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急襲

 王慶がもろ肌脱ぎになっていた。ほんのり汗をかき、肌が紅潮していた。呼吸は浅く、早めだ。

 その王慶を、五人の男が囲んでいた。どれも凶悪そうな顔つきで、武器を手にしている。かたや王慶は素手だ。

 一人が雄叫びを上げ、突進した。刀が王慶を襲う。焦ることなく王慶が半身になり、それをかわした。空振りした男がよろけ、無防備な体を晒す。王慶は、男の鳩尾へ重い一撃を放った。嗚咽と吐瀉物(をまき散らし、男が床を転がった。

 間髪置かず他の男たちが襲いかかった。四人同時だ。

 ひゅっ、と息を吐き、王慶がその中の一人に向かって駆けた。

 その男は刀を振り下ろす暇もなく鼻柱を砕かれた。王慶は、前かがみになった男の背後に回った。そして首に太い腕を回し、三人の攻撃の楯とした。

 しかし、三人はそれを意に介することなく、楯となった男に刀を振り下ろした。楯にした男が斬られた隙に、王慶は三人に近づき、瞬く間にそれを打ち倒してしまった。

 すう、と息を吐き、王慶が構えを解いた。

「片付けろ」

 部下に命じ、酒を手にした。

「好きだね、あんたも」

 段三娘が呆れたように部屋に入ってきた。

「奴らはそもそも死ぬはずだったんだ。慈悲深いと言って欲しいな。それに、刀も研がなきゃすぐに錆びついちまうというだろ」

 そう言って拳を握ってみせる。

 王慶と戦っていたのは、占領した地で捕らわれていた重罪人たちであった。彼らに自由を与え、配下とした。そして定期的に彼らと戦い、自分を鍛えていたという訳だ。

「それで、あんた。宛州はどうするのさ」

 段三娘も酒を飲みながら、横に腰かけた。

 ふいに部屋の外が騒がしくなった。王慶と段三娘は気にすることなく、酒を飲んでいたが、扉を蹴破らんばかりの勢いで男たちが飛び込んできた。

 王慶が目だけをそちらに向ける。見るからに凶暴そうな男が四人である。

「騒がしいな。呼んだ覚えはないぞ、縻甠」

「騒ぎたくもなるぜ、王慶さんよお。いつ暴れさせてくれるんだ」

 縻甠と呼ばれた男が吠えるように言った。爛々と光らせた目で、王慶に噛みつかんばかりに詰め寄る。顔中が傷だらけで、剥き出しの上半身も同じようだった。その容貌から千瘡百孔と呼ばれているという。

「そんなに暴れたいか。ふむ、お前は後まで取っておきたかったのだが、仕方あるまい」

「お、もしかして」

「良(い)いだろう。今、俺の領地を梁山泊の連中が荒らしている。先ごろ宛州が陥とされたばかりだ」

「あの劉敏って野郎がいたんだったな。だから言ったろう。あんな頭でっかちじゃあ役に立たねぇってな。まあ、俺たちが行きゃあ、そんな連中ひと捻りってもんよ」

 ああ、と低く唸ったのは鉄頭蛇の陳贇。小柄だが不安な気を纏っている。

 腕が鳴るぜ、と白絲猴の賀吉。口元に笑みさえ浮かべている。

 無言だったのは無尽牙の郭矸だ。だが鋭い視線を王慶に向けている。

 どれも凶悪さが滲み出いる男たちであった。

「じゃあ行ってくるぜ、王慶さんよ。馬と兵を貸してくれや」

「待て、大事な兵だ。お前たちに預けるのは八百とする」

「なに言ってやがる。そんな数じゃあ話にならねぇだろうが」

 縻甠の目が殺気立つ。

「話は最後まで聞け。解放した囚人達を連れて行け。五百といったところか。後は山南で借りるのだ。先触れを走らせておく」

「ちっ、仕方ねぇな」

 不満だったが承諾するしかなかった。

「まあ、好きに暴れさせてもらうとするぜ」

 じゃあな、と笑いながら縻甠らが出ていった。

 段三娘は不快そうな顔をしている。

「あの連中が素直に言うことを聞くとでも」

「大丈夫さ」

 段三娘の不安。

 縻甠らも罪人だった。それも極悪な犯罪者であった。荊南にはそのような死刑囚がごまんと投獄されていた。そして荊南を陥落させ、彼らを解放すると同時に配下に加えたのだ。

 恩を売ることで今は従わせているが、その性根は知れている。いつ寝首を掻かれてもおかしくはない。

「意外と心配症なのだな」

 そう言って王慶は、段三娘の腕を掴んだ。

 戦いと酒のせいか、体が火照る。

 強気だが、時おり見せる弱さにそそられる。王慶が、ぐいと段三娘を引き寄せた。

「馬鹿はおよしよ」

 と言いながら、段三娘も抵抗はしない。

 王慶が配下に命じる。

「しばらく部屋にいる。わかったな」

 応じつつ配下は内心ため息をついていた。こうなると、事が済むまでしばらく出てこないのだ。緊急の報告があってもだ。まあ、もう慣れてしまったのだが。

 王慶と段三娘が消えた後、范全(はんぜん)が訊ねた。

「李助どの、王慶はああ言っていたが、本当に心配ないのでしょうね」

「ええ、心配ありません。私の占いでも、そう出ております」

「宛州の陥落は、想定の内だったと」

「戦略の一部です。宛州は宛州で役に立ったのです」

 捨て駒か。范全は思った。

 ああ、それから、と李助が言った。

「楚王です。いくら従兄弟(いとこ)といえど、示しがつきません。楚王と呼ぶように」

 范全はそれに答えず、席を立った。

 范全は李助を信用していなかった。密かに調べたのだが、王慶と出会う前の過去が見つからなかった。巧妙に消されているようだ。知られてはまずい事がある、ということだろう。

 それと、と李助が付け加えた。

「あまり詮索はしない方がいい。長生きしたければね」

 背に、李助の視線が刺さる。お見通しだ、という訳か。

 成り行きでここまで来てしまったが、この先どうなるのか。

 王慶よ、お前はこれで良いのか。

 范全が廊下の天井を仰ぎ、長い息を吐いた。

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