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破戒

「へぇ、さすが兄貴ですね。まさにこの世に降りてきた羅漢ですな」

 過街老鼠(かがいろうそ)の張三(ちょうさん)が言う。目の大きな男だった。

「まったくだ。知っていればあんな事はしなかったのに」

 青草蛇(せいそうだ)の李四(りし)が頭をかく。細長い舌をぺろりと出した。

「それぐらいにしておけ。自慢話をしている訳ではないのだ」

 魯智深が手にした杯を空ける。

「わかりました。ならば俺らの自慢は、魯智深どのに会えたって事で」

「まったく、口の減らない男だ」

 どっ、と笑い声が上がる。

 三人の周りでは三十人ほどの男たちが、同じように酒を飲んでいる。

 どれも、ならず者、といった言葉がぴったりするような顔立ちだった。

 

 史進と別れた魯智深は、無事に目的地である東京開封府は大相国寺へとたどり着いた。そこで智真長老の弟弟子にあたる智清禅師と会い、役職を与えられた。

 寺から離れた、酸棗門(さんそうもん)の外にある菜園の管理という仕事だった。下の役職から勤め上げ、徐々に高位に上がるのだ、と説き伏せられたが、体(てい)の良い厄介払いだった。

 魯智深は気にすることもなく、菜園へと向かった。

 菜園はこれまで老僧が管理していたため、常にならず者たちが出入りしていた。野菜を盗んで金にしていたのである。

 張三と李四は、そのならず者たちの頭(かしら)だった。

 新しい管理人が来ると聞き、早速痛めつけてやろうと考えたが、魯智深に敵うはずもない。あっけなく返り討ちにされてしまい、魯智深を親分、兄貴と慕うようになってしまったのだ。

 そうして春の陽気の中、菜園の傍(かたわ)らで、一同は魯智深の武勇譚を聞いていたのである。

 張三が東京の出来事を面白おかしく話し、李四が合の手を入れる。

 酒もすすみ、魯智深も上機嫌だ。

「しかし、みな大層な渾名(あだな)を持っているものだ。生鉄仏に飛天夜叉、小覇王などという者もいたな。お前らでさえ、過街老鼠に青草蛇か」

「へへ、まったく名前負けで、申し訳ありません。では兄貴は何と呼ばれているので」

「わしか。わしは渾名などいらんよ」

「何をおっしゃいます。好漢に渾名は付き物、俺が考えましょう」

「おい李四、お前の頭で思いつくのかよ」

 張三の言葉に、笑い声が上がる。

 その時、ふいに門外で烏(からす)が鳴いた。

 すると一同がぶつぶつと何かを唱え始めた。何だ、と聞くと、厄払いの呪(まじな)いだという。烏が鳴くと悶着が起きる、と信じられているのだ。

 門を出ると脇に大きな柳が生えていた。大人の男の胴ほどの太さはあろう柳の上の枝に、確かに烏の巣があった。

 張三が梯子を取りに行かせようとしたが、待て、と魯智深が進みでた。

 酔って上機嫌の魯智深は上着を脱ぎ捨てる。赤く染まった肌に牡丹が咲き乱れている。

 両手でさかしまに抱きつくと腰を落とし、力を入れる。肩や腕の筋肉が盛り上がり、柳が悲鳴を上げ、地面から引き抜かれた。魯智深が柳を放り投げ、地響きが起きる。

 李四が叫んだ。

「さすがは花和尚(かおしょう)」

 花和尚、刺青(いれずみ)和尚か。

 金剛、羅漢などの大層な渾名などより、よっぽど自分らしいではないか。

 魯智深はあご髭をさすりながら、満更でもない様子でにやりと笑った。

 

 

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