top of page

悲報

 宋江は故郷の鄆城県へと行ってしまった。

 翌朝、燕順に追いついた後続の隊は、それを聞き驚くばかりであった。

 燕順は石勇を紹介し、彼が顛末を説明した。

 宋江は父の死を知り、葬儀のために帰ると言いだした。燕順と石勇はもちろん止めたが、宋江は頑として譲らなかった。

 これを、と石勇が一通の手紙を差し出した。

「本当にすまないと思うがこれがあれば大丈夫だ、と宋江さまが書いてくれたものです」

 文に目を通し、唸る花栄。梁山泊の晁蓋にあてた手紙であった。

「なんだよ、鄆城県って梁山泊の先だろう。一度、寄ってからでも良いじゃねぇか」

 王英が冗談ぽく言った。

「まあ、すでに行ってしまったのだ。我々もいまさら引き返すわけにもいくまいし、梁山泊へ行くしかなかろう。駄目な時はその時だ」

 秦明が渋い顔でそう言った。花栄も、うむと短く頷いた。

 宋江の父が死んだ。花栄は会った事はないが、宋江から何度も話を聞いていた。宋家村をまとめる父を本当に尊敬している事が、その口ぶりでもわかるほどであった。

 手配中の身でありながら、単身故郷へ戻るなどと無茶な事をしたものだと思うが、今は引きつれっている者たちの安全も大切だった。

 無事でいてくれよ。

 花栄は遠く、鄆城県の方向を見やっていた。

 

