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夢想

 田定が中央、徐岳と項忠が左右に並び、馬を駆っていた。後ろからは配下たちが徒歩(かち)で追ってきている。

 村人たちの逃げた跡は、雪にしっかりと残っていた。

「おい、あいつらどこへ逃げたのだ」

「この方向だと、石室山でしょう」

 徐岳の言葉に、田定が馬を飛ばそうとした。だがその前に項忠が叫んだ。

「待て。何だあれは」

 馬を駆けさせてた項忠は目を剥いた。村人たちを追わせていた先駆けの骸だった。首を横一文字(いちもんじ)に斬られている。

 田定が怯えたように吼えた。

「どういう事だ。何が起きている」

「へへへ、警告って訳かい。これ以上来るなという脅しだ」

「だから説明を」

 ぎろりと徐岳が田定を睨んだ。

「少し黙ってろ、若造。村の奴らじゃない、何者かがいる」

「な、なんだ、その言い方は」

 今度は項忠が威圧した。

「おい、黙ってろと言ったろ。死にたくなきゃ、俺たちの言う事を聞け」

 ひ、と声にならない嗚咽を漏らす田定。

 徐岳も項忠も配下たちも目つきが変わった。田定の居場所はなくなった。

 戦闘態勢をとり、石室山へと向かう徐岳たち。斥候を何度も出すが、目指す方向には気配がないようだ。

 そしてたどり着いた。多くの足跡が残っている。村人はやはり、ここへ逃げてきたのだ。だがその姿が見当たらない。

 怯える田定を最後尾に、警戒しつつ徐岳らが奥へ進むと、石切り場が現れた。

 徐岳と項忠が無言で目を合わせる。石室山で、何者かが石を切り出していたのか。二人とも、いや張雄も知らなかっただろう。

 徐岳が舌舐めずりをし、項忠が鼻息を荒くした。

「舐めた真似をしやがって」

「大人しく石だけ掘ってりゃあ、もしかしたら見逃してたかもしれねぇのにな」

 そして同時に笑った。

 足跡は、石切り場の採掘坑に続いているようだ。馬鹿め、袋の鼠だ。部下たちが吠えながら坑(あな)へ突入する。

 その時、徐岳の視界の端に動くものが映った。

 待て、と言う前に採掘坑が爆発した。

 爆風が一同を襲った。呻きながら立ち上がると、採掘坑は岩に埋もれていた。

「うわあ、もう帰るぞ。俺は威勝へ帰る」

 叫ぶ田定を、徐岳が殴った。

「黙ってろと言ったろうが。くそ餓鬼が」

 転がる田定を見る目は、とても冷たかった。殺されないだけでもありがたいと思え。そんな目であった。

「くそう、探せ探せ。どこかにいるはずだ。絶対に探し出して、ぶち殺してやる」

 項忠が吼える。

 手下が別の足跡を見つけた。今度は慎重にそれを追う。作業場を越え、川岸に出た。南北に流れ、黄河につながる汾水(ふんすい)だ。

 なるほど、ここから石を運んでいるのか。

 いたぞ、と徐岳が指をさす。何艘も船が浮かび、人が乗り込んでいるところだった。

 手下たちが斜面を駆け下りる。村人たちが気付き、混乱が生じた。手下が村人に襲いかかった。

 白刃が閃く。

 雪の上に鮮血が飛び散る。その横に刀を握ったままの腕が落ちた。村人ではない、手下の腕だった。

 村人が刀を持っていた。それは李俊らの手下であった。

 村人たちは童猛が送って行った。梁山泊へ、である。

 非力な村人と侮ってかかった手下たちは次々に斬り倒されてゆく。

 徐岳の顔が赤黒く歪んだ。馬を走らせようとしたところへ、矢が飛んできた。徐岳は刀で弾き返すが、悲鳴が聞こえた。

 田定だ。田定の腕に矢が突き立っていた。

「徐岳、ここは退くしかあるまい」

 項忠はすでに馬首を返していた。田定も泣き叫びながら、逃げだしていた。

 くそ、と歯噛みし、徐岳が躊躇っていると、

「おい、どうした。まさか部下の仇もとらずに逃げる気じゃあるまい」

 張横が両手を広げ挑発した。

 船の周囲で、立っている手下はわずかだった。

「貴様たちは必ず殺してくれる。その面、絶対に忘れんぞ」

 徐岳は堪え、その場から脱した。

 張横がつまらなさそうに唾を吐いた。弓兵を率いていた李俊が戻ってきた。最後の一人を倒した童威が言う。 

「あいつら、追わなくていいんですか」

「放っておけ。下手に追って犠牲を出したくない」

 李俊の言う通り、梁山泊側には負傷者すらいなかった。

 不服そうな童威に張横が声をかけた。

「酒でも飲もう。後始末に忙しくなるんだ、今のうちに休んでおくぞ」

 とやや強引に童威を引っ張って行った。

 李俊は二人を見送ると、長いため息を吐き、天を仰いだ。

 だがその顔はどこか爽やかだった。

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