塗りの弩で、長さ一尺あまりの一天油という矢羽を使う。

 天山勇は配下二騎に前を走らせ、梁山泊の陣に向かった。

 張清が気付き、陣頭に出る。左に槍を手挟み、右手を袋に入れた。そして素早く礫を放つ。

 一度に礫が二つ飛んだ。天山勇の配下が同時に血を吹き、落馬した。

 だが左右に割れた二騎の間で、天山勇がすでに弩を構えていた。

 次の礫を急いで放ったが、わずかに狙いが逸れた。

 にやりと天山勇が笑った。

 次の瞬間、弩の引き金が引かれた。

 一天油が真っ直ぐに、張清に向かって飛んだ。

 梁山泊軍の悲鳴で、何が起きたのか関勝たちが気付いた。

 張清の首に、矢が突き刺さっていた。落馬しそうな張清を、楊雄と石秀が抱きとめた。

「張清、張清」

 石秀が叫ぶが、張清は朦朧としており、首からは血がとめどなく噴き出してくる。

 勝機と見た耶律得重が全軍を前に出した。

 関勝、徐寧は宗雲たちとの戦いから離脱し、張清を守りに回った。

 朱武は、陣を大鵬と化そうとした。だが敵陣の動きが、これまで知るものと違うものに感じた。

 五虎靠山では、ないのか。

 判じかねた刹那を突かれた。

 遼軍の伏兵が、大鵬の翼を引き裂いた。

「朱武、退け」

 盧俊義の声が聞こえた。退却の鉦が鳴らされる。

 空を飛べず、大鵬が虎に食われた。

 李逵、鮑旭が血路を開き、梁山泊軍は逃れ得た。

 張清の元へ、戴宗が駆けつける。

「おい、張清は」

「早く手当てしなければ。しかし」

 医者に見せなくてはならない。一番近いのは薊州だが。

 楊雄は歯嚙みをした。

 どうする。どうすれば良い。

 石秀が襲ってくる遼兵を防いでいるが、いつまで持ちこたえられるだろうか。

 遼兵が一人、すぐ側にいた。

 万事休すだ。楊雄が張清を庇うようにした。

「おい、旦那」

「お、お前は。一体どうして」

 その遼兵の顔を見た楊雄は、喘ぐように言った。

 戴宗も目を大きくした。石秀がその男に刀を突きつける。

「貴様。まさか、こんな所で会うとはな」

「ついて来な。そいつを助けたいんだろ。四の五の言わずについて来い。来るのか、来ないのか」

 楊雄は決断した。張清を死なせる訳にはいかない。

「ようし、黙って俺の言う通りにしろよ」

「分かった。分かったから、早くしてくれ」

 それで良い。

 その男、踢殺羊の張保が満足そうな顔をした。

bottom of page