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鳳雛

 宋江らが退き、李雲の攻城部隊と合流した。

 気付いた劉唐が駆け寄ってくる。

「どうしたこんな所まで、林冲。む、宋江どのまで」

「妖術だ。奴ら追ってくるぞ、態勢を整えろ」

 林冲の指示を飛ばし、李雲は、宋江を守るように荷車を配置した。

 兵たちが空を指している。

 先ほどの金甲兵が二十人ほど飛来してきた。

 梁山泊軍がゆっくりと下がる。

「宋江どの」

 李雲が叫んだ。

 振り返った宋江は目を大きく見開いた。

 どういう事だ。これも妖術なのか。

 今の今まで、周囲は平原だった。だがいまは、大洋のように満々と水が張られていたのだ。そして遥か彼方まで広がっており、どこまでも深く見えた。

「本物、のようです」

 水に足を踏み入れた李雲が言う。裾がしたたかに濡れている。

 退路が断たれた。

 その間にも金甲兵が迫る。

「くそっ、おめおめとやられるかよ」

 劉唐が朴刀を構え、金浩兵を迎え討つ。

 おらあっ、と気合一閃。金甲兵の体が真っ二つになった。

 一気に梁山泊の士気が上がる。林冲が一体を屠れば、劉唐がさらに一体をぶった斬る。

 しかし、昭徳府の方角からさらに十数体の金甲兵が飛来した。

 三体目の首を飛ばした劉唐。だがその背後に新たな金甲兵が現れた。

 劉唐は振り向く事もできず、背後からがっしりと抱きかかえられた。李雲が救出に向かおうとするが、阻まれてしまう。林冲もひとりで四人を相手取っている。

 劉唐を抱えた金甲兵が飛びあがった。

「劉唐」

 宋江が手を伸ばすと、その金甲兵の軍装の端を掴むことができた。しかしそのまま宋江まで空中に持ちあがってしまう。だが宋江の足首を、すんでのところで郁保四が掴んだ。

「俺にかまわず放してください。宋江どのまで捕まっちまう」

「放すものか。このまま引くのだ、郁保四」

 郁保四がありったけの力を込め、歯を食いしばる。

 だが金甲兵は動かない。宋江の体が無理に引っ張られるだけだ。

 両手ならばと思うが、左の手には帥字旗がある。これを、旗を倒す訳にはいかない。

「くそっ、この野郎」

 振りほどこうと劉唐がもがくが、微かに揺れるだけだ。

 金甲兵はしばらく感情の無い目で宋江らを見ていたが、やがてさらに空中へ上がり始めた。

 郁保四の右腕に太い血管が浮かぶ。

 その腕に矢が突き立った。すぐにもう一矢。

 一瞬、力が抜けそうになったが、それでも放さなかった。

「くそったれがあ」

 血に塗れ、郁保四が吼えた。

 金甲兵に加え、昭徳の軍が追いついてきていたのだ。

 劉唐、と宋江が叫んだ。

 宋江が手を放してしまった。限界をとうに超えていたのだ。

 見る間に金甲兵が豆粒くらいに小さくなってしまった。

「宋江どの。郁保四も大丈夫か」

 李雲が兵と壁になる。

「観念しろ。降伏すれば命は助けてやるぞ」

 敵将の声が聞こえる。だが帥字旗が雄々しくはためいているを見て、近づくことはしない。

 感覚の無くなった手を擦りながら、宋江が険しい顔をする。

 万事休すか。

 郁保四が持つ、梁山泊の旗を見上げる。

 敵に捕らわれるよりは。

 宋江が腰の刀を抜いた。

「お待ちください」

 宋江らの前に、突如見知らぬ者がいた。

「ご安心ください。あなた達をここから逃がして差し上げましょう」

 実に奇怪な風貌だった。

 体は青黒く、髪は赤みがかっている。さらに目を引くのが、額に盛り上がるように突き出た二本の角であった。牛のようなものではなく、肉でできた角のようだった。

 安心しろと言われても、不安は拭えない。

 李雲が宋江に告げうr。

「宋江どの、信じてみましょう」

 刀を下げ、宋江が頷いた。

 では、と謎の男が足元の土を掬(すく)った。横目に宋江たちを見る。

「しばらくの間、そなたたちは災厄に遭う定め。だが持ちこたえよ。必ず運気は開けよう」

 謎の男が土を水の上に投げた。

 すると見る見るうちに水が引き、もとの平原が現れた。

 梁山泊軍が驚きと歓喜の声を上げる。

 謎の男が、李雲にぼぞりと告げた。

「過日は世話になった、その礼だ。あの彫り師にもよろしく伝えてくれ」

 優しく微笑むと、角のある男の周囲に風が起きた。そして風が止むと、その姿が消えていた。

 梁山泊軍が退却した。昭徳府軍は追ってこなかった。

 水の術を破られ怯んだのだろう。

 五、六里行くと扈三娘、孫新らの隊と会った。

 助かった。

 呉用の待つ陣に戻り、郁保四が旗を据えた。

 そして大きな息を吐き、地面に大の字になった。腕には矢が刺さったままであった。

 替天行動の旗が翻る。

 李雲はそれを見ながら、満足そうな顔をしていた。

 退却中、古い廟がある場所を過ぎた。そこで思い出したのだ。角のある男が何者なのかを。

 太原、石室山からの帰路、この付近を通った。そしてひと騒動あった後、廟の修復をした。祀られていたのは確か、戊己の神だった。

 戊(つちのえ)己(つちのと)すなわち土。五行でいう土克水、土は水に克つ。なるほど、術を破れる訳だ。

 こうなることを期待した訳ではない。だが結果、梁山泊を救う事となった。

 李雲は、金大堅の驚く顔を早く見たいと思った。

 果たして、信じるだろうか。

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