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智取

 まだ痺れが残っているようだ。

 しかしそんな事はどうでもよい事だった。生辰綱が奪われたのだ。

 痛む頭を押さえながら、謝都管はゆるゆると身体を起こした。周りではすでに護衛官たちが回復しつつあった。

 楊志の事を、心配し過ぎだと言ってしまったが、結局あの男の言う通りになってしまったではないか。

 賊どもはすでに姿を消し、どこへ行ったのやら皆目見当もつかない。

 見ると楊志もいなくなっている。賊どもに連れ去られたのだろうか。考えるほどに謝都管は怒りが込み上げて来た。護衛官たちに向かってそれをぶつける。

「貴様らがあの男の言う事を聞かんから、こんな事態になってしまったではないか。わしも貴様らもこうなれば命はないと思え」

 護衛官たちも事の重大さに気づいたようだ。謝都管もどうしようどうしよう、とうろうろするばかりだ。

 そこへ1人の護衛官が近づいて来て言った。

「都管どの、憚(はばか)りながら提案が」

 というその言葉に、謝都管はうむ、と唸った。

 

「忌々しい賊めが。今年も、わしの大切な生辰綱を奪いおって」

 生辰綱強奪の報は、すぐさま蔡京の元へ届けられた。蔡京は報告書を読むなり破り捨て、そう怒鳴った。

 皺の奥の瞳が爛々と輝いている。宋の宰相という地位に昇りつめたのは、権力と何よりも金への常軌を逸した執着心がなせる業(わざ)だったのかもしれない。

 枯れ枝のような指を使者につきつけて叫んだ。

「この楊志とかいう者と、その共謀者を何としても探しだせ。生死は問わぬ、指一本でも髪の毛一本でも良い、わしの前に持って来い」

 命(めい)を受けた使者は慄きながら場を辞した。

 護送責任者である楊志は強盗と共謀し、生辰綱を奪うと行方をくらませた、とその報告書に書かれていた。

 護衛官が謝都管に、姿を消した楊志に罪をかぶせる事を提案したのだ。都管も、己にも非があるとはいえ、命は惜しい。その提案に乗る事にしたのだ。

 知らぬは楊志ばかりなり。楊志と、共謀者八人には莫大な懸賞金がかけられる事になった。

 生辰綱強奪犯を捕えよ、という蔡京および梁世傑からの命は黄泥岡を管轄する済州府に届けられていた。

 書を読みながら済州府尹が、眉間にしわを寄せている。そこへこの件を担当している捕り手役人が呼び出されてきた。

「その方、名は何という」

「は、三都緝捕(さんとしゅうほ)使臣の何濤(かとう)と申します」

「何濤、生辰綱強奪事件の進捗はどうなっておる」

「はい、怖れながら我々は夜も寝る間を惜しみ、手掛かりを求め駆けずり回っているのですが」

「先ほど、開封府より使者が来て、犯人捕縛まで期限を切って来たのだ」

 何濤は嫌な予感に、唾を飲み込んだ。

「期限内に犯人を捕えなければ、わしはおそらく沙門島へ流罪。使者自身の命も危ういだろうと言っておった。わしらだけではない、何濤よ、お前にも相応の責任を負ってもらうぞ」

「は、この何濤、何が何でも賊どもを捕える所存であります。して、その期限とは」

 府尹は確かめるように令書に目を落とし、はっきりと言った。

「そんな無茶な」

 何濤は思わず漏らしていた。

 事件解決までに定められた期限は、たったの十日だった。

 

 

 

 

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