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鳳雛

 三昧神水の術が破られた。

 何故だ。向こうには術を使うものはいなかったようだが。

 昭徳が戦勝気分の中、喬道清はひとり浮かない顔だった。

 釈然としない喬道清の元に、昭徳の将孫琪が姿を見せた。

「準備ができております」

 捕らえた梁山泊の頭目たちが後ろ手に縛られ、並ばされている。

 李逵、項充、李袞、劉唐。そして裏切り者の唐斌を、喬道清が見下ろす。

「話は聞いていたが、とんだ喰わせ者だな。孫安の見込み違いだったようだ」

「ふっ、自分の見る目がないとは考えられないのかい」

 不敵に笑う唐斌。喬道清も同じように微笑む。

 孫琪がいきなり唐斌を殴りつけた。唐斌が血の混じった唾を吐いた。

「田虎さまに逆らう逆賊め。本当なら首が飛んでいるところだぞ」

 見ていた李逵が噛みつかんばかりに吼えた。

「手前ぇ、何しやがる。この黒旋風の李逵さまがぶん殴ってやる」

 両肩の筋肉が盛り上がり、縄がみちみちと音をたてはじめる。

 驚いた孫琪が、部下たちをに命じ棒で取り押さえさせた。

「さがれ、孫琪」

 ばつが悪そうな顔をする孫琪。

 非礼を詫び、一同を見渡す喬道清。

「お主たち、腕が立つようだな。田虎さまの軍門に下らぬか。共に腐った世を正そうではないか」

 場が静寂に包まれる。そして、静かに、劉唐の笑い声が聞こえた。

「くっくっく、見る目がない、か。確かに唐斌の言う通りだ」

 一同が笑いだす。

 孫琪が、静かにしろと命じるが、聞くはずもない。

 項充と李袞も言う。

「まったくだ。命が惜しくて田虎の下につくと思ったのか。見くびられたもんだぜ」

「ああ、俺たちは死ぬまで梁山泊だ。いや、あの世でも梁山泊さ」

 喬道清が激昂した。

「そこまで言うなら、死ぬが良い。こいつらを連れて行って。処刑してしまえ」

「わはは、望むところだ。斬りたいなら何百回でも斬ったらいい。ちょっとでもおいらが眉をしかめたら、好漢とは呼べぬわい」

「良く言った、李逵。くそ道士よ、首を切り落としても、俺たちのこの鉄の膝は簡単に屈することはないぜ。よく見とくんだな」

 李逵と劉唐がそう言って、爽やかに笑った。

 兵たちが李逵らを引き立ててゆく。

 喬道清は、抵抗することなく連れられてゆく姿に何故か引きつけられた。悪態をつく孫琪の言葉も聞こえなかった。

 床几に腰をおろしたが、落ち着かない。なにか、間違いを犯したのではないかという思いが、喬道清を突き動かした。

「処刑を止(や)めろ」

 そう口走っていた。

「何か、他に使い道があるはずだ」

 と言い訳のように添えたことを悔いた。

 見る目がないだと。あいつらに何が分かる。そう思う喬道清の脳裏に、羅真人の姿が浮かんだ。

 そして、幼い頃の、あの弟弟子(おとうとでし)の姿も。

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