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辺境

 やはり消えていた。

 密雲県に置いていた、拠点を担っていた者が消えていた。

「ですが、おかしいですね」

 燕青の言う通りだった。

 痕跡は分かりにくくなってるが、何者かに見つかった様子ではない。用意周到に、自ら消えた感じがするのだ。

 密雲県には兵以外の人員を待機させるために来ていた。それと、荷駄を奪った連中がどこへ向かったのかを探るためである。

 王文斌がいらいらしながら大声で叫ぶ。

「何をしておる。荷駄の行方は分からんのか」

 探索に出ていた段景住と周通が戻ってきた。険しい顔をしている。

 どうだ、という盧俊義の問いに、やはり深刻な声で言った。

 盗賊たちは檀州へ入っている、と。

「馬鹿な」

 唾を飛ばす王文斌。

 間違いないと、段景住は言う。

「奴らの馬の蹄の跡を見た。真っ直ぐに城門に向かっていたんだ」

「なんだと。何故、盗賊どもを入れるのだ」

「そんな事、わからねぇよ。争った跡もないようだ」

 馬鹿な、と王文斌が唸る。

 真相を探るため、遼国側にも確認せねばならない。

 檀州の城郭が見えてきた時である。城から数百の軍勢が押し寄せてくるのが見えた。

「敵襲に備えろ」

 関勝のひと言で梁山泊の態勢が入れ替わる。王文斌はその様子に目を丸くした。そして盧俊義に連れられ、殿に配された。

 遼兵だ。五百ほどだろうか。

 大将らしき騎兵が突っ込んでくる。手には点鋼鎗。

「行かせてもらおう」

 徐寧が馬を進める。鈎鎌鎗をひと振りし、馬腹を蹴った。

 敵将が何かを叫びながら槍を繰り出してくる。

「すまんな。お前たちの言葉は分からんのだ」

 徐寧の鈎鎌鎗を敵将が首を捻り、避けた。だが徐寧は慌てず槍を引いた。鈎鎌鎗の鎌のような刃が、敵将の首を刈ろうとする。

 がばっと馬に伏せるように、敵将が咄嗟にそれをかわした。そして起き上がるやすぐに喚き出す。

 ほう、この手が通じんとは。

 敵将の腕は決して突出している訳ではなかった。だが馬上での体捌きは見事なもので、千変万化の鈎鎌鎗の攻撃を凌いでいるのだ。さすが契丹人は馬に長けている。

 面白い、と徐寧も気合を入れ直した。

 討ち合いが続いた。徐寧も敵将も、息が荒くなってきた。

「おい、大丈夫なのか」

 王文斌が心配そうに言う。

 裂帛の気合いが聞こえた。鈎鎌鎗が閃き、敵将の頬に赤い筋が走った。

 おおっ、と喜ぶ王文斌を尻目に、盧俊義も董平も渋い顔である。

 関勝が張清に視線を送った。

 張清が馬を飛ばす。

 徐寧が敵将を引き剥がすと、馬首を返した。

 すれ違う張清に、すまん、とひと言。

 敵将が吠える。逃げるのか、と言っているのだろう。

 礫が飛ぶ。敵将の左目から血飛沫が飛んだ。

 落馬した敵将を、副将が助けに駆け出す。だが李忠、周通が先に捕らえてしまう。

「貴様ら。無事に帰れると思うなよ」

 副将が指を突きつけて叫ぶ。そして兵たちを率い、反転して去った。

 その後、追撃を警戒していたが、何もなく過ぎた。

 やがて盧俊義一行は檀州に着いた。周りを川に囲まれた堅牢な造りである。

 待ち受けていたのは、城門から狙う無数の矢であった。

 一人の文官が姿を見せた。契丹人のようだが、流暢な宋の言葉を使った。

「宋の者どもよ、刃で脅すことしかできぬのか。この城を襲おうというのなら、こちらも総力を尽くす。命があるうちに去るが良い」

「何の話だ。帝からの贈り物を臨潢府の国王へ運んでいる途中、盗賊どもに奪われたのだ。そいつらがこの檀州へ来ているのだ。何か知らぬか」

「その前に、先ほど捕らえた我が将を返してもらおうか。話はそれからだ」

「ふざけるな。そっちが襲ってきたんだろうが。お前は誰だ、この城の責任者を出せ。そ奴ならわしを知っておる」

「私がここを預かる、侍郎の洞仙文祥だ。前任からはあなたの事は聞いていない。盗賊は、我々とは何の関係もない。武器を持った宋軍が侵入してきたというので、兵を送ったまで。さあ、阿里奇(ありき)将軍を返してもらおう」

 先ほどの将は、阿里奇というらしい。

「返すことはできん」

「どういう事だ」

「死んだのだ」

 なにっ、と洞仙文祥が怒りをあらわにした。

 合図とともにすべての矢が一斉に王文斌を狙った。

 阿里奇は礫の傷が思ったよりも深く、檀州に着く前に死んでいた。

「仕方あるまい。突然襲われたのだ」

「問答無用」

 洞仙文祥の手が振り下ろされる。そう思われた矢先、悲鳴が聞こえた。

 城壁の上で、侍郎さま侍郎さま、と慌てる声が聞こえてくる。

 洞仙文祥の耳たぶが、血に濡れていた。ずきずきと痺れるような痛みが走る。

「礫だ。阿里奇将軍がやられた、奴の礫だ」

 阿里奇と共に出陣していた副将、楚明玉(そめいぎょく)が身を乗り出し、張清を指さした。

「退けっ」

 盧俊義が叫ぶ。

 雨のように矢が降り注ぐ。

 辛うじて矢をかわし、充分な距離まで離れられた。

 竹筒の水を浴びるように飲み、王文斌が喘いだ。

「一体、どうなってるのだ」

「それはわしらの台詞だ。何が起きているというのだ」

 遥か小さくなった檀州を、盧俊義が見つめていた。

 ぎりぎりと、洞仙文祥が歯嚙みをしていた。

 左耳に当てている包帯が、赤く染まっている。

「くそっ、奴め絶対に許さんぞ」

 叫び、飲んでいた杯を叩きつけた。

 洞仙侍郎さま、と曹明済(そうめいせい)、咬児惟康(こうじいこう)が報告に現れた。阿里奇そして楚明玉を含め、檀州の主力はこの四名の将であった。

 しかしいまや阿里奇はいない。それも忌々しい礫野郎のせいだ。

「どうした、曹明済」

「はっ。耶律国珍さまと国宝さまが一万の兵を率い、こちらへ向かっているとの事です」

「おお、そうか。それは良い。これで梁山泊もお終いという訳だ」

 顔色を明るくした洞仙文祥が、再び杯に酒を満たした。

 耶律国珍と国宝は国王の甥で、兄弟である。いずれも万夫不当の強さを誇る猛将だ。

「出迎えの準備を。失礼があってはならんぞ」

 命を受け曹明済、咬児惟康が部屋を出る。

 酒を啜り、洞仙文祥はにやりとした。

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