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邂逅

 山賊であるはずなのだが、どこか憎めない連中だった。

 攫われて、あわや肝を取られそうになったというのにそう思うとはまったく不思議だったのだが。

「まったく、その時こいつは女の事でめそめそしやがって」

 王英が鄭天寿と牢内で出会った時の事を振りかえって言った。

 鄭天寿は微笑んでいるばかりだ。

「まったくたった一人に振られたぐらいで泣いてちゃ、俺なんてとっくに干からびてるぜ」

 燕順や周りの手下たちが大笑し、宋江も笑った。しかし王英はあくまでも真剣な様子だった。

「はは、こいつは本当に女好きでしてな。宋江どのからも言ってやってください」

 燕順はそう言って笑い、今後は宋江がいかに義に厚く心が広い人物であるかを、一同に聞こえるように語り出した。

 噂がひとり歩きしているようだ。自分はそれほどの大人物でもなければ、義侠と呼ばれるほどの男ではない。

 人から人へ伝わる度に、尾ひれがついて話が大きくなったのだろう。

 だが、もともとは小さくとも宋江がした行為ではある。その相手が嬉しかったからこそ、誰かに話をしたのが始まりなのだ。そう考えると、宋江は本当にありがたい気持ちになった。

 するうちに国や役人への不満の話題に変わる。

 燕順や王英、鄭天寿らが口々に、今の世は金と権力を持つ者の天下であり、いつも泣きを見るのは弱い者だと言う。周りの手下たち、おそらく落草してきたであろう者たち、もそれに賛同し、次第にそれが熱を帯びてくる。

 宋江は肯定するでもなく、黙して酒を飲んでいた。

 柴進の別荘で出会った武松も同じようなことを言っていた。また金持ちであるはずの孔兄弟も国のやり方については不満があるようだった。

 そして、この清風山の三人もだ。あのまま鄆城にいたならば、こういった生の声も聞く事ができなかったのかもしれない。

 これほどまでに国に対する不満が溢れていようとは。

 ならばどうすれば国が良くなるのか。そして自分は何をすることができるのか。

 宋江はふと生まれた疑問を心に刻み込むことにした。

 

 月日は経ち、十二月八日。

 四人が食事をしている時、手下が注進にやってきた。

 墓参りらしき一行が街道を通っているというのだ。一行は七、八人で荷を二つと籠を担いでいるという。

「よし、俺に任せな」

 と、王英が鼻息も荒く飛び出して行ってしまった。あまりの勢いに、きょとんとする宋江。

 燕順と鄭天寿は顔を見合せ、またかという表情をしていた。

 しばらくして王英が帰って来た。手下の報告によると、墓参りに一行はすぐに逃げてしまい、簡単に荷を奪えたとのことだった。

 王英は、と聞く燕順に手下は少し困ったような顔をした。

「またか」

 燕順が大股で王英の部屋へと歩いて行く。宋江と鄭天寿もそれに続いた。

 合図もせずに部屋を開ける燕順。

 中には驚いた顔の王英と、ひとりの女性がいた。

 その女性は籠に乗り、墓参りに向かうところだった。籠、と聞いてすぐに思い当たった王英は女を手に入れようと飛び出したのだ。

「命ばかりはお助けを。私は夫のある身なのです」

 宋江らを見ると女がそう懇願した。

 だが、王英はこの女を自分のものにすると言ってきかず、さらに女は泣くばかり。

 どうしたものか、と唸る宋江。

「斬ってしまえ」

 燕順が低い声で言った。

「その女は斬るのだ、王英。いつも言っているだろう、女は禍(わざわい)の種となる。お前ができなければ俺がやろう」

 燕順が刀を抜き放つ。鈍い光を放つ刀を見て、女がさらに泣き喚いた。

 宋江は慌てて燕順を止める。

「まあ、ちょっと待ってください。命まで奪う事はないでしょう。ここは私に案があります」

 そして王英に言う。

「王英、聞いたようにその人には夫がいるそうではないか。無理に奪ったとて、嫌な思いをするだけです」

 ううむ、と唸る王英。

「いつかふさわしい相手を見つけてあげるから、ここは我慢してもらえぬか、王英」

「そいつは良い考えだ、なあ王英」

 宋江の提案に、燕順も口を添える。

「ちぇ、わかったよ。約束ですぜ、必ず良い女を見つけてくださいよ」

 不満そうではあったが、宋江の顔を立てたのだろう。王英は手下に言って、女を麓まで送り届けさせた。

「さすが宋江どのは義の人だ」

 と燕順が広間へと戻って行く。 

 だが王英はいつまでも名残惜しそうな顔をしていた。

 

 さらに数日を清風山で過ごし、宋江は山を下りる事にした。

 燕順たちが改めて別れの宴を開いてくれた。酒を飲み、笑いあう彼らを見ていると、本当に山賊である事が信じ難いほどだ。

 燕順、王英、鄭天寿の三人は山を下り、途中まで宋江を見送ってもくれた。二十里ばかり同行し、街道に出るとそこで別れる事になった。

「お帰りになる時は、またうちへ寄ってくださいよ、宋江どの」

 燕順が笑いながら言い、三人が道を戻ってゆく。

 姿が小さくなった頃、王英の声が聞こえた。

「約束、忘れないでくださいよ」

 宋江は可笑しいような、あきれるような微妙な表情をした。返事の代わりに、右手を上げそれに応えた。

 気を取り直し、宋江は歩き出した。

 やがて三叉路にたどり着いた。その土地が清風鎮であり、そこに造られたのが清風寨である。清風山や他の山賊などから青州を防衛するための寨(とりで)というわけである。

 少々、予定よりも遅れてしまった。まさか清風山の山賊に歓待されていたなどとは言えまい。会いに行くべき友人はこの清風寨の副知寨なのだ。

 宋江は清風鎮に入ると、彼の家を探した。戸数は四、五百戸ほどだろうか。役所が街の中央にあり、そこの北側が彼の住居であった。

 宋江は門番に取り次ぎを頼み、しばらく待った。

 最後に会ったのは五年前か。

 やがて男が中から現れた。すっきりとした目もとの美丈夫だが、引き締まった体躯は武官のそれだった。

「待ちかねたぞ、宋江」

 男が笑顔で近づいてくる。

 まだ幼いと言っても良い頃、青州で彼の父に付いて共に学んだ、懐かしい記憶が甦ってくる。

 すっかり武官らしくなっているが、あの頃の面影がほのかに残っているようだ。

 この男こそ清風寨の副知寨で宋江の友人である、花栄(かえい)であった。

「すまん花栄、すっかり遅くなってしまって」

 長い間、会わなくても隔たりがあっという間になくなってしまう。

 友とはそういうものだ。宋江が自然と笑顔になった。

 運城県を脱出してからどれくらいぶりだったろうか、これほど素直に笑えたのは。

 二人の再会を見ていた門番も、微笑んでいるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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