108 outlaws
苦境
三
よろよろと、呼延灼が歩いていた。
踢雪烏騅には乗らず、手綱を引いていた。
馬鹿な。
何度、自問しただろうか。
連環馬が、敗れた。負ける事はない、そう自負していた連環馬が、敗れたのだ。
確かに禁軍金鎗班の徐寧の姿があった。徐寧が手にしていた鎌のついた槍に敗れた。
なぜ、徐寧が。
呼延灼はその事を考えようとしたが、やめた。すでに戦は終わった。それを追求しても仕方ないからだ。
驚くべきなのは、梁山泊が連環馬に対する備えをしていたという事だ。
梁山泊は侮れぬと思っていたが、やはり心の隅では山賊風情と思っていたのだろう。敗因があるとすれば、その点だった。
木枯らしが肌を刺すように吹いていた。
雪の道を歩き続ける。白い息さえも鬱陶しいと思った。
どれくらい歩いただろうか。日はすでに山並みの陰に隠れようとし、風が冷たさを増してきた。
踢雪烏騅が鼻を鳴らした。呼延灼を引っ張るように歩いてゆく。しばらく行くと、小さな店が見えた。
「お前」
呼延灼は礼をするように踢雪烏騅の首を撫でた。
戦のため、路銀を持っていない呼延灼は自らの金帯(きんたい)を解き、それを代わりに差しだした。それで羊の肉と酒、そして踢雪烏騅の秣を頼んだ。
椅子に腰を下ろし、具足を外しながら思う。
負けた。しかし韓滔、彭玘、凌振も失い、このままおめおめと開封府(かいほうふ)へと帰る事などできない。
場所を聞くと、青州へと向かう道であるという。青州の知府、慕容彦達とはかつて顔を合わせた事がある。彼を頼って、何とか再起を図ろうか。
そう決めると、呼延灼は羊の脚にかぶりついた。
「名のある将軍さまとお見受けいたしますが」
餅を焼いてきた給仕が、呼延灼におそるおそる訊ねた。
将軍、か。
「名のあるかどうかは知らぬが。どうかしたのか」
呼延灼は自嘲気味にそう言った。
「いえね、ここらには山賊がよく出やがるんで、一応お耳に入れておこうと思いまして。将軍さまだったら問題はないと思いますが、お気をつけてください」
桃花山というらしい。打虎将の李忠と小覇王の周通という二人の頭領が総べているのだという。その数は六、七百ほど。なかなかの軍勢だ。
「そんな山賊など返り討ちにしてくれる。お主たちもわしが守ってやろう。今日は世話になったな。お主も一緒に飲もう」
「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えるとします」
やはり疲れていたのだろう。呼延灼はいつもよりも早く床についた。
真夜中ごろ、呼延灼は目を覚ました。店主が慌ただしくしていたのだ。
「どうした。何を騒いでおる」
「は、これは将軍さま。将軍さまの馬が、いないのです。おそらく桃花山の仕業かと」
「何だと」
「向こうに松明が動いております。あの方向は、桃花山に間違いありません」
「くそ」
呼延灼は鉄鞭だけを手にとり、駆けだした。
だが闇の中で足元も見えず、松明はどんどん遠ざかるばかりだ。そしてついには見失ってしまった。
「くそ、踢雪烏騅を」
呼延灼らしくもなく、怒りにまかせ近くの木を鉄鞭で打った。
梟(ふくろう)がたじろぎもせずに、呼延灼を見つめていた。
「やっと戻って来たか、周通」
李忠が両手を広げ、迎えてくれた。少し痩せたように見えるのは気のせいだろうか。
「すまない、兄貴。予定より少し遅れてしまって。お詫びといってはなんだが」
そう言って周通は手下に合図をした。手下が連れてきたのは黒毛の駿馬だった。全身夜のように真っ黒だが、足元だけが白かった。ひと目見ただけで良馬だと知れた。
