top of page

因縁

 死者は十五人にものぼった。

 張団練、蔣忠と張蒙方。そしてその配下が殺された。また女中も何人か含まれていた。現場は凄惨を極め、天井にまで血が飛び散っていたという。

 生き延びた者の証言から、犯人は武松だと断定された。

 府尹は三千貫の懸賞金を武松にかけると、大なり小なりかまわず家々の隅まで探し回るように命じた。

 武松は目を覚ますと、柱に縛り付けられていることに気づいた。

 あの日、鴛鴦楼で玉蘭の死を看取ってからの記憶が定かではない。

 張蒙方の部下たちが乗り込んできて、取り囲まれていた気がする。どうやって屋敷から逃げ出したのだろうか。

 気づくとふらふらと町はずれを歩いていた。そして小さな土地神の祠を見つけ、そこで横になった。

 だが今いるのはそこではない。役人に捕えられたのでもないようだ。

 そこは小さな小屋のようで、梁からは何かの腿肉が何本かぶら下がっていた。

 扉が開かれ、数人が入ってきた。武松も、そして入ってきた者もお互いに目を丸くして驚いた。

「武松ではないか」

「張青の兄貴か」

 二人が同時に言い、後ろにいた孫二娘が、

「早く縄を解くんだよ」

 と部下に命じていた。

 詫びながら張青が説明してくれた。

 ここは十字坡一帯に点在する張青の仕事場のひとつだという。

 昨晩、獲物を捕らえたと部下が言ってきたので、出向いてみればそれは武松だったという訳だ。

「蔣門神を叩きのめしたという話は聞いていたが、その後の消息がつかめずにいたんだ。一体、何があったというのだ」

 張青の部下が用意した湯で体の血を落としながら、武松は訥々と語った。

「なるほど、とんでもない野郎たちだね。あんたがやってくれてせいせいしたよ」

 孫二娘が腕を組み、我が事のように怒りをあらわにしていた。

「道理で役人どもがいつになく出張っているという訳か。しかし、どうしたものか」

 張青は腕を組み、考え込む。

「張青の兄貴、このままではすぐにここにも役人どもが押しかけてくるだろう。そうなれば二人にも迷惑がかかってしまう。すぐにでも俺はここを発つ」

「まあ待て。出て行ってもすぐに見つかるのが関の山だ」

 張青はひと呼吸間(ま)を開けて言った。

「前に言った、二竜山の事を覚えているか」

 武松は無言で頷いた。

 二竜山、孟州から北にあり花和尚の魯智深、青面獣の楊志が頭領であった山寨だ。しかし、数か月前に童貫率いる官軍が雨と夜陰に乗じてそこを攻め、陥落させたという。

「その後の足取りが分かった。楊志、魯智深そして曹正たちは、東へと向かったらしい。彼らは青州にまで行き、そこで新たな拠点を築いているというのだ」

 そして懐から一通の手紙を取り出した。

「義理堅く、魯智深がくれた手紙だ。わしらもどうかと誘ってくれており、嬉しいのだがいかんせん青州は遠すぎる。そこで、どうだ武松。お主ここへ行ってみては」

 わしから手紙を書いておくから、という張青の提案に否やはなかった。

 兄を失い、多くの人間を殺してしまった。どうせ行くあてなどないのだ、どこへなりとも行ってやろう。

 武松は張青に感謝した。

「あんた、武松をこのまま行かせるのかい」

 孫二娘の言葉に、張青ははたと気づいた。人相書きもあちこちに出回っており、それでなくても虎殺しの武松の名は孟州界隈でも有名なのだ。

「あたしに良い案があるよ」

 孫二娘は部下をどこかへ走らせた。半刻ほどで戻ってきたその部下はひとつの包みを抱えていた。それを広げた張青は、これは、と言って苦笑した。

「前に出来心でばらしちまった托鉢僧の着ていたやつさ。体格も丁度良いし、変装用にどうかと思ってね」

 孫二娘が自慢げにその服を広げて見せる。

 着物が上下ひと揃い、鉄の鉢巻そして首から下げる数珠。この数珠はなんと人の頭蓋骨でできているといい、その数は百八つだという。

「極めつけはこれさ」

 孫二娘が鮫皮の鞘からふたふりの戒刀を取り出した。ひんやりとした気を刀から感じる。  

 目を細め、孫二娘が続ける。

「托鉢僧のくせに、こんな物をぶら下げているなんて、こいつもかなりの人殺しだったのさ。この刀、真夜中になると口笛みたいな音で鳴くのさ。まるで血を求めているみたいにね」

 まるでしつらえたかのように、その着物は武松にぴったりだった。

 鉢巻をつけ、数珠をかける。妖刀が収められた鞘を帯から下げると、そこには立派な行者(ぎょうじゃ)姿の武松がいた。

 ほう、と張青と孫二娘が同時に、感心するような声を上げた。

 武松は施恩の事が気にかかったが、危急の場合は張青と孫二娘が助力すると約束してくれた。張青は武松の義兄で、武松の義弟である施恩は、張青の義弟でもあるからだ。

 施恩にも厳しい詮議がかかるだろう。だが今は施恩の無事を信じ、身を隠すしかなかった。

 かくして武松は遠く青州への道を踏み出した。

 行者の姿となった己が、僧侶のいる二竜山へ向かうことになろうとは、何か因縁めいたものを感じずにはいられなかった。

 首から下げた数珠が揺れている。人の頭骨(ずこつ)でできていると言っていたか。からからと鳴るその音は、さながら亡者の泣き声か。

 百と八つ、煩悩の数か。

 武松が刀の柄に手を触れる。

 刀が語りかけてくるような感覚に襲われた。

 お前が斬るべき相手は俺たちが教えてやる、まるでそう囁いているかのようだった。

bottom of page