108 outlaws
辺境
三
長蛇の陣を組み、梁山泊軍が進んでいた。
地図があり、段景住の案内があるとはいえ、用心に越したことはない。
薊州にほど近い玉田県。
斥候が駆け戻った。遼の軍勢が陣を敷いて待ち構えている、と。
馬上で嘆息する盧俊義。
「やはり、避けられぬのか」
「なあに、おいらたちの強さを見せつけてやりましょうぜ」
李逵が鼻息も荒く、両手の斧を振りまわす。朱武もこくりと首肯する。
即席で雲梯を組み、朱武が敵陣を遠望した。
なるほど、五虎靠山の陣か。ならば。
朱武が旗を振り、梁山泊軍を動かした。
「鯤化為鵬の陣です」
雲梯上に来た盧俊義に説明する。
鯤とは北海にいる小魚で、成長すると大鵬になり九万里も飛ぶ。
朱武が敷いたこの陣は、見た目は小さな陣だが、攻撃を受けるとたちまちに変じて大陣となるのである。
敵の軍鼓が鳴り響く。
門旗が左右に割れ、敵将が進み出た。耶律得重の左右に四人の息子が従っている。
上から耶律宗雲、宗電、宗雷、宗霖である。四人のひとりが大声で叫ぶ。
「我らが領土を侵し、我らが同朋を殺め、のこのこと通れると思っておるのか」
盧俊義が言う前に、関勝が馬を進めた。青竜偃月刀をくるりと一閃させ、脇に挟む。
宗雲たち兄弟が呼応したように一斉に飛び出した。
だが梁山泊軍も、すぐに盧俊義、徐寧、董平が馬を飛ばす。期せずして騎兵、四対四の勝負となった。
耶律得重は息子たちの戦いを静かに見守る。
「あいつは」
と言う兵がいた。
あの緑衣の男が礫を使う奴です、と張清を指さし、耶律得重に告げた。
耶律得重自ら動こうとするところ、副総兵の天山勇が進み出た。
「閣下が出向くまでもございません。私が仕留めてご覧にいれましょう」
「うむ任せたぞ。お主の矢に狙われて、生き延びた者はおらぬからな」
天山勇が得意とするのは弩。黒塗りの弩で、長さ一尺あまりの一天油という矢羽を使う。
天山勇は配下二騎に前を走らせ、梁山泊の陣に向かった。
張清が気付き、陣頭に出る。左に槍を手挟み、右手を袋に入れた。そして素早く礫を放つ。
一度に礫が二つ飛んだ。天山勇の配下が同時に血を吹き、落馬した。
だが左右に割れた二騎の間で、天山勇がすでに弩を構えていた。
次の礫を急いで放ったが、わずかに狙いが逸れた。
にやりと天山勇が笑った。
次の瞬間、弩の引き金が引かれた。
一天油が真っ直ぐに、張清に向かって飛んだ。
梁山泊軍の悲鳴で、何が起きたのか関勝たちが気付いた。
張清の首に、矢が突き刺さっていた。落馬しそうな張清を、楊雄と石秀が抱きとめた。
「張清、張清」
石秀が叫ぶが、張清は朦朧としており、首からは血がとめどなく噴き出してくる。
勝機と見た耶律得重が全軍を前に出した。
関勝、徐寧は宗雲たちとの戦いから離脱し、張清を守りに回った。
朱武は、陣を大鵬と化そうとした。だが敵陣の動きが、これまで知るものと違うものに感じた。
五虎靠山では、ないのか。
判じかねた刹那を突かれた。
遼軍の伏兵が、大鵬の翼を引き裂いた。
「朱武、退け」
盧俊義の声が聞こえた。退却の鉦が鳴らされる。
空を飛べず、大鵬が虎に食われた。
李逵、鮑旭が血路を開き、梁山泊軍は逃れ得た。
張清の元へ、戴宗が駆けつける。
「おい、張清は」
「早く手当てしなければ。しかし」
医者に見せなくてはならない。一番近いのは薊州だが。
楊雄は歯嚙みをした。
どうする。どうすれば良い。
石秀が襲ってくる遼兵を防いでいるが、いつまで持ちこたえられるだろうか。
遼兵が一人、すぐ側にいた。
万事休すだ。楊雄が張清を庇うようにした。
「おい、旦那」
「お、お前は。一体どうして」
その遼兵の顔を見た楊雄は、喘ぐように言った。
戴宗も目を大きくした。石秀がその男に刀を突きつける。
「貴様。まさか、こんな所で会うとはな」
「ついて来な。そいつを助けたいんだろ。四の五の言わずについて来い。来るのか、来ないのか」
楊雄は決断した。張清を死なせる訳にはいかない。
「ようし、黙って俺の言う通りにしろよ」
「分かった。分かったから、早くしてくれ」
それで良い。
その男、踢殺羊の張保が満足そうな顔をした。