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鳳雛

 五日間、梁山泊は動かなかった。

 六日目、昭徳に追魂箭の聶新と、奪命剣の馮玘が率いる援軍二万が到着した、

 動かぬのは策がある訳ではない。そう判断し、孫琪、戴美に兵を与え、喬道清自らも出陣した。

 南の五竜山に陣を構え、梁山泊軍を囲むようにする。四人の編将を従え、喬道清が駆ける。宝剣を抜き、術の準備をする。

 すると梁山泊の陣が割れ、ひとりの男が進み出て来た。

 喬道清の眉がぴくりと動いた。

「ほう、術を使う者か」

 感心するように喬道清が言った。

 樊瑞が静かに、馬に揺られる。

 喬道清が邪悪な笑みを浮かべた。

「どれ、腕比べといこうじゃないか。お前たち、邪魔をするなよ」

「我は樊瑞。いざ」

 す、と樊瑞が背の宝剣を抜いた。対峙する喬道清が馬腹を蹴った。

 幻魔君と混世魔王、二人の魔がぶつかった。

 剣と剣が軋る。八つの蹄が縦横に走り、土埃が舞い上がる。次第に、互いの周囲に黒い気が湧き出してきた。

 剣を振るう度、黒気が相手目がけて飛んだ。喬道清の黒気が流星のように飛ぶ。樊瑞は、剣を立てるように構え、自らの黒気でそれを弾いた。

 樊瑞が溜めた黒気が竜の顎のようになり、喬道清を襲った。喬道清はすかさず宝剣を横に倒し、左の人差し指と中指を剣先に添えた。

 そして一喝。

 黒気は無数の巨大な棘と化し、黒竜の顎を突き破った。

 何度そのような攻防が続いただろうか。

 ふいに、喬道清は感じた。

 間違いない、この男も。

「力が欲しかった、のか」

「なっ」

 樊瑞の剣が乱れた。

 すかさず喬道清が、黒気を纏った宝剣で斬りつける。樊瑞の戦袍の腕のあたりが裂けた。露わになった腕に、赤い筋が走った。

「力が欲しかったのではなかったのか」

「そうだ、欲しかった。だが求めていたものではなかった」

 樊瑞が一気に間合いを詰めた。

 樊瑞の目が妖しく光る。次の瞬間、喬道清が業火に包まれた。

 幻術だ。即座に喬道清は悟った。だが炎を恐れる本能が反応を遅らせた。

 横に一閃。樊瑞の剣が、喬道清の胴を薙ぎ払った。

 出ごたえが、ない。

 二つに斬り裂かれた黒衣だけが、地面に落ちた。喬道清の姿はどこにもない。

「力が欲しければ、手段を選ぶな。だからお前は弱いのだ」

 喬道清の声が、敵陣から聞こえた。

 烏竜蛻骨の法、か。

 斬られた刹那、樊瑞との対決から脱したのだ。

 宝剣を握る、樊瑞の手に力が込められた。

 

 奴は、自分だ。

 公孫勝に魔を落とされなければ、ああなっていたのだ。

 樊瑞は鞍上に立ちあがった。宝剣を喬道清に向け、術を唱えた。樊瑞の目が光ると、一面を覆う業火が、昭徳府軍を包みこんだ。

 悲鳴を上げ、逃げようとする昭徳府兵。だが喬道清は微動だにしない。

「まやかしなど無駄だと分からぬのか」

 今度は喬道清が宝剣を天に向けた。たちまち天が黒雲に覆われ、雷鳴が轟きだした。そして地面に何か落ちてきた。

 雹だ。

 大粒の、人の頭ほどもあるような雹が激しく降り注ぐ。今度は梁山泊軍が悲鳴を上げる番となった。

「負けれらぬ」

 樊瑞の目が燃えるように光る。

 突風が吹いた。四方から狂風が起こり、砂を巻き上げ、昭徳府軍を襲った。

「つまらぬ。つまらぬぞ」

 喝、と喬道清が叫んだ。

 天が光った。雲が割れ、そこから何かがわらわらと飛び出してきた。

 金甲兵だ。林冲が叫んだ。

 陣を固め、敵襲に備える。団牌兵が宋江を囲むように位置につく。

 帥字旗を持つ、郁保四の顔が強張った。そして自らを鼓舞するように吼えた。

「来るなら、来てみやがれ」

 喬道清が馬を駆った。

 雷震、倪麟、費珍、薛燦の四編将も続く。さらに飛来した金甲兵を伴い、乱戦となった。

 樊瑞が懸命に術を駆使し、金甲兵を押さえこもうとする。だが、金甲兵に腕を斬りつけられてしまった。宝剣が地に落ちてしまう。

 それを機に、金甲兵の勢いが増した。

 くそっ。宝剣を拾おうとした樊瑞の背を、金甲兵が踏みつけた。

 血を吐き、樊瑞が地に突っ伏す。

 林冲が金甲兵を屠り、樊瑞を助け起こした。

「しっかりしろ、樊瑞」

「す、すみません」

 勝てない、のか。

 魔の力を手放した自分では、勝てないのか。

 力が欲しい。

 力が欲しい。

 む、と喬道清が樊瑞を見た。そしてにやっと笑う。

「いいぞ、欲しろ。そうすればお前も強くなれる」

 樊瑞の耳にその言葉が響く。

 強く、なれる。強く、なりたい。

「そうだ、もっと願え」

「よせ、樊瑞」

 林冲の言葉が、遠くから聞こえてくるように、ぼんやりとする。

 力が、力が。

 樊瑞が、かっと目を見開いた。

「力など、魔の力など」

 いらぬ。

 樊瑞の右足の甲に、宝剣が突き刺さっていた。己で貫いたのだ。

 目が醒めた。

 二度と、魔には堕ちぬ。

 突如、黒雲に一条の光が照射された。その光で、黒雲が霧消してゆく。

 さらに金甲兵たちの動きが緩慢になり、操り糸が切れたように墜落し出した。

「何者だ」

 喬道清が目を剥いた。樊瑞ではない。では誰が。

 男が一人、いた。

 樊瑞に優しく語りかける。

「よく耐えた。あとは私が」

 梁山泊の陣から現れたのは、公孫勝だった。

 手には松紋の古定剣。

「お久しゅうございます、師兄」

 喬冽と公孫勝。道清と一清が、再会を果たした。

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