踢雪烏騅は何度か抗おうとしたが、手下たちにしっかりと抑えつけており、しばらくするとおとなしくなった。
なるほど頭も良いようだ。暴れても無駄な力を使うだけだと悟ったようだ。
「この馬を、どこで」
「少し下った所に居酒屋があるだろ。そこの馬小屋にいたんだ」
「ほう。しかし誰の馬なのだろうか」
「まあ、誰のでもいいじゃないか」
そして周通の帰還を祝す宴が開かれた。
周通は北の金にまで赴いたこと、そして馬泥棒の段景住の話を目を輝かせて語った。
「なるほど、そんな男がいたのか。それでお前も馬泥棒をしたって訳か」
「そいつはたまたまだ、兄貴」
桃花山に笑い声がこだまする。
李忠は目を細め、酒をすする。
周通もここへきて、自分から率先して何かをしようという感じを見せている。馬の手配を自ら買って出たのも、そのひとつだ。
二竜山の楊志や魯智深、武松らに感化されたのだろうか。
小覇王か。
わしも負けてはおれんな。
周通が少しずつでも大きくなるのを、李忠は心の底から嬉しいと思った。
宴が続き三日目の朝、李忠が頭を擦りながら起きてきた。久しぶりに酒を飲み過ぎたようだ。周通はまだ寝ているようだ。無理もない、北の長旅からやっと帰って来たのだ。
李忠は、まさに凍るような冷たさの水で顔を洗い、目をしゃっきりとさせた。そこへ手下のひとりが飛び込んできた。どうやらただ事ではないようだ。
「何があった」
「青州の軍勢が攻め寄せてきました」
李忠は報告を聞くとすぐ手下たちに招集をかけた。そして周通を叩き起こし、冷たい水を顔に浴びせた。
「ど、どうしたんだい兄貴。いったい何が」
「来たぞ。青州軍だ。すぐに戦の準備を」
李忠の顔は上気し、まるで夏であるかのように汗ばんでいた。
呼延灼といえば、祖先の呼延賛にも劣らない名将だと、慕容彦達の耳にも届いていた。
その呼延灼が梁山泊軍に敗れ、青州にまで落ちのびてきた。
呼延灼をもってしても勝てぬほど、梁山泊の力は強大なのか。確かに、この青州を守っていた名だたる軍人がこぞって入山したのだ。
おかげで青州軍の力はがた落ちし、二竜山や桃花山などといった山賊どもに大きな顔をさせてしまっている。
そうだ、これは良いところに現れたものだ。
「そなたが呼延灼か。そなたの武勇は、この青州にも届いている。都に戻れるように、私が口を聞いてやっても良いのだが」
そう言って慕容彦達は、意味ありげな顔で口ごもってしまう。呼延灼も、あまり良い予感はしなかったが、このままではどうする事もできない。
「わしは、何をすれば良いのです」
呼延灼の問いに、慕容彦達は得たりと笑みを浮かべた。
「この青州は、いま山賊どもが蔓延っており、良民たちが苦しめられている。そこでどうだろう。兵を貸すので山賊どもを打ち果たしてはくれまいか。そうすれば、私としても口添えをしやすくなる」
背に腹は代えられぬ。呼延灼は、慕容彦達の提案を呑むことにした。
青州の精兵二千を率い、呼延灼は桃花山を取り囲むように布陣した。
「まずは先鋒三百、わしについて来い。奴らの力を見極める」
桃花山を攻める、というのは呼延灼にとっても都合が良かった。なにせ帝から下賜(かし)された踢雪烏騅を、この桃花山の山賊どもに奪われているのだ。
奪い返すついでに掃討してくれる。鞭を持つ手に、思わず力が入った。
副将に任命した兵が叫んだ。桃花山の軍勢が山を下って来た。
その数、百ほどか。数では勝っているが、油断してはならない。精強で知られた青州軍とはいえ、呼延灼は初めて率いるのだ。
しかもここは敵地、何が起きてもおかしくはない。あの梁山泊との戦と同じように。
