108 outlaws
夢想
三
田定が中央、徐岳と項忠が左右に並び、馬を駆っていた。後ろからは配下たちが徒歩(かち)で追ってきている。
村人たちの逃げた跡は、雪にしっかりと残っていた。
「おい、あいつらどこへ逃げたのだ」
「この方向だと、石室山でしょう」
徐岳の言葉に、田定が馬を飛ばそうとした。だがその前に項忠が叫んだ。
「待て。何だあれは」
馬を駆けさせてた項忠は目を剥いた。村人たちを追わせていた先駆けの骸だった。首を横一文字(いちもんじ)に斬られている。
田定が怯えたように吼えた。
「どういう事だ。何が起きている」
「へへへ、警告って訳かい。これ以上来るなという脅しだ」
「だから説明を」
ぎろりと徐岳が田定を睨んだ。
「少し黙ってろ、若造。村の奴らじゃない、何者かがいる」
「な、なんだ、その言い方は」
今度は項忠が威圧した。
「おい、黙ってろと言ったろ。死にたくなきゃ、俺たちの言う事を聞け」
ひ、と声にならない嗚咽を漏らす田定。
徐岳も項忠も配下たちも目つきが変わった。田定の居場所はなくなった。
戦闘態勢をとり、石室山へと向かう徐岳たち。斥候を何度も出すが、目指す方向には気配がないようだ。
そしてたどり着いた。多くの足跡が残っている。村人はやはり、ここへ逃げてきたのだ。だがその姿が見当たらない。
怯える田定を最後尾に、警戒しつつ徐岳らが奥へ進むと、石切り場が現れた。
徐岳と項忠が無言で目を合わせる。石室山で、何者かが石を切り出していたのか。二人とも、いや張雄も知らなかっただろう。
徐岳が舌舐めずりをし、項忠が鼻息を荒くした。
「舐めた真似をしやがって」
「大人しく石だけ掘ってりゃあ、もしかしたら見逃してたかもしれねぇのにな」
そして同時に笑った。
足跡は、石切り場の採掘坑に続いているようだ。馬鹿め、袋の鼠だ。部下たちが吠えながら坑(あな)へ突入する。
その時、徐岳の視界の端に動くものが映った。
待て、と言う前に採掘坑が爆発した。
爆風が一同を襲った。呻きながら立ち上がると、採掘坑は岩に埋もれていた。
「うわあ、もう帰るぞ。俺は威勝へ帰る」
叫ぶ田定を、徐岳が殴った。
「黙ってろと言ったろうが。くそ餓鬼が」
転がる田定を見る目は、とても冷たかった。殺されないだけでもありがたいと思え。そんな目であった。
「くそう、探せ探せ。どこかにいるはずだ。絶対に探し出して、ぶち殺してやる」
項忠が吼える。
手下が別の足跡を見つけた。今度は慎重にそれを追う。作業場を越え、川岸に出た。南北に流れ、黄河につながる汾水(ふんすい)だ。
なるほど、ここから石を運んでいるのか。
いたぞ、と徐岳が指をさす。何艘も船が浮かび、人が乗り込んでいるところだった。
手下たちが斜面を駆け下りる。村人たちが気付き、混乱が生じた。手下が村人に襲いかかった。
白刃が閃く。
雪の上に鮮血が飛び散る。その横に刀を握ったままの腕が落ちた。村人ではない、手下の腕だった。
村人が刀を持っていた。それは李俊らの手下であった。
村人たちは童猛が送って行った。梁山泊へ、である。
非力な村人と侮ってかかった手下たちは次々に斬り倒されてゆく。
徐岳の顔が赤黒く歪んだ。馬を走らせようとしたところへ、矢が飛んできた。徐岳は刀で弾き返すが、悲鳴が聞こえた。
田定だ。田定の腕に矢が突き立っていた。
「徐岳、ここは退くしかあるまい」
項忠はすでに馬首を返していた。田定も泣き叫びながら、逃げだしていた。
くそ、と歯噛みし、徐岳が躊躇っていると、
「おい、どうした。まさか部下の仇もとらずに逃げる気じゃあるまい」
張横が両手を広げ挑発した。
船の周囲で、立っている手下はわずかだった。
「貴様たちは必ず殺してくれる。その面、絶対に忘れんぞ」
徐岳は堪え、その場から脱した。
張横がつまらなさそうに唾を吐いた。弓兵を率いていた李俊が戻ってきた。最後の一人を倒した童威が言う。
「あいつら、追わなくていいんですか」
「放っておけ。下手に追って犠牲を出したくない」
李俊の言う通り、梁山泊側には負傷者すらいなかった。
不服そうな童威に張横が声をかけた。
「酒でも飲もう。後始末に忙しくなるんだ、今のうちに休んでおくぞ」
とやや強引に童威を引っ張って行った。
李俊は二人を見送ると、長いため息を吐き、天を仰いだ。
だがその顔はどこか爽やかだった。