 一行は思わず足をとめてしまった。

 目の前に、壮大な山容を誇る梁山泊が現れたのだ。

 周囲の湖は彼方まで広がり、一面に群生する葦が風で揺れ、まるでそよそよと囁いているようだった。

 ほう、と黄信が感心するように唸った。聞きしに勝る天然の要害だ。官軍がおいそれと手を出せぬというのも理解できた。すげぇな、と郭盛と呂方が嬉しそうな顔をしていた。

「ちぇ、清風山だって凄かったんだぜ」

 少し悔しそうな王英に鄭天寿が、そうだなとなだめるように言った。

 その時である。銅鑼の音(ね)が響き渡り、湖面で休んでいた雁たちが一斉に飛び立った。

 花栄が弓を構え、秦明が狼牙棒を握り、黄信が喪門剣を解き放つ。

 燕順、王英、鄭天寿が三位一体の隊形をとり、呂方と郭盛が門神の如く、左右で方天画戟を構えた。

 石勇は後ろで懐から出した短刀を握り、目を丸くした。

 今の今まで誰もが梁山泊に見蕩れていたはずだった。それがどうだ。敵の襲来を察知した途端に顔つきが変わり、一瞬で戦闘態勢をとってしまった。

 もともと軍人である花栄や秦明、黄信ならば分かる。しかし山賊あがりの者たちまで、この動き。

 石将軍などと嘯(うそぶ)いているが、これはとんでもない所へ来てしまったのではないのか、と石勇は思うのであった。

 来るぞ、と花栄が叫ぶ。

 水上に二艘の船が見えた。それぞれ四、五十人ほどが乗り込む大きさでありながら速かった。

 船影はあっというまに近づき、船の中央にいる頭目らしき男の姿が見えてきた。

 先頭の船には蛇棒を持った獣のような目の男。そして後の船には赤茶けた髪の鬼のような男がいた。豹子頭の林冲と、赤髪鬼の劉唐である。

「我らに立ち向かうとは、大した軍だ。ひとまず蹴散らして、梁山泊の威名を知らしめてやるとしよう」

 林冲が叫び劉唐が、おおと吼えた。空気までびりびりと震えるような胆力だ。

 花栄が、賊徒掃討軍と書かれた旗を降ろさせ、馬から飛び降りると林冲に向かって拱手した。

「我々は官軍ではございません。我々は官軍に追われて、この梁山泊にご厄介になろうと参りました」

 湖上でいぶかしむ林冲に花栄は手紙を見せる。

「頭領である晁蓋どのの友人、宋江どのの手紙がここにある。どうか矛をお納めいただきたい」

 船上から一同を見る林冲。

 手紙を持っている男をはじめ、数人は軍人のようだ。ほかは山賊だろうか。しかしどの者も一筋縄ではない者である事が知れた。

「宋江どのだって。それは晁蓋どのに知らせねぇとな」

 劉唐の言葉に、林冲も頷いた。

「わかった。ひとまずこの先の居酒屋に行っていただきます。手紙を拝見してから、またお会いいたしましょう」

 船上で青旗が振られた。すると水路から一層の小舟が姿を現した。

「彼らについて行ってください」

 劉唐が促すと、今度は白旗が振られた。ふたたび銅鑼が鳴り響き、林冲と劉唐を乗せた船が向きを変え、遠ざかってゆく。実に統率のとれた動きだった。

 燕順が感心して言う。

「これは我らの山寨でも敵わなかったかもな、王英」

 へっ、と王英がそれでも強がっていた。

 小舟に乗っていた漁師について行くと、小さな居酒屋が見えてきた。

 一人の男が一同を迎えてくれた。一介の居酒屋の主人には見えない男、旱地忽律の朱貴であった。

 朱貴は一同の顔を鋭い目で見まわすと、中へ入るように促した。

「遠くからお疲れでしょう。しばしおくつろぎください」

 朱貴は店の者に酒食を用意させた。花栄から受け取った手紙に目を通すと、手下を報告に向かわせた。

 黄安率いる官軍を撃退した事で、梁山泊の名はそれまで以上に広まることになった。故にこれまで以上に入山希望の者が増えたのだと、朱貴が話した。

 しかし人が多ければ良いというものでもない。有象無象の中から、その選別眼で人を見抜くのが朱貴なのだという。

 その話に秦明も思うところがあった。軍とて同じである。兵力は大事だが、その質もやはり同じように大事なのだ。そしてそれは政治の場においても然りだ。人ではなく金や損得でものを見る者が上に立てば、何もかもがおかしくなってしまう。

 秦明は妻に思いを馳せそうになり、何とか堪えた。

 日はすぐに傾き、旅の疲れを癒すため一同は眠りについた。

 

 翌日、書生風の男が店にいた。軍師を務める呉用だと、朱貴が紹介した。

 軍師までいるとは、梁山泊は山賊の枠を越えたまさに軍という訳か、と花栄は驚いた。

「事情は良くわかりました。迎えの船がまもなく参ります」

 一同と挨拶を交わした呉用が微笑んでそう言った。胸のあたりで羽扇を揺らして、泰然とした態度だ。

 その言葉通り、すぐに船が現れた。三十艘ほどだろうか、一行が分かれてそれに乗り込むと船はゆっくりと岸を離れた。

 花栄は呉用と同じ船にいた。涼しい顔をしている呉用に尋ねた。

「呉用どの、この度は突然の来訪にも関わらず、本当に感謝しております」

 呉用は横目で花栄を見ている。

「いいえ、礼には及びません。これほどの豪傑が来てくれたのです、梁山泊としても喜ばしいことです」

 呉用はいつの間にか前を向いていた。

「なにより宋江どのには大恩があります。あの人がいなければ、我らはすでに天の星となっていた事でしょう」

 そう言って呉用は、星の出ていない青空を見上げた。

 宋江の晁蓋を思う行動が、ここにきて花栄らを救う事になった。情けは人のためならずか、と花栄はひとりごちた。もっとも宋江は、人に情けをかけているなどとは露ほども感じてはいないのだろうが。

 宋江らしいなと思い、花栄は笑みを浮かべていた。

 船はほどなく金沙灘に着いた。

 花栄らは盛大な軍楽で迎えられた。

 岸に屈強な男たちが立っていた。昨日会った林冲と劉唐がいる。

 中央の男が嬉しそうに笑っていた。

 我らが頭領の晁蓋どのです、と呉用が囁いた。

 晁蓋は船から降りた一同を両手を広げ、満面の笑みで出迎えた。

「ようこそ梁山泊へ」

 

