
108 outlaws
急襲
一
王慶がもろ肌脱ぎになっていた。ほんのり汗をかき、肌が紅潮していた。呼吸は浅く、早めだ。
その王慶を、五人の男が囲んでいた。どれも凶悪そうな顔つきで、武器を手にしている。かたや王慶は素手だ。
一人が雄叫びを上げ、突進した。刀が王慶を襲う。焦ることなく王慶が半身になり、それをかわした。空振りした男がよろけ、無防備な体を晒す。王慶は、男の鳩尾へ重い一撃を放った。嗚咽と吐瀉物(をまき散らし、男が床を転がった。
間髪置かず他の男たちが襲いかかった。四人同時だ。
ひゅっ、と息を吐き、王慶がその中の一人に向かって駆けた。
その男は刀を振り下ろす暇もなく鼻柱を砕かれた。王慶は、前かがみになった男の背後に回った。そして首に太い腕を回し、三人の攻撃の楯とした。
しかし、三人はそれを意に介することなく、楯となった男に刀を振り下ろした。楯にした男が斬られた隙に、王慶は三人に近づき、瞬く間にそれを打ち倒してしまった。
すう、と息を吐き、王慶が構えを解いた。
「片付けろ」
部下に命じ、酒を手にした。
「好きだね、あんたも」
段三娘が呆れたように部屋に入ってきた。
「奴らはそもそも死ぬはずだったんだ。慈悲深いと言って欲しいな。それに、刀も研がなきゃすぐに錆びついちまうというだろ」
そう言って拳を握ってみせる。
王慶と戦っていたのは、占領した地で捕らわれていた重罪人たちであった。彼らに自由を与え、配下とした。そして定期的に彼らと戦い、自分を鍛えていたという訳だ。
「それで、あんた。宛州はどうするのさ」
段三娘も酒を飲みながら、横に腰かけた。
ふいに部屋の外が騒がしくなった。王慶と段三娘は気にすることなく、酒を飲んでいたが、扉を蹴破らんばかりの勢いで男たちが飛び込んできた。
王慶が目だけをそちらに向ける。見るからに凶暴そうな男が四人である。
「騒がしいな。呼んだ覚えはないぞ、縻甠」
「騒ぎたくもなるぜ、王慶さんよお。いつ暴れさせてくれるんだ」
縻甠と呼ばれた男が吠えるように言った。爛々と光らせた目で、王慶に噛みつかんばかりに詰め寄る。顔中が傷だらけで、剥き出しの上半身も同じようだった。その容貌から千瘡百孔と呼ばれているという。
「そんなに暴れたいか。ふむ、お前は後まで取っておきたかったのだが、仕方あるまい」
「お、もしかして」
「良(い)いだろう。今、俺の領地を梁山泊の連中が荒らしている。先ごろ宛州が陥とされたばかりだ」
「あの劉敏って野郎がいたんだったな。だから言ったろう。あんな頭でっかちじゃあ役に立たねぇってな。まあ、俺たちが行きゃあ、そんな連中ひと捻りってもんよ」
ああ、と低く唸ったのは鉄頭蛇の陳贇。小柄だが不安な気を纏っている。
腕が鳴るぜ、と白絲猴の賀吉。口元に笑みさえ浮かべている。
無言だったのは無尽牙の郭矸だ。だが鋭い視線を王慶に向けている。
どれも凶悪さが滲み出いる男たちであった。
「じゃあ行ってくるぜ、王慶さんよ。馬と兵を貸してくれや」
「待て、大事な兵だ。お前たちに預けるのは八百とする」
「なに言ってやがる。そんな数じゃあ話にならねぇだろうが」
縻甠の目が殺気立つ。
「話は最後まで聞け。解放した囚人達を連れて行け。五百といったところか。後は山南で借りるのだ。先触れを走らせておく」
「ちっ、仕方ねぇな」
不満だったが承諾するしかなかった。
「まあ、好きに暴れさせてもらうとするぜ」
じゃあな、と笑いながら縻甠らが出ていった。
段三娘は不快そうな顔をしている。
「あの連中が素直に言うことを聞くとでも」
「大丈夫さ」
段三娘の不安。
縻甠らも罪人だった。それも極悪な犯罪者であった。荊南にはそのような死刑囚がごまんと投獄されていた。そして荊南を陥落させ、彼らを解放すると同時に配下に加えたのだ。
恩を売ることで今は従わせているが、その性根は知れている。いつ寝首を掻かれてもおかしくはない。
「意外と心配症なのだな」
そう言って王慶は、段三娘の腕を掴んだ。
戦いと酒のせいか、体が火照る。
強気だが、時おり見せる弱さにそそられる。王慶が、ぐいと段三娘を引き寄せた。
「馬鹿はおよしよ」
と言いながら、段三娘も抵抗はしない。
王慶が配下に命じる。
「しばらく部屋にいる。わかったな」
応じつつ配下は内心ため息をついていた。こうなると、事が済むまでしばらく出てこないのだ。緊急の報告があってもだ。まあ、もう慣れてしまったのだが。
王慶と段三娘が消えた後、范全(はんぜん)が訊ねた。
「李助どの、王慶はああ言っていたが、本当に心配ないのでしょうね」
「ええ、心配ありません。私の占いでも、そう出ております」
「宛州の陥落は、想定の内だったと」
「戦略の一部です。宛州は宛州で役に立ったのです」
捨て駒か。范全は思った。
ああ、それから、と李助が言った。
「楚王です。いくら従兄弟(いとこ)といえど、示しがつきません。楚王と呼ぶように」
范全はそれに答えず、席を立った。
范全は李助を信用していなかった。密かに調べたのだが、王慶と出会う前の過去が見つからなかった。巧妙に消されているようだ。知られてはまずい事がある、ということだろう。
それと、と李助が付け加えた。
「あまり詮索はしない方がいい。長生きしたければね」
背に、李助の視線が刺さる。お見通しだ、という訳か。
成り行きでここまで来てしまったが、この先どうなるのか。
王慶よ、お前はこれで良いのか。
范全が廊下の天井を仰ぎ、長い息を吐いた。