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異心

 これが自分の、梁山泊の行く末なのか。

 宋江には句の意味が判じかねた。しかし懇願しても羅真人は、その意味までは教えてはくれなかった。

 時が来れば、おのずと分かるというのである。

「宋江どの、この年寄りからお願いがあるのです」

「年寄りなどと。願いとは何でしょう」

「一清の事です」

 修行のため、世の中を見せるため、公孫勝を下山させた。そして梁山泊に入る事となった。だがあくまでも、公孫勝は羅真人の弟子である。

 宋江の崇高な理想のために、もう少しだけ預ける。だが時が来て公孫勝が、二仙山に戻ると言ったならば引き留めないでほしいと。

 その時がいつ訪れるのかはわからない。

 宋江は悩んだものの、承諾した。

「感謝いたします、宋江どの。帰る前に、一清と話をさせて下さい」

 宋江を紫虚観に送り届けた公孫勝が、師の前に座る。

「兄弟子を覚えておるな」

「はい」

「遠くないうちに、お前は兄弟子と会うだろう」

「はい」

「魔に堕ちた奴を、お前が救うのだ。やってみせよ」

「私が、ですか」

「そうだ。前に樊瑞とやらを正道に導いたな。奴の魔は、あの比ではないと思え」

「わかりました」 

 羅真人が軽く嘆息した。

「本当ならば、お主の役目はもう終わっておる。わしらのような者は世俗に関わってはならぬのだ。だが晁蓋どのや宋江どのには面倒を見てもらった恩がある。もう少しだけ力を貸すが良い。そして機を悟ったならば戻ってくるのだ。良いな、一清」

「有難うございます」

 公孫勝は深々と頭を下げた。

 羅真人に別れを告げ、一行は薊州へと戻った。

「何だよ、宋江の兄貴。羅真人の小僧の所に行くんなら声をかけてくれればよかったのに」

 李逵が宋江を見るなりぷりぷりと怒った。

 花栄がからかうように言った。

「羅真人さまは、お前に殺されそうになったのだと、大層ご立腹だったぞ。行ったら酷い目に遭っていたかもしれないぞ」

「なんだい、向こうだっておいらを散々な目に遭わせたくせに」

 どっと笑い声が広がった。

 

 ひと月が経とうとする頃、欧陽侍郎が再び現れた。

 宋江はひとりで会った。

「お考えは決まりましたかな、宋江どの」

「ええ。どうやらあなた方が正しいようです」

 口元に笑みが浮かびかけたが、欧陽侍郎は辛うじて抑えた。

「それは良かった。それでは早速、燕京へとおいでいただきたい」

「その前に、ですが問題があるのです」

「問題、ですか」

「はい。前にも言ったように、この申し出を快く思わない頭領がおります。なので梁山泊全員という訳には参りません。それでも良ければ、お受けいたします」

 身を乗り出した欧陽侍郎だったが、安心したように肩の力を抜いた。

「問題ではございません。来られる方々だけで構いません。して、その同調しないという頭領は」

「その筆頭は、副頭領の盧俊義なのです。いま彼を檀州の守りに当たらせております。出発するならば、今のうちだと思いますが」

 歯切れの悪い物言いに、欧陽侍郎が促した。

 宋江らが薊州を出たとして、それを盧俊義が知ったならば、必ず追って来るだろうというのだ。どこか隠れられる場所はないだろうか、というのが宋江の懸念だった。

 これにも欧陽侍郎は微笑んでみせた。

「ご心配ありません。恰好の地があります」

 欧陽侍郎が提案したのは、薊州から南の覇州であった。

 覇州に至るまでに二つの要害があるという。益津関と文安県で、ともに両側を険しい山に挟まれた隘路を通らねばならない。

 まずは林冲、花栄という主だった頭領と、一万の兵だけで向かう。

 覇州で追っ手をやり過ごし、燕京の国王に会う。

 檀州にいる盧俊義の元に、白勝が飛び込んできた。

「宋江どのが、薊州を出発しました」

 うむ、とだけ盧俊義は言い、広がる平野を見つめていた。

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