top of page

試練

 まったく頭が痛い。

 高俅はしきりにあご髭をさすりながら唸っていた。

 林冲を処分できなかっただけではなく、梁山泊にまで入山させてしまうとは。蔡京に冷笑されたが、林冲を仕留められなかったのは、富安の作戦が甘かったからであり、陸謙の腕が足りなかったからだ。

 わしのせいではない。

 楊戩(ようせん)の奴めがあの辺りで不当な搾取をしているから、梁山泊などに賊が集まるのだ。

 護送役人の董超と薛覇からの報告も問題だ。

 暗殺の邪魔をした魯智深とかいう僧がいる大相国寺の菜園へは捕り手を差し向けた。そいつは、なにせ化物のような坊主だというから通常の五倍もの人員を動員した。だが多数の負傷者を出し、魯智深はどこかへ姿をくらましたという。何と 腐抜けた捕り手どもだ。

 これもわしのせいではない。

 息子も、まだ林冲の妻を狙っているらしい。奴が都におらぬので前よりかは元気になったようだが、完全に息の根を止めねば、いつか目の前に現われる気がする。

 この確信にも似た思いは、裸一貫で鳴りあがって来た高俅が養った嗅覚のようなものなのだろう。この嗅覚で権謀術数の中を生き抜いて来たのだ。

 しかしいらいらする事ばかりだ。酒でも飲もうか。

 と、そこへ部下が入って来た。

「大尉どの、面会のお約束の者が来ておりますが」

 そう言えばそんな約束があった。相手はかつて東京(とうけい)で武官をしていた者だという。

 また軍人か、と渡された上申書に目を通す。

「舐めておるのか、こ奴は。却下だ、却下」

 高俅は語気を荒げ、それを引き裂かんばかりに怒りを爆発させた。

 通された男は、その決定に、何故だという顔をしているばかりだった。

 

bottom of page