
108 outlaws
仇敵
三
田虎は、梁山泊軍と戦い敗走した。
だが威勝に残る田豹、田彪はその事実を知らない。そして田虎のいない今、二人は羽を伸ばし、酒を飲んでいた。
「兄貴はいつからあんなに癇癪持ちになったんだろうな。部下はおろか、俺たちにまで当たり散らすもんな」
「そうだな。まるで兄貴一人の力で、ここまで成し遂げたみたいな顔をしているからな」
「まったく、汾陽も晋寧も仕方ないじゃないか。大体、孫安や喬道清どもが裏切ったせいなんだ」
そうだそうだ、と田彪が合の手を入れる。二人はそれぞれ汾陽と晋寧の守将をしていたのだ。
そして大きなため息をつく。
あの頃が懐かしい。この威勝を陥とした頃が一番楽しかったのではないか。
「何してるんだ、叔父さんたち。父さんが戦に出てるんだぞ」
田虎の子、田定だ。
ちっ、と田豹が舌打ちをする。
「ああ、俺たちは大事な会議をしているんだ。邪魔しないでくれないか」
「嘘だ。酒を飲んでるじゃないか」
田彪がにやりと笑った。
「お前は父親の会議を見てなかったのか。兄貴はいつも酒を片手に軍議をするのだ。その方がいい考えが浮かぶのだ」
「えっと、確かに、そうかもしれない。でも」
田豹が田定を掴み、引き寄せた。そして杯を無理やり持たせる。
「お前も混ぜてやろう。ほら、まずは飲め」
「でも、俺はあんまり飲めなくて」
「何言ってやがる。太子だろうお前は。ぐいっと男らしくやれよ」
田彪が酒を注ぎながら笑う。
飲めないのは知ってるぜ。だから、じゃねぇかよ。
数杯飲まぬうちに田定が寝息を立てはじめた。顔が真っ赤である。田豹と田彪はそれを見て笑いながら宴を続けている。
「田豹さま、田彪さま。おや、そこにいるのは」
と、今度は范権が現れた。
まずい。
「いやあ、太子どのが飲みたいというもので。あまり強くはないのに」
田豹の言葉に、范権はそうですか、と言うだけだった。
そして、
「我が軍が戻りました。田虎さまもお戻りです」
「本当か。それで、勝敗は」
「分かりません」
田豹と田彪が城壁へと駆けた。
先頭にいるのは葉清そして、鄔梨の義娘である瓊英だ。田虎は中央で、兵たちに守られるように騎乗している。
「田虎さまをお守りしてきました。再度討って出るため、軍備を整えます。城門を開けてください」
瓊英の澄んだ声が響く。
「おい、兄貴は無事なのか」
「よく見えねぇな。ぐったりしてるみたいだが」
田豹、田彪が城壁から乗り出すように確かめようとする。
するうちに城門が開いた。
范権が指示をしたようだ。
「何やってる」
「早く田虎さまを休ませなければ。田豹さまたちも酔いを覚ました方が良いかと存じますが」
確かに、と二人は思った。
門を入る葉清が、范権を見た。微かに、范権が頷いた。
「よし、かかれっ」
葉清が号令を発した。兵たちが一斉に刀を抜き放つ。威勝の田虎軍は何が起きたか理解できなかった。
田豹と田彪も慌てふためく。酔いが回ったまま、何とか刀を手にした。
すでに葉清は裏切っていたのだ。そしてあれは田虎ではない、似た誰かだったのだ。謀られた。
威勝の兵が斬り伏せられていく中、必死に抵抗する田豹と田彪。
息を切らし、孫如虎と李擒竜が城内を駆けていた。
「おい、どっち行けばいいんだよ」
「分からねぇよ」
と威勝兵と斬り合いながら右往左往する。
角を曲ったところに、目の前に身なりと体格の良い男たちがいた。
田豹と田彪だった。
「何だお前たち」
「雑魚はお呼びじゃねぇんだ」
その迫力に思わず足が竦んでしまう。
「どうして敵の親玉と出会っちまうんだよ」
「知るかよ。ど、どうする」
田豹と田彪が襲いかかってきた。悲鳴を上げ、転がるように刀から逃げる二人。
壁と床に傷が増えてゆく。
だがついに追い詰められてしまった。孫如虎と李擒竜は抱き合って震える。
「ああ、もうお終いだ」
「そうだなあ。こればっかりは俺にも分かるよ」
田豹が一歩、詰め寄った。田彪が刀を構える。
ひいっと、目を閉じる孫如虎と李擒竜。
その時、鈴の音が聞こえた。
風が吹いた、気がした。
からからと、田彪の刀が床に転がる。何が起きたのだ。
「無抵抗の者に手を上げようなど」
やはり賊は賊だな。
銀鈴公の耿恭が、そこにいた。
そして再び風のように動いた。
ちりんと鈴が鳴った。刀の柄で、田彪が気絶させられた。
「貴様も裏切り者か。どいつもこいつも、兄貴への恩を仇で返しおって」
田豹と耿恭が斬り結ぶ。力は田豹が上だが、腕では耿恭だった。数合打ち合い、田豹が両手を上げた。
「待て、俺の負けだ。降伏する」
「武器を捨ててもらおう」
「わかったよ」
田豹が刀を床に捨てた。
「無事だったか、孫如虎、李擒竜」
耿恭が振りかえる。
だが、孫如虎が何かを叫んだ。
田豹が耿恭にぶつかってきた。
田豹の手には短刀。それがみるみる赤く染まってゆく。
熱い。胸が、熱い。
「けっ、油断しやがって」
「うわあああ」
孫如虎と李擒竜が叫んだ。
今度は二人が田豹に突進していた。弾き飛ばされる田豹。そしてすぐに葉清の部下たちが殺到してきた。手にする縄で田豹と田彪を縛り上げてゆく。
「耿恭さま、耿恭さま」
涙を流す孫如虎。李擒竜は言葉も出ない。
耿恭が孫如虎の腕に手を添えた。
「二人がこ奴らを食い止めてくれたおかげだ。お主らの手柄だ。誇るが良い」
「ち、違います。俺たちは、なにも」
「そいつらなんか良い、早く手当を。早く」
耿恭が最後の息を吐いた。
田豹と田彪が引き立てられてゆく。
いつまでも孫如虎と李擒竜は、耿恭の側を離れなかった。