 三つの関門を通り、聚義庁へと向かう。家族や部下たちは寄宿舎へと案内されていった。

 王英は梁山泊の実態を目の当たりにするにつれ、すげぇなと素直に感心するように言っていた。

 練兵場で訓練が行われていた。秦明、黄信はそれを見て、ほうと声をあげた。まだ中央軍までとはいかないが、地方軍などでは比べ物にならないほどの兵たちのようだ。

 兵たちは林冲が鍛えているという。林冲の名は秦明も耳にした事があった。まさかこんな所で会おうとは。

「画戟を使う者はいないみたいだな」

 郭盛が呂方に言う。

「ははは、残念ながらまだおらんのです。ぜひともお二人にご指導願いたいものです」

「いえ、そういう意味では」

 呂方が申し訳なさそうに言うが、晁蓋は本気のようだった。

 やがて聚義庁に到着し、一同が座についた。

 向かって右側に梁山泊の頭目たちが、そして左に花栄らが座った。

 中央に香(こう)が焚かれ、おごそかな雰囲気となった。

 こいつら強そうだなぁ、と騒いでいる阮小五と小七を阮小二が黙らせ、挨拶が交わされた。

 花栄は梁山泊の頭目たちを見て心に思う。晁蓋、呉用、公孫勝、林冲、劉唐、阮小二、阮小五、阮小七、杜遷、宋万、朱貴、白勝、どの顔にも自信と誇りが満ちている。

 宋江がここにいない事だけが残念でならなかった。

 花栄、秦明、黄信、燕順、王英、鄭天寿、呂方、郭盛、石勇が順に名乗り、晁蓋は心底嬉しそうだった。

「どんな事しでかしたんだよ」

 と阮小七が目を輝かせて身を乗り出し、花栄が事の顛末を語り出した。

 劉高の悪辣さに拳を振り上げ、慕容彦達の残酷さに皆が秦明に対する同情を禁じ得なかった。

 林冲はじっと秦明を見つめていた。高俅のせいで妻を失った彼は、誰よりも秦明の心を分かっているのだろう。

 王英が清風山を失った事を悔しがり、花栄が対影山での呂方と郭盛の名勝負について語る。呂方と郭盛が話を引き継ぎ、二人を仲裁した花栄の矢の腕を褒めたたえた。

「ほう、ぜひ後日お手並みを拝見したいものですなあ」

 晁蓋がそう言って立ち上がった。

「ひとしきり酒も飲んだし、どうですここらで梁山泊を見物されては」

 一同もそれに同意し、聚義庁を出る。王英と鄭天寿、対影山の二人は阮小五、小七らに連れられてどこかへ行ってしまった。

 残された花栄や秦明らは晁蓋の後をついてゆく。

 山上から梁山泊を一望した。満々たる水をたたえた湖を走る舟が小さく見えている。

「まるで別天地だ」

 秦明は思わずつぶやいていた。横に林冲が歩いていた。

「霹靂火の名は東京にまで轟いておりました。よもやこんな所で出会うとは光栄です、秦明どの」

「いえ、私こそ豹子頭どのに一度お会いしたいと思っておりました」

 秦明は改めて拱手すると、黄信を紹介した。

 兵の仕上がりを見て欲しい。そう言って林冲は二人を連れて練兵場へと向かっていった。

 燕順は腰に手をあてて空を見上げていた。そこへ雁が列をなし、渡って行くのが見えた。この前、湖面にいた連中だろうか。

 それを見て、花栄が進み出た。弓を手にしていた。同行していた者が持っていたものを借りたようだ。

「先ほど私の弓の話が出た時、皆さまはあまり信じておられなかったご様子。決して自慢するわけではございませんが、よろしければ、どうぞご覧ください」

「花栄どの、そんなつもりでは」

 と晁蓋が弁明する。確かに酒も入っており、半信半疑な口ぶりになってしまっていたかもしれない。

 しかし、神箭将軍とまで言われる花栄の弓の腕、ぜひともこの目で見てはみたい。晁蓋はそれ以上言わず、花栄を見つめていた。

 花栄はにっこりと微笑むと、雁の列に狙いを定めた。

「前から三番目を」

 言うが早いか、矢が放たれた。

 矢は速度を落とすことなく雁を目指す。

 そして、まるで自分から当たりに来たのではないか、というほどの正確さで前から三番目の雁を射抜いた。