呼延灼は少しだけ苦い顔をしたが、すぐに口を引き締めた。
桃花山軍の先頭に二騎がいた。ひとりは棒、若いもう一人は槍を持っていた。
「あいつらが頭領の李忠と周通です」
副将がそう告げた。
「続け」
呼延灼は馬腹を蹴り、山を駆け上がった。一瞬にして桃花山軍との距離が詰まる。
第一の頭領、李忠が棒を振り上げた。呼延灼はそれを鉄鞭で、下から迎え討つ。
激しい音が響いた。
李忠は棒を弾かれたが慌てず、そのまま頭上で回転させると再び打ち込んできた。
呼延灼はすんでのところで頭を下げ、それをかわした。李忠は駆け抜けざま、呼延灼を見たがそれ以上攻撃しては来なかった。
目の前に周通が迫る。周通が巧みに馬を操りながら、槍を繰り出してきた。
なるほどただの山賊という訳ではないようだ。
だが呼延灼は腿でしっかりと馬を挟み、双鞭で槍をすべて叩き落した。
「怯むな」
李忠が手下たちを叱咤する。それに応えるように、桃花山の兵たちが青州軍に襲いかかってゆく。
呼延灼は鞭でそれらを薙ぎ倒してゆく。しかし青州兵たちは押され始めていた。
数では三倍ほど勝っている。しかし駆けおりてくる勢いと、慣れた地を利用しての攻撃がその差を埋めていた。
そして、呼延灼は気付いた。
馬だ。馬の質が違う。
山賊ごときがどうしてと思うほど、桃花山軍の馬が見事な動きを見せるのだ。梁山泊討伐に率いた騎馬隊のものと遜色ないとも言える駿馬に思えた。
「怯むな。お前たちはこの青州を守る精兵だ。存分に戦え、わしがついている」
呼延灼も青州兵を叱咤した。さすがというべきか、そのひと言で青州兵の動きも変わった。次第に桃花山軍を追い詰めてゆく。
呼延灼の前に再び李忠が現れた。馬を駆けさせず、ゆっくりと探るように呼延灼の周りを歩かせる。李忠の手の中で棒がゆらゆらと動いていた。
「青州の将ではないな、お主」
「わしは呼延灼。故あって慕容知府どのに力を貸している。まずは奪った馬を返してもらおうか」
「もしや、あれはお主の馬か」
李忠は目を大きくした。そして駆けた。
「あいにくわしらは山賊でな。奪ったものは、もう我らのものだ。返す訳にはいかん」
「ならば奪い返してやろう」
再び棒と鉄鞭が激突した。
李忠の棒が何度も呼延灼を攻め立てるが、決定的な一撃にはならない。呼延灼は鉄鞭で棒を受けては、それに乗じ李忠を攻め立てる。
武芸の腕は悪くないようだ。だがどこか、見せる事を前提とした動きが垣間見られた。
武芸を見せものとして客を寄せ、物を売る大道芸人のような者がいるという。おおかたこの李忠もそうだったのだろう。
「兄貴」
抗せずと見た周通がその戦いに加わった。しかし呼延灼は双鞭を振るい、臆することなく李忠と周通の二人を相手どった。
李忠の額に大粒の汗が浮かぶ。
周通の槍を握る手が痺れてきた。
もうひと押しで、桃花山を討てる。
だが麓の方が、突如騒がしくなった。副将が駆けてきた。
「呼延灼どの、麓の自陣が襲われております」
呼延灼は、李忠と周通から離れ、馬首を返した。身体を反らすようにして馬の勢いを殺しながら斜面を下る。
桃花山の別動隊が襲ってきたのか。副将は、違うと答えた。
自陣が見えた。呼延灼はそこを襲っている面妖な男たちを見た。彼らに青州軍が蹴散らされてゆく。
呼延灼は聞いた。暴れているのは二竜山を率いる頭領たちであると。
肥えた体でひげ面の僧と、二刀を閃かせる怜悧そうな行者。
そして顔に大きな青痣のある男だった。
呼延灼は思わず目を見張った。
桃花山が官軍の急襲を受けた。
しかし曹正の報告によると、どうも様子が違うようだ。
