
108 outlaws
急襲
一
「おい、なんて書いてあるんだ。早く読め」
山南は襄陽の主、段二が唾を飛ばしている。
副官兼軍師の左謀は目を細め、王慶からの親書を読み上げた。
左謀はもともと知府の補佐だった。実務の才はあるが、己の利にがめついところがあり、甲魚判官と呼ばれていた。そして王慶が挙兵し、山南を襲った。その時、左謀は山南を裏切り、王慶に協力した事で今の地位を得たのだ。
「なんだって義弟の奴め、こんな連中を寄こしたんだ。しかも兵を貸せだって。連中が使いこなせる訳なかろうに」
「王慶さまはちゃんと考えておられますよ」
なにをだ、と聞こうとした時、縻甠らが姿を現した。
「おう、来てやったぜ。早く兵を貸してくれ、話は聞いてるんだろ」
段二はなるだけ視線を合わせぬようにしていた。
だが左謀は臆せぬ様子で言う。
「慌てるな、兵は貸そう。ただし条件がある」
「条件だと、ふざけるな。王慶からも先触れが来てるだろう。いいからとっとと出すんだ」
「その先触れに記されているのだ。兵を貸す代わりに私の、この左謀の指示に従うようにさせろ、とな」
なんだと、と縻甠が得物を振り上げた。
だがその手を掴んだ者がいた。
髯を蓄えた巨漢、襄陽の将軍、山南虎の薛賛であった。
「何だあ、手前ぇ」
縻甠が振りほどこうとするが、びくともしない。
「ここはおとなしくしておいた方が身のためだぜ」
縻甠が無言で睨みつける。掴まれた腕が震えている。
「ちっ、仕方ねぇな」
解放された手首を擦りながら、縻甠が吐き捨てるように言った。
卓に地図が広げられ、左謀が細かく指示をしてゆく。だが、四人は皆、退屈そうに欠伸を噛み殺している。
長い軍議が終わった。縻甠らは待ちかねたように外へと飛び出していった。
ふん野蛮人どもめ、と左謀が鼻を鳴らした。
「頼んだぞ、薛賛」
縻甠たちの監視役だ。
命を受けた薛賛は出陣の前に、牢に寄った。牢番に鍵を開けさせ、一人の男を連れだした。
その男は金剛将の耿文。薛賛にも見劣りしないほど巨漢で、同じく襄陽の将軍だった男だ。
耿文が薛賛を睨みつける。
「今日は随分と睨まれる日だな」
からからと笑い、さて、と話を切り替える。
「左謀さまからの伝言だ。梁山泊軍を撃退すればお前も家族も恩赦を与えよう、だとさ」
耿文は何も言わず、黙々と足を動かすだけだった。
王慶が襄陽に攻め寄せた時、耿文は抗戦を主張した。この城は難攻不落であり、賊徒ごときに陥とせるはずもないからだ。
しかし左謀が、降伏すべき、と当時の府尹に進言した。巧みな弁舌に絡み取られ、府尹は左謀の案を受け入れてしまった。そして抗戦派の耿文らは家族もろとも牢に入れられ、府尹は王慶に首を刎ねられた。左謀に従った薛賛などは官職を与えられたという訳だ。
それから家族の命を楯に、都合良く使われた。この地獄のような日々も、いつか家族に会えるという希望だけで生き永らえてきた。そして今日も王慶のための戦に駆り出される。
耿文は、突き刺すような視線を、薛賛の背に向け続けていた。
襄陽の西方に位置する隆中山。梁山泊軍が陣を敷いていた。
遠巻きに縻甠らがそれを眺めている。
足元に転がる死体は、梁山泊の斥候だ。
さてお前たち、と縻甠が訊ねる。
「奴が言った作戦、誰か覚えているか」
賀吉も、郭矸も、陳贇もどの顔も、覚えている訳がない、と語っていた。
「かかっ、どのみちぶっ殺すだけだしな」
そして縻甠が雄叫びを上げた。
兵員は合わせて一万五千。まずは徒歩の一団が突っ込んだ。囚人達の一団だ。目を血走らせ、雄叫びを上げて迫る。
梁山泊軍から数人の大将が騎兵を率いて飛びだしてきた。だが囚人たちは怯むことなく、突っ込んできた。そして手当たり次第に武器を振り回し、敵味方関係なく暴れ回る。策もなにもあったものではない。
これには梁山泊軍も怯んだが、それも初めだけだ。落ち着いて対応すれば、鍛えられた梁山泊兵たちの敵ではなかった。
やがて囚人達は四方に散るように逃げだした。それを梁山泊軍が追う形となった。
満足そうに縻甠が言う。
「まあ、あれだけやれば十分だろう。さて、俺たちも行くか」
騎兵を引き連れ、縻甠らが散った。