 わあっ、と見ていた手下たちが歓声を上げる。

 晁蓋は拱手し頭を下げる。

「聞きしに勝る花栄どのの弓の腕、まことに感服いたしました」

 呉用も花栄の腕を称えて言った。

「小李広などとご建孫です。楚の養由基(ようゆうき)も、花栄どのには及ばないのではございませんか」

「それこそ買いかぶりというものです。差し出がましい事をしてしまいました」

 花栄は素直に詫びた。弓の腕には絶対の自信があった。それを示しておきたかったのだが、子供っぽい真似をした、と花栄自身も少し反省していたようだ。

 晁蓋を先頭に、一同が階段をおりてゆく。

 その後ろで呉用が思案していた。

 花栄、秦明、黄信、呂方、郭盛の加入で兵たちのさらなる強化が可能となった。

 清風山の三人も大きな戦力となるだろう。特に燕順という男には、山賊の頭領だけにとどまらぬ器があるようだ。そして恐れ知らずの博徒、石勇か。

 呉用は目を細めながらゆっくりと歩き出した。

 やはりその顔は、羽扇に隠れてその真意を確かめる事はできなかった。

 

 梁山泊の兵たちが棒を振っている。どの顔も汗に濡れており、真剣そのものだ。

 軍と言っても差支えないほどだ、と秦明は思った。

 梁山泊に来てすぐに黄信と共に兵の調練を任された。すでに林冲が鍛え上げていたが、林冲とは違う事も教えられると思った。黄信も張り切っているようだった。

 日が暮れ始めたため調練を終え、兵たちに解散を告げた。

「どうだこの後、酒でも」

 汗を拭きながら秦明が黄信を誘った。黄信は師からの誘いに嬉しそうな顔をしたが、

「はい、いや、今日は別の約束が」

 とそそくさとどこかへ行ってしまった。

 おかしな奴だ、と思い秦明が調練場を出ようとすると、そこに人がいた。

「お疲れ様です、秦明さま」

 花小妹がそこにいた。

 手にした新しい布を秦明に手渡した。汗を拭いてくれという事なのだろう。あらかた汗は引いた秦明だったが、すまない、と言ってそれで顔を拭った。

「兄が秦明さまとお酒を、と」

 花小妹がうつむき気味で小さく言った。

 黄信には逃げられたし、断る理由もない。それに花栄とも差し向かいで一度は飲んでみたかった。小妹の案内で花栄が住まう宿舎へと向かった。

「忙しいところ申し訳ない、秦明どの」

 花栄が拱手で迎えてくれた。妻の崔氏が酒食を運んできて、花小妹が秦明の杯に酒を注ぎ、花栄と杯を合わせた。

「こうして二人で飲んでみたいと思っておりましてね」

 花栄も同じ事を思っていたようだ。

「私は官職に未練はありませんでしたが、秦明どのの件は元はといえば私が原因の一つ、本当に申し訳ないと思っております」

「そんな事は」

 無い、とは言えなかった。

 やはり心のどこかでは割り切れていない部分があるのだろう。無残に殺された妻をこの目で見たのだ。忘れたくても忘れる事などできはしまい。

 秦明はその言葉と想いを酒と一緒に喉に流し込んだ。

「しかしこの梁山泊は、たいしたものだな」

 秦明は話題を変える事にした。せっかく花栄と飲んでいるのだ、憂いた顔など見せたくはない。

 花栄はその日、聚義庁で晁蓋や呉用と語っていたという。一挙に五百人もの人員が増え、梁山泊としては嬉しい限りだが宿舎の増設や糧食の増産など、急がねばならない事が山積だという。

「そうだな、我らもただ甘える訳にはいくまいな。受け入れてくれたのは宋江どののおかげでもあるのだしな。しかし宋江どのは無事であろうか」

「きっと大丈夫です。ああ見えて、運の強い男なのですよ」

 と花栄が言った。

 幼い頃、共に学び育ったという宋江の事を信頼しているのだろう。

 そして運の強さ、石勇の一件は話に聞いているが、それだけで首に懸賞金をかけられた者が無事ですむとは思えないのだが、確かに宋江にはそう思わせるだけの何かがあるのだった。

