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新生

 やがて宴が終わり、晁蓋一行は宿舎へと案内された。

「いやはや、まったくすごい所ではないか、この梁山泊は」

 晁蓋が呉用たちと酒を飲んでそう言った。宴で残った酒を宿舎に持ってきたのだ。

「王倫どのが歓迎してくれねば、わしらは行くあてもなかったのだ。この恩は忘れてはならぬぞ」

 杯を持って、晁蓋が一同を見渡す。それを冷ややかな声で呉用がたしなめた。

「晁蓋どの、あなたは本当に人が良い。あの王倫とかいう男、相当の食わせ者ですよ」

「どういう事です、先生」

 呉用が杯の酒を飲み干し、目を細める。

「私たちを仲間にするつもりが本当にあるのならば、すぐにでも言ってきたはずです。あの王倫、聞くところによると肝の小さな男だとか。先日入山した林冲どのとも、ひと悶着あったとか」

 ううむ、と晁蓋が顎に手を当てて唸った。

「晁蓋どのが、事の顛末を話すにつれて、王倫の顔色が青ざめていくのが分かりました」

 呉用がそう続け、確かにと公孫勝も相槌を打った。

「王倫には大志はないのでしょう。官軍と事を構えるなどもってのほか、この山の大将でありさえすれば満足なのです。だから私たちのような者を受け入れるはずがない」

 じゃあどうするんで、と劉唐が尋ねた。

「この梁山泊に味方がおります」

 呉用は目を細め、羽扇を口元でくゆらせた。

 

 林冲は部屋に戻っても落ち着く事ができなかった。

 思い返すだけで胸の奥がもやもやとする。宴での晁蓋たちに対する王倫の態度は、自分が梁山泊に来た時のそれと同じだった。

 このままでは晁蓋たちも体よく追い払われるのだろう。己よりも優れるものを認めようとしない王倫に、この数カ月なんとか我慢してきたが、それも限界のようだ。

 林冲は酒を手に晁蓋たちのいる宿舎へと向かった。

「お待ちしていましたよ、林冲どの」

 開口一番、呉用という男がそう言った。

 待っていた、だと。自分が来ることが分かっていたというのか。

「失礼ながら宴席で林冲どののご様子を見ておりましたが、何か思う所がおありのようだと感じておりました」

 林冲は素直に恥じた。王倫への不満を隠していたつもりだが、あからさまに態度や表情に出ていたようだ。

「いや、今夜の宴での非礼を詫びようと思いまして、やって来た次第です」

「東京の禁軍教頭、林冲どのと言えば天下に名を知られた好漢。失礼ですがどうして第四席などに甘んじておられるのです。頭領の王倫どのがあなたを上回っているとはどうしても思えないのですが」

 豹子頭林冲の名は、晁蓋はもちろん劉唐、公孫勝とて耳にしていた。彼らもひと目見て実力、人品ともに王倫をはるかに上回っている事を見てとっており、呉用に賛同の意を示す。

 しばしの沈黙の後、林冲が口を開いた。

「誠にありがたいお言葉だが、私は人を束ねるのには向いておりません。しかし、王倫の狭量さにはいささか辟易(へきえき)していた所なのです」

 呉用は目を細め、羽扇をくゆらせている。

「実力のある者を妬み、己の地位を脅かす者を排除する。山賊に身を落としはしたが、これ以上奴の下では働けぬ」

 林冲は一気に杯をあおり、晁蓋を見据えた。

「この梁山泊には新しい頭領が必要だと思っております。そこへ晁蓋どの、あなたが来てくれた」

「わしが、ですと」

 突然の事に慌てる晁蓋。

 まずは梁山泊に入山できれば良いと考えていたが、自分が頭領になれと言われるとは。

 答えを待つような視線を送る林冲。

「晁蓋どの」

 呉用が口を添える。

「先ほど話していたように、やはり王倫は私たちを仲間にするつもりはないようです。このままでは我々は路頭に迷ってしまいます」

「そうだぜ晁蓋どの、あんたが頭領になれば面倒くさくねぇ」

 劉唐が吼え、公孫勝が首肯する。

「そうだよ。そうすりゃこの湖のでっけぇ魚が獲り放題だぜ」

「まったくだ、なあ晁蓋どの」

 阮小七の言葉に阮小五が同意する。阮小二も微笑んでいる。

「どうしますか、晁蓋どの。皆もこう言っていますよ」

「待て待て、気持ちは嬉しいがあまりにも急過ぎるのではないか。急(せ)いては事をし損じる、というではないか」

「晁蓋どのらしくありませんね。善は急げ、ですよ」

 呉用の言葉に唸る晁蓋。

「晁蓋どののおっしゃる事はわかりました。明日の朝、もう一度王倫と会う事になるでしょう。その時にあなた方を追い出すような事があれば、私が抗議しましょう。それでも聞く耳を持たないようであれば、その時は晁蓋どの、あなたが頭領になる時です」

 うむ、と晁蓋。

 では、と立ち去る林冲。

 一同は期待を込めた目で晁蓋を見ていた。

 

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