
108 outlaws

玉石
一
瓊英に会える嬉しさで、葉清は心が浮き立っていた。
襄垣から五百ほどの兵を率い、出迎えた。
妻からの便りで安否は聞いていた。だがなんと立派に成長したものか。実際に目の前にすると、涙が溢れてしまった。
抱き合い、しばしその時を噛みしめる。
「元気そうだな」
「おじ様も」
「立派な姿だ。まさか武芸を嗜(たしな)んでいたなんて。しかし、お前を戦に巻き込みたくはないのだがな」
ふふ、と瓊英の蕾のような唇がほころんだ。
「なにが可笑しいのだ」
「だって、おば様と同じ事を言うものだから」
そうかと笑い、葉清は鼻の奥がつんとなるのを感じた。
だが瓊英が神妙な顔つきになる。
「うまい具合に虎穴から出ることはできたものの、後から鄔梨も参ります。逃げることは難しそうです。それに悟られてしまっては元も子もない、と躊躇っていたところなのです」
「私の方でも、なんとか手立てを探っているのだが」
喜びの再会も束の間、重苦しい空気となってしまった。
そこへ、梁山泊軍襲来の報。
瓊英の表情が変わる。
「行きます。おじ様は襄垣の守備を」
うむ、と頷く葉清。
凛としたその背をしばし見守っていた。
王英と扈三娘が馬を並べている。襄垣への斥候隊を率いていた。
王英がどこか落ち着かない顔をしている。眉をぴくぴくさせたり、眼をぎらぎらさせて、絶えず周囲を睨みつけている。
「どうしたのよ、おかしな顔して」
「敵がいつ来るかわからねぇだろうが」
扈三娘の言葉に、王英が吠えた。
扈三娘は呆れたような顔をした。
「あんまり肩肘張ると、いざという時しくじるわよ」
「なんだと」
舌打ちをし、眉根を寄せると、横目で扈三娘を見る。
扈三娘は、言葉通りに落ち付いていた。静かに周囲を見回している姿は、思わず見とれてしまうほど優雅で、美しかった。
その美しい眉がぴくりと動いた.
「敵よ」
「わ、わかってら」
襄垣から数里の所、五陰山北に敵陣。田虎軍の旗が見えた。
王英は馬を飛ばした。
「見てろ、先手必勝だぜ」
「あっ、待ちなさい」
という声も届かず、王英は槍を構えて突進してゆく。
仕方ないという顔で扈三娘も後を追った。
梁山泊の斥候が仕掛けてきた。
瓊英は馬に乗り、待った。
胸が早鐘のように鳴る。
手綱を掴む手が震えていた。ぐっと力を入れ、何とか堪える。
これが、戦なのね。
喉が急に渇いてきた。
敵が迫る。相手から伝わってくる殺気に、再び手が震え出す。
突進してくる梁山泊の斥候の目が、自分を捉えている。
悲鳴が漏れそうになった。
気付くと右手が、腰の袋に重ねられていた。夢の中での修業を思い出す。
「天捷の星さま」
と唱えるように呟くと、肩から力が抜けるのを感じた。
「行きます」
兵たちに告げ、馬を進めた。いや自らを鼓舞していたのかもしれない。
敵陣から進み出てきた瓊英を見て、王英が目を剥いた。
「あれは、女か」
しかも美貌の持ち主だ。
鼻息も荒く、王英が突っ込んだ。瓊英は戟で迎え討つ。
瓊英が颯々と槍を捌く。思わずたじろいだ王英だったが、なおも食い下がる。
神人に武芸を授けられた瓊英だったがこれが初陣。場数で勝る王英に、次第に押され始めてしまう。
「へへ、観念するんだな」
優勢になった王英。よく見るとまだ年端もいかない少女ではないか。こんな少女を前線に送るほど田虎軍は窮しているのか。
王英はぐいっと馬を寄せ、瓊英の腕を掴んだ。
もう田虎のために戦うことはない。
そう言おうとしたが、
「不埒なっ」
瓊英は顔を真っ赤にさせ、力づくで王英の腕を引きはがした。そして戟を回し、王英に突きを放った。
「痛ってえ」
戟は太腿を貫いた。落馬した王英に、田虎軍が押し寄せる。
しかしそこに、扈三娘が立ちはだかった。
王英に逃げるよう言い、瓊英と対峙した。
「覚悟なさい」
冷たい瞳が瓊英を見据えた。
この人、強い。瓊英は直感した。だが引き下がるわけにはいかない。戟を構え、扈三娘に突っ込んだ。
驚いたのは扈三娘だ。この娘、幼いように見えるがいっぱしの武芸を使う。
しかし、まだ未熟ではある。
扈三娘の二刀が、戟を颯々と捌く。
戟が届かない。瓊英の顔が、疲労と焦燥で歪んだ。
「ええいっ」
瓊英が戟を思いっきり振り上げるように薙いだ。一旦、距離を開けた瓊英はそのまま馬首を返し、逃げだした。
させるものか。扈三娘は太腿に力を入れ、馬を駆けさせた。
すぐに距離が詰まる。馬術はそれほどでもないようだ。
む、と扈三娘が違和感を覚えた。なにかがおかしい。
逃げる瓊英の右手が腰のあたりに伸びた。
はっと違和感の正体に気付いた。得物を左手に持っているのだ。
半身(はんみ)になった瓊英の目が扈三娘を捉えていた。右手がこちらに向けられていた。
これは。わざと逃げていたのか。
扈三娘は無理やり上体を傾いだ。だが鈍い音と共に、右腕に激痛が走った。辛うじて、刀は落とさなかったが、瓊英を追うことはそこで断念した。
今のは。まさか。
いや、やはり、今のは礫だ。
張清(ちょうせい)が使うような、礫だった。