「もう少し、良いではないですか」

 という花栄の誘いを断った。実はもう少し飲みたかったが。今日は深酒はやめる事にした。

 宿舎へ戻る途中、林冲を見た。調練場でひとり槍を舞わせていた。秦明はその演武に見蕩れた。豹子頭の林冲、禁軍を離れたとはいえ、その腕は鈍るどころかますます鋭さを増しているようだ。

「秦明どの」

 林冲がふいに声をかけてきた。

「ああ、これは失礼いたしました。林冲どのの技に見蕩れてしまい」

 槍を肩に担ぎ、林冲が歩いてきた。

「私のようには、ならないでくれよ」

 秦明にそう言った林冲の目は、深い悲しみを湛えているようだった。

 秦明はそれに答える事ができず、去りゆく林冲の背を見つめ続けていた。

 槍の穂先が、月の光に冷たく輝いていた。

 

 どうして俺がここに呼ばれたのだ。

 石勇は肩をこわばらせ、聚義庁へと入った。

「おお、待っていたぞ石勇」

 晁蓋が正面の床几から立ち上がり、両手を広げた。たったそれだけの事で石勇は圧倒されていた。

 地元では名の知れた博徒だった。因縁をつけてくる輩は腕で黙らせてきた。石将軍と呼ばれ、宋江と柴進以外には天子でも道を譲らないと嘯(うそぶ)いていた。

 しかしこの梁山泊に来て晁蓋と出会った。そこにいるだけで心の支えになるようなその存在感に、石勇は舌を巻いていた。いや晁蓋だけではない。いまここにはいない他の頭目たちもそうだった。

「確か北京大名府の出だと聞いていたが」

 そうですが、という石勇を晁蓋が手招きした。

「内密でやってもらいたい事がある。急で申し訳ないが、頼めるかな。お前が適任だと思ってな」

 石勇が断れるはずもなかった。晁蓋直々の命令を受け聚義庁を出た石勇は、足が地につかないようだった。

「肩の力を抜きなよ、石将軍」

 白日鼠の白勝がいつの間にか横にいた。この男も元は博徒だと聞いた。晁蓋からの任は、この白勝と共にあたることになっていた。

 なぜこの男と。

「俺とじゃ、嫌かい」

 思いを見透かされた石勇は慌てて何か言おうとした。だが白勝が先に話しはじめた。

「わかってるよ。ここの奴ら、すげぇ奴ばっかりだからな」

 石勇は黙って聞いている。

「俺は武芸もからきしだし、頭もよくねぇ。博打が好きなただのこそ泥さ。あんたもそうだろう」

 俺は違う、と石勇は言えなかった。

 共に入山した花栄や秦明、燕順らと比べて自分は何の取り柄もない。白勝の言葉は痛いほど的を射ていたのだ。

「だが考えてみなよ、人は違って当たり前なんだ。ここの皆が軍人だったらどうなる。書しか読まねぇ奴ばっかりだったらどうなるね」

 白勝は石勇の目を覗き込むようにして言った。

「お前にはお前にしか、俺には俺にしかできねぇ事があるんだ。だから晁蓋どのはお前を指名したんじゃねぇか、石勇」

 くるりと背を向け歩き出す白勝。

「さ、任務の細かい所をつめようぜ」

 ふと石勇の肩が軽くなった。

 白勝の言葉で目が覚めた。

 林冲や秦明は武芸ができるし、呉用は軍師を務めるほど頭が良い。しかし与えられたこの任務は、俺や白勝にしかできない事なのだ。むしろ誇るべき事なのだ。

 すまねぇ白勝、つぶやいて石勇はその背中を追った。

 石勇は晁蓋に告げられた事を思い出し、思わず拳に力を入れていた。

 北京大名府に潜入し、ある人物と会って来てほしい。そう言って晁蓋は、石勇に一通の手紙を託した。

 ついこの前、宋清の手紙を宋江に渡した。なにかと手紙に縁があるな、と思った。

 なるほどそういう意味でも適任なのだろうか。

 もう気負いはなかった。

 白勝の後を追う石勇の足は、しっかりと地を踏みしめていた。

 

 

bottom of page