「といっても青州軍である事は間違いねぇ。ただ軍を率いているのが、いつもと違う野郎だ」
青州軍の正将が変わったという情報はない。ともあれ万全を期すに越したことはない。桃花山そして白虎山(びゃっこざん)とは互いに盟約を結んでいるのだ、急がねばならない。
「曹正、山寨を頼む。張青と孫二娘、施恩にも念のため引き揚げておくように伝えてくれ」
「わかった。気を付けてください」
楊志は自ら出陣する事にした。共に出陣するのは魯智深と武松だ。
「骨のある奴だと良いのだがな」
魯智深が腕を回しながら笑っていた。武松は曹正の方をちらりと見て、そのまま出て行った。
二竜山で、いやこの青州でおそらく最強であろう三人だ。
まさかという事はあるまい。が、それでも曹正は今回、青州軍を率いているという男が気になるのであった。
一刻もかからずに桃花山へと着いた。
率いる軍勢は五百、楊志らに鍛えられた精兵である。一方の青州軍は二千ほどだろうか。麓に陣取っているが、山中にも動きが見える。すでに戦は始まっているようだ。
「我らはあの陣を打ち払う。魯智深、武松はそれぞれ二百を率いてくれ。残りは俺に続け。ゆくぞ」
楊志が刀を上げ、鬨の声を上げた。丘の上から雪崩のように二竜山軍が襲いかかる。魯智深と武松の隊が先行し、突っ込む。
「どけどけどけい」
魯智深の吠え声と共に禅杖が舞う。その度に敵兵が弾け飛んでゆく。
武松は口を固く結び、二本の戒刀を閃かせる。その刀は、血を求め夜中に口笛のような音で鳴くという妖刀だった。武松が振るう度、存分に血を吸っているようだ。
二竜山の急襲に対応しきれないでいた青州軍が、二人の攻撃で乱れた。そこへやや遅れて駆けてきた楊志の隊が、さらに楔を打ち込むように突っ込んだ。
青州軍に入った罅(ひび)は、すぐに陣の向こう側まで突き抜け、完全に割れた。左右に割れた敵を、魯智深と武松が抑え込む。
青州軍の陣を駆け抜けた楊志は、桃花山を仰ぎ見た。
山寨を攻めていた青州軍が戻ってきた。先頭を掛ける男を見て、楊志はぞくりと背筋が痺れるのを感じた。
強い。兵を率いる将としてだけでなく、ひとりの武人としても相当な技量である事が、楊志には分かった。
気付けば、その将に向かって駆けていた。この男を倒せば、あとはいつもの青州軍に戻る。その将が近づいてくる。その強さも、肌がひりつくほどに感じる。
楊志はかつて梁山泊で戦った林冲や、北京大名府で戦った索超を思い出していた。
この目の前の男は、彼らほどに強い。しかし倒さねばならない。だが、できるのか。
「はっ」
楊志は考えるのをやめ、手にした刀に意識を集中させた。
将と馳せ違った。
相手の武器である鉄鞭と、楊志の刀が火花を散らす。
すぐに二騎は向きなおり、互いの馬を止めた。睨みあう二人。
「お前も山賊なのか。後ろにいる坊主と行者もそうだが、お前はさらに飛び抜けているな。なかなかの一撃だったぞ」
「青州軍の兵ではないな。何者だ」
「山賊に名乗る名など持たぬが、強い男は嫌いではない。わしは呼延灼、この名を冥土の土産にするがよい」
呼延灼はそう言うと鉄鞭を振るい、打ちかかってきた。
楊志は上体だけでそれをかわすと、渾身の力を込め、突きを放った。
呼延灼は二本の鉄鞭を交差させ、挟み込むようにして楊志の刀を受け止めた。だが刀は止まらない。しかし呼延灼は鉄鞭をほんのわずかだけ沈みこませるとその反動を使い、楊志の刀を押し上げるようにして弾き飛ばした。
折れた刃が地面に突き刺さった。
あの時の、宝珠寺の夜襲で畢勝に折られた刀を思い出した。だが楊志は目を離すと、すぐに了事環から槍をとった。
