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仇敵

 聖水将、単廷珪の水計。

 雨で増水した川の流れを変えるための溝を、陶宗旺らが作った。そして土留めを切り崩し、一気に水を太原に放った。

 李俊、童威、童猛は配下らと筏で、その流れに乗った。押し寄せる水と共に奇襲をかけ、城内に乗り込むのだ。梁山泊水軍でも、一流の腕がなければできない芸当である。

 まったくとんでもねぇ策を思いつきやがる。李俊が筏を繰りながら思う。

 ぐんぐんと太原城が迫る。

 李俊が合図をする。

「間もなく太原だ。衝撃に備えろ」

 水の高さは城壁近くにまでなっていた。

 李俊たちに気付いた敵兵たちが騒いでいる。

 筏が衝突し、城壁が揺らいだ。梁山泊水軍が城壁に飛び移る。

 太原の兵たちがさらに慌てふためく。敵襲など予想だにしていなかったのだ、抵抗する間もなく斬り伏せられてゆく。

 童威と童猛が刀を閃かせながら城壁を駆ける。

「貴様らだったか」

 徐岳だった。浅黒い顔をさらに赤黒くしている。

「その面、忘れられるものか」

 石室山で干戈を交えた件だ。

 だが童威は飄々と、

「こっちは、お前の面なんて覚えちゃいねぇよ」

 と斬りかかる。

 受け止める徐岳。だが後続の筏が城壁に衝突した。童威は、徐岳が体勢を崩した隙を見のがさなかった。

 袈裟斬りにされた徐岳が、悲鳴と共に城壁から落ちていった。

 少し先では、項忠と童猛が斬り結んでいた。童猛に気迫負けした項忠が逃げようとしたところ、ばっさりとやられた。

 童威が檄を飛ばし、兵たちを鼓舞した。

 李俊が城壁を駆ける。

 一番高いところに、いた。太原の守将、張雄だ。

 張雄が兵たちをけしかけるが、怯えてしまって李俊の相手ではない。しかも逃げる者まで出る始末。

「さあ、どうするね。降伏するかい」

 くそう、と叫び、張雄が襲いかかってきた。

 望楼塔の名の通り、李俊が見上げるほど大きい。その長身から繰り出す一撃は、さすがに強烈だった。

 転がるように刀を避け、距離をとる李俊。

「はっ、せめてお前だけでも殺してくれる」

 張雄が刀を振り下ろす瞬間、李俊が駆けた。足から滑り込み、張雄の股の間を抜ける。

 あっ、と悲鳴が聞こえた。膝をつく張雄。右脚から血が噴き出している。

 背後に李俊が迫る。

 今度は張雄が見上げる番だった。

 最後に見たのは、無慈悲な李俊の顔だった。

 

 太原に上がる梁山泊の旗。

 それを確かめ、単廷珪が静かに息を吐いた。

 成功した。その安堵で膝が抜けそうだった。

 同じ丘の上では太原の住人がその光景を見ていた。張雄そして徐岳、項忠は残酷な連中で、ほとんどが城外へ逃げ出していたのだ。それを避難させていたのである。

「やったな」

 魏定国がしみじみと言う。

 ああ、と単廷珪が部下に旗を振らせた。

 しばらくすると水が引き始めた。そのための溝を、陶宗旺たちが予め掘っておいた。今の合図で、そちらに水を流したのだ。

「行こう」

 と単廷珪が歩き出した。

 その背中が前よりも頼もしく見えた。

 負けるものか。魏定国が決意を燃やした。

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