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仇敵

 霖雨である。

 連日の雨に、梁山泊軍も攻撃の機を欠いてしまった。

 だがこの雨を喜ぶ者もいる。

 太原の守将、望楼塔の張雄は宴を開いていた。

「ざまあないな。この長雨で、すっかり疲弊しているだろうな」

「兵糧も底を突いているでしょうね。まあ、おかげでこっちはしっかりと英気を養えますがね」

 副将、黒羅漢の徐岳がそう言うと、

「まったくだ。弱っている今こそ襲ってしまえば、一網打尽にできるのではありませんかな」

 と同じ副将である赤面仏の項忠が笑った。

「良い考えだ。よし、やるか。しかし、まあ焦ることはないどうせ疲れ切って動けぬのだから」

「違いありません」

「その通りで」

 徐岳と項忠が同時に言い、部下に酒の追加を命じた。

 

 童威がうんざりした表情で呟いた。もう何度目だろう。

「このままじゃあ黴が生えちまいますよ、李俊の兄貴」

 童猛が首肯する。 

 身振りで、攻撃しようと言っている。

 李俊も、疲れたような顔をしていた。

「駄目だ。何度も言わせるなよ。じきに機が訪れる」

「機っていつですか」

 童威の問いに答えず、李俊は目を閉じた。

 脳裏に浮かぶ光景。かつて闇塩を扱っていた時だ。なにも攻撃することばかりが正解ではない。時に、水中に潜むようにじっと耐える事も必要だ。そして機が熟した時に、それを爆発させるのだ。

 混江竜と呼ばれ、怖れられた所以でもある。

 雨の音は、相変わらず途切れずに聞こえている。

 しばらくして、童猛が外を見やった。李俊も続いて目を開けた。

 複数の足音、そして武具の擦れる音。

 魏定国、単廷珪が濡れた髪もそままに入ってきた。

「すまない、遅くなった。道が悪くて、なかなか進めなかったのだ」

 こくりと李俊が頷いた。

「まずは暖を取って、飯でも食ってくれ。陶宗旺、まだあるだろう」

「ああ、でも持ってあと三日って所だ」

 鍋を温め直す陶宗旺。

 先の騒動のため、この地での石材採掘が終わることとなった。陶宗旺は、部下への労いと現場の撤収のために来た。そしてこの雨に捕まってしまったのだ。

 その言葉に、箸を止めた魏定国たち。だが李俊は、心配するなと促した。

 二人が落ち着いたところで、軍議を開いた。

「三日だ。その間に太原を陥とすか、のたれ死ぬか。どちらかだ」

「ここへ来る途中、太原城と周りを見てきました」

 単廷珪だ。

「この雨を利用できそうな計があります」

 一同が身を乗り出した。

 よし、やろう。

 李俊の鶴の一声で、その計が実行されることになった。

 早速飛び出していく魏定国と単廷珪そして陶宗旺。

「童威、童猛」

 二人に、李俊が声をかけた。

「機が訪れたぞ」

 

 童威が兵を率い、太原の辺りをうろついていた。

 その姿を見た敵兵が飛び出したが、童威らは戦う事もせずに逃げてしまった。そして今度は反対の方角に、童猛が率いる一隊が現れた。

 太原の兵は方角を変え、童猛に向かうが同じように見失ってしまう。

 敵兵が城に入り、やや経ったところで、また童威が姿を見せる。西門が開き、兵が殺到するが童威はとっとと逃げてしまった。

 太原兵の苛立つ顔が見えるようだ。

 そしてまた童猛、次は童威、童猛と続けていると、終いには兵が出てこなくなってしまった。

 童威が舌打ちをする。

「なんだよ、全然骨のない連中だな」

 太原城の反対側にいる童猛も同じ事を思っているのだろう。

 石材採掘場から少し離れた森の中、梁山泊兵たちが斧を振るっていた。

 手頃な太さの木を斬り倒し、さらに同じ長さに切ってゆく。

「おい、魏定国。無理すると腰を痛めるぞ」

「心配しないでくださいよ。これでも神火将、木を切るくらい」

 と言う側から、斧の角度を間違え、腕を痺れさせてしまった。

「ほら見た事か。ああ、孟康がいてくれたらなあ」

 雨なのか汗なのか分からないが額を拭い、李俊が腰を伸ばした。

 単廷珪と陶宗旺が丘の上から、濁った川を見ていた。

「だいぶ増えてるな」

「ああ、充分気をつけてくれ」

「もちろんだ」

 陶宗旺が部下を連れ、丘を下ってゆく。肩に鍬や鋤を担いでいた。

 彼らを見送り、単廷珪が川を見る。視線を川下に動かし、そして最後に太原城に至った。

 頼んだぞ。祈るように呟いた。

 己の策だというのに、手伝う事ができないもどかしさ。むしろ陶宗旺たちの邪魔になってしまうからだ。

 眼下では、濁流がごうごうと音を立てていた。

 張雄が大きな欠伸をした。

 酒臭い息を吐きながら小便に向かう。

 外は暗い、まだ夜か。いやまだ雨で日が射さないのだ。

 そろそろ打って出るとしようか。そう考えていた時である。

 低い、地鳴りのような音が聞こえた気がした。

 雷鳴とも違うようだ。

「張雄さま、すぐにお逃げを」

「なんだ、どうしたのだ」

 ただ事ではない様子の徐岳。項忠もやって来て、逃げようと喚く。

 低い音はだんだん大きくなっているようだ。

 身の危険を察知した張雄は二人と逃げた。だが足元が揺れているような気がする。いや、やはり揺れている。

「あれは、何だ」

 外を見た張雄が叫んだ。

 あれは、水か。雨で川が氾濫したのか。

 徐岳と項忠が、必死に急かす。張雄も必死に、一番高い城壁へと逃れた。

 その直後、大量の水が太原を襲った。

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