
108 outlaws
仇敵
一
聖水将、単廷珪の水計。
雨で増水した川の流れを変えるための溝を、陶宗旺らが作った。そして土留めを切り崩し、一気に水を太原に放った。
李俊、童威、童猛は配下らと筏で、その流れに乗った。押し寄せる水と共に奇襲をかけ、城内に乗り込むのだ。梁山泊水軍でも、一流の腕がなければできない芸当である。
まったくとんでもねぇ策を思いつきやがる。李俊が筏を繰りながら思う。
ぐんぐんと太原城が迫る。
李俊が合図をする。
「間もなく太原だ。衝撃に備えろ」
水の高さは城壁近くにまでなっていた。
李俊たちに気付いた敵兵たちが騒いでいる。
筏が衝突し、城壁が揺らいだ。梁山泊水軍が城壁に飛び移る。
太原の兵たちがさらに慌てふためく。敵襲など予想だにしていなかったのだ、抵抗する間もなく斬り伏せられてゆく。
童威と童猛が刀を閃かせながら城壁を駆ける。
「貴様らだったか」
徐岳だった。浅黒い顔をさらに赤黒くしている。
「その面、忘れられるものか」
石室山で干戈を交えた件だ。
だが童威は飄々と、
「こっちは、お前の面なんて覚えちゃいねぇよ」
と斬りかかる。
受け止める徐岳。だが後続の筏が城壁に衝突した。童威は、徐岳が体勢を崩した隙を見のがさなかった。
袈裟斬りにされた徐岳が、悲鳴と共に城壁から落ちていった。
少し先では、項忠と童猛が斬り結んでいた。童猛に気迫負けした項忠が逃げようとしたところ、ばっさりとやられた。
童威が檄を飛ばし、兵たちを鼓舞した。
李俊が城壁を駆ける。
一番高いところに、いた。太原の守将、張雄だ。
張雄が兵たちをけしかけるが、怯えてしまって李俊の相手ではない。しかも逃げる者まで出る始末。
「さあ、どうするね。降伏するかい」
くそう、と叫び、張雄が襲いかかってきた。
望楼塔の名の通り、李俊が見上げるほど大きい。その長身から繰り出す一撃は、さすがに強烈だった。
転がるように刀を避け、距離をとる李俊。
「はっ、せめてお前だけでも殺してくれる」
張雄が刀を振り下ろす瞬間、李俊が駆けた。足から滑り込み、張雄の股の間を抜ける。
あっ、と悲鳴が聞こえた。膝をつく張雄。右脚から血が噴き出している。
背後に李俊が迫る。
今度は張雄が見上げる番だった。
最後に見たのは、無慈悲な李俊の顔だった。
太原に上がる梁山泊の旗。
それを確かめ、単廷珪が静かに息を吐いた。
成功した。その安堵で膝が抜けそうだった。
同じ丘の上では太原の住人がその光景を見ていた。張雄そして徐岳、項忠は残酷な連中で、ほとんどが城外へ逃げ出していたのだ。それを避難させていたのである。
「やったな」
魏定国がしみじみと言う。
ああ、と単廷珪が部下に旗を振らせた。
しばらくすると水が引き始めた。そのための溝を、陶宗旺たちが予め掘っておいた。今の合図で、そちらに水を流したのだ。
「行こう」
と単廷珪が歩き出した。
その背中が前よりも頼もしく見えた。
負けるものか。魏定国が決意を燃やした。