双鞭の呼延灼。開封府で任に就いていた時に何度も聞いた名前だった。宋建国の功臣、呼延賛の子孫だという。
なるほど、この男が呼延灼か。ならば俺は令公楊業の子孫だ。
楊志の血が滾った。
おお、と猛りながら楊志の槍が舞う。一度に十ほども放たれたのではないかというほどの速さだった。
懸命に鞭で捌く呼延灼だったが、その肩が、腕が、腿が赤く染まってゆく。
この男、何者だ。やはりただの山賊ではない。だが負けるわけにはいかん。
気合一閃。呼延灼はその鞭で馬の尻を叩き、槍の嵐の中へと猛然と突っ込んだ。すかさず楊志が槍を短く持ちかえようとしたが、数瞬遅かった。
唸りを上げ風を捲きこみ、鉄鞭が振り下ろされた。
血飛沫が、呼延灼の顔に飛んだ。
楊志が左肩の辺りを押さえている。指の間から血が流れていた。
「浅かったか」
楊志は急いで馬を下げた。
危なかった。もう少しで、肩から胸まで抉られていたところだ。
左手の槍は落としていない。傷はじんじんとするが、まだ腕は動く。
楊志はゆっくりと長く息を吐いた。槍を腰のあたりで構え、呼延灼を睨む。
前に出ようとした呼延灼が、馬を止めた。
いま行けばやられる。優位に立っていたはずの呼延灼は、楊志を見てそう直感した。
こんな男がいたのか。呼延灼は改めてそう思った。
「おう無事か、楊志。こ奴なかなか腕が立つのぉ」
「後は俺たちに任せてくれ」
楊志の左右に、あの坊主と行者が駆けつけてきた。
やはりこの二人も、青痣の男に負けず劣らず強い。腕力では坊主が勝るだろう。そして行者の方からは鋭い刃物のような感じがした。
三人相手では、さすがに勝てぬ。どうする。
不意に、陣が騒がしくなった。桃花山の軍勢が山を下り、加勢に駆けつけたようだ。
振り返った呼延灼は、そのまま麓へと駆けた。
「おい、待て。わしと勝負しろ」
背後から坊主の声が聞こえたが、構わず駆けた。追ってはこないようだ。
副将と合流し、山賊たちを迎え討つ構えを示した。だが山賊たちは青州軍を乱すだけ乱して散って行った。
先ほどの三人の姿もすでになかった。
副将が兵たちをまとめている。被害は少なくなかった。
桃花山を陥とし、踢雪烏騅を取り返すなどと良く言えたものだ。
呼延灼は自嘲気味に笑った。
「危ないところでした。二竜山の連中まで出てくるとは」
「あの三人は、二竜山の山賊なのか」
はい、と副将が返した。
青痣の男は楊志。武挙にも通り、かつて開封府で殿司制使を務めていたほどの男だという。
坊主の名は魯智深。六十二斤もある鉄の禅杖を振りまわす怪力の持ち主で、調べによると渭州で堤轄をしていたという。
そして行者は武松。
「景陽岡の人喰い虎を拳で仕留めたというのが、あいつだというのか」
副将は神妙な顔で首肯した。
景陽岡の話は噂に聞いていた。しかしどこか信じられぬところもあったのだ。
目の当たりにした武松を思い出す。なるほどあの男ならば、それも嘘ではないだろうと思われた。
兵たちを引き連れ、青州へと戻る。
馬に揺られ、楊志の事が浮かんだ。そして魯智深、武松の姿も浮かんでくる。
軍を率いる将たる身としては、考えてはならない事なのだろう。己の願望よりも戦を勝利に導くのが、将たる者の役目である。
またあの男たちと、刃を交えたい。
全力を尽くし、戦いたい。呼延灼は強く、そう思った。
韓滔もそうだった。あいつも誰よりも戦う事が好きだった。それも強い相手とだ。
だが、その韓滔も失った。彭玘も、開封府から連れ出した凌振も失ってしまった。
すべての責は己にある。
呼延灼は頭に浮かんだ思いを恥じ、天を仰いだ。