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新生

 近くにいた猫を蹴飛ばした。

 猫は短く悲鳴を上げ、窓からどこかへ逃げて行ってしまった。

 文机(ふづくえ)にあった硯を床に叩きつけ、割った。

 だがこのいらつきがおさまる気配はなかった。

 きぃ、と金切声を上げ頭をかきむしる。

「己の誕生祝いを奪われたのだ、己でなんとかしろというのだ。まったく」

 楊戩(ようせん)は先ほどまで蔡京に呼び出されていた。

 梁世傑から蔡京への誕生祝いである生辰綱を奪った晁蓋一味が、梁山泊へ入山したという情報があったのだという。

 そこで普段、梁山泊近辺で私腹を肥やしている楊戩に、お前の管轄だからお前の責任だ、などという無理を言ってきたのだ。

 だが宰相たる蔡京の命令だ、何とかせねばなるまい。

 聞けば強奪犯の捜査を担当していた何濤とか言う男は両耳を落とされ、見るも無残な姿で役所が保護したという。

 楊戩は思い出しただけで身震いをし、両耳を手で覆った。

「何とむごい事を」

 犯人捕縛に失敗した何濤には流刑が宣告されていたというが、どこへ流されたのか知る由もなかった。

もっとも知ろうとも思わなかったのだが。

 梁山泊一帯は自分の縄張りだという気持ちはある。蔡京の命令もあるが、やはり何とかしなくてはならないだろう。これ以上、賊どもに力をつけさせては己の懐に入る物も無くなりかねない。

 楊戩は呼吸を整えると、髪を整え鏡に向かう。

 汗で乱れた化粧を一度落とし、白粉(おしろい)をたっぷりと塗り込んだ。

 そして頬と唇に紅を差す。

 割れた硯を片付けさせ、文机に向かう。筆にたっぷりと墨を含ませ、紙へと落とす。

 楊戩は書き上げたそれを、配下の者へ渡した。

 恭しく盆に載せられて運ばれてゆくそれは命令書だった。済州に宛てた、梁山泊への攻撃命令である。

 梁山泊を潰滅せよ、それは蔡京の命令でもあった。

 場合によっては自分の蔵からもいくらか出さなくてはならないだろう。楊戩は、この攻撃の成否よりも、その事が気にかかって仕方なかった。

 窓辺に、先ほど蹴飛ばされた猫が戻って来ていた。

 猫は背を伸ばすと、退屈そうに大きなあくびをして目を瞑ると身体を丸めてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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