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仇敵

 卞祥はどうすれば良いのか分からなかった。

 梁山泊の頭領、宋江が言った。自分と勝負をすると、言ったのだ。

 これは笑うべきなのか、それとも怒るべきなのか。

 卞祥は、胸ほどまでしかない宋江を見下ろしている。これで自分と戦おうというのか。もしかして、実は恐るべき力を秘めているのだろうか。世の中にはそういう者がいるとも聞く。 

 しかし、剣の握り方見る限り、とてもそうは思えない。

「九紋竜よ」

 思わず史進に声をかけてしまった。

「お前が戦え。こないだの勝負の続きだ」

「おい、聞いてるのか。宋江どのが直々に相手すると言ってるんだ。ありがたく思うんだ」

 馬鹿な。

 この事態に菅琰たちも、戸惑っている。

 卞祥が開山大斧を両手で握る。腰をやや落とし、大斧を水平ぎみに構えた。対する宋江は剣を、右胸辺りで縦に構えている。

「どうなっても知らぬぞ」

「来い」

 卞祥が力強く踏み込む。突風が吹き荒れた。

 飛ばされた剣が、地面に刺さった。宋江も吹っ飛び、地面を何度か転がった。

 だから言ったのだ。

 宋江が何とか立ち上がった。そして剣を取り、再び構えた。肩で息をしており、構えるのがやっとである。

 卞祥のこめかみに青い筋が立った。

「何をしている。終わりだ」

「終わってなどいないぞ」

 宋江が駆けた。卞祥に向かって二度、三度と斬りつけた。だがかすりもせず、卞祥が防いでしまう。そして蠅を払うように、またも転がされてしまった。

 宋江が立ち上がった。口元に血が滲んでいる。

 卞祥が史進を見た。史進は一歩も動かずに、戦いを見守っている。

 お前たちの頭領がどうなっても良いのか、九紋竜。

 そして気付いた。どうして敵の心配をしているのだと。梁山泊の頭領を討てば、田虎軍の勝利ではないか。

 しかし、しかし。

 向かって来る宋江をの襟首を掴み、放り投げた。大人にあやされる子供のようだ。

「いい加減にしろ」

 またも宋江が地面に転がる。戦袍も顔もすでに泥まみれだ。

 だが、剣を杖にしてまた立ち上がった。そして卞祥に向かって叫ぶ。

「どうした、手加減は無しだ。思いきり来い」

「手加減など」

 吼える卞祥。なんだこの気持ちは。

 目の前の小男を、真っ二つにするだけで良いのだ。

 それで終わる。

 卞祥が開山大斧を頭上に振り上げた。

 なぜか卞祥の息が荒くなってきた。鼓動が早くなる。頭が朦朧としてきた。

 助けて、という悲鳴が聞こえた。そして喚声、剣戟の音。あちこちから悲鳴。男も女も子供も老人の声もあった。やがて火が爆ぜる音がした。悲鳴と喚声はまだ続いている。

 あの時の、州兵に襲われた村の様子が蘇っていた。

 太斧を掲げたまま、卞祥が涙を流していた。

 できない。斧を振り下ろす事ができない。

「うわあああ」

 叫び、己を鼓舞しようとする卞祥。だがやはり腕が動かない。

 敵だ。敵の将だ。何度も言い聞かせた。

 やれ。振り下ろせ。

 さらに息が荒くなる。腕は動かない。

 違う。この斧は、このような弱い者を切るためのものではないのだ。弱い者を守るためのものなのだ。

 かはっ、と大きく息を吐き、尻もちをつく卞祥。菅琰たちが駆け寄る。

「宋江、お前、死ぬのが怖くないのか」

「もちろん、怖いさ」

 だが、と続ける。

「もっと怖いのは、臆病風に吹かれ、何もできずに思いを果たせぬ事だ」

「だからって、どうしてここに来た」

「田虎の元に置いておくには惜しい男がいるからだ」

 それが、自分だというのか。

「しかし、俺に殺されていたかもしれないんだぞ」

 その時は、と史進を示してみせる。

「それに、そうはならないと、史進が言っていたからな」

「なんだと九紋竜。俺が、宋江を殺さないと言ったのか。何故そう言いきれる。それに、宋江。お前はそれを信じたのか」

「私は、梁山泊の皆を信じている」

 と誇らしげに言った。

 卞祥は、いつの間にか宋江を見上げる形になっていたことに気付いた。

「史進の言った通りだ。私に、梁山泊に力を貸してくれないか」

「敵に力を貸せというのか。ふざけた事を」

「お主は田虎に忠誠を誓ったのだから当然だ」

 なおさら、何故だ。卞祥が訝しむ。

「すべてが終わってからでいい。最後まで忠義を尽くすのが、お主のやり方だろうからな」

「田虎さまが負けるというのか」

「私は何も言っていない」

 ぐ、と卞祥が言葉に詰まる。

 宋江が綿山を下りてゆく。

 史進が卞祥を見て、

「じゃあな。待ってるからよ」

 と手を上げて、宋江を追って行った。

 卞祥は地べたに腰をおろしたまま、空を見上げた。

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