108 outlaws
布陣
三
兀顔光が、西陣の烏利可安に指示を飛ばす。
「今日は金(きん)の日だ。お主が攻めよ」
五行で西は金に当たる。号令と共に陣が動きだした。
東陣が北の位置に動き、さらに西へ。ついには南の位置に陣が動いた。必然、他の陣も同様に位置を変えている。
指名された烏利可安の西陣が北に、すなわち前方に来た。
天盤左旋の象だ。
陣が開き、烏利可安と配下の宿将のうち、金を司る四将が飛び出した。
亢金竜の張起、牛金牛の薛雄、婁金狗の阿里義、鬼金羊の王景である。
朱武の指示が遅れた。梁山泊軍は乱れた。
辛うじて反撃をするものの、少なからぬ被害を受けた。
後方でそれを見ていた盧俊義が援護に向かう。李逵、樊瑞ら歩兵を伴っている。
朱武がすぐに応じ、花栄と呼延灼を日月の隊にぶつけた。さらに林冲、秦明、徐寧らが加勢し、耶律得重、答里孛を押さえる。
その間を盧俊義たちが駆け抜け、王のいる中軍目指して突っ込んだ。
本隊にぶつかってくるとはいささか驚いた兀顔光だったが、そこは冷静だった。数でも圧倒的に有利である。
号砲が轟き、陣形が動き始めた。
李逵はしゃにむに二丁の斧を振りまわす。その度に遼兵が頭を割られ、腕を斬り落とされ、胴を真っ二つにされてゆく。鮑旭も恍惚の表情で刀を血に染めてゆく。鬼神の如き二人に、勇猛な遼兵もたじろぎだした。
盧俊義は好機と見た。狙うは遼の王。そして、何よりも横に侍る褚堅である。
盧俊義の視線が彼方に見え隠れする褚堅を捕らえた。
絶対に許さぬ。
その褚堅の背に悪寒が走った。見ると遠くで盧俊義が暴れている。だが到底ここまで来られはしまい。
落ち着いた風を装い、王に囁く。
「ご安心ください。我らの勝利は揺るぎありません」
その言葉通り、盧俊義たちの退路が塞がれつつあった。
だが盧俊義に襲いかかった遼兵の額に飛刀と標鎗が突き立つ。
「盧俊義どの、ここは退くべきです」
樊瑞が叫ぶ。項充と李袞は団牌兵を指揮し、道を確保する。
もう一度、褚堅を見る。
見下したような顔が見えた。
頭に血が上るが、樊瑞の再三の叫びに何とか自制した。
突如、遼の陣内に炎が巻き起こった。驚きと、その熱さに遼兵が離れてゆく。
樊瑞の幻術である炎の道の中を、盧俊義たちが退却してゆく。
李袞が叫んだ。
「おい、李逵が」
李逵が撓鈎に絡め取られるのが見えた。
助けに戻ろうとする李袞を、項充が必死に止める。
「駄目だ。お前まで捕まっちまう」
「ちくしょう」
李逵は、何人かの首を飛ばした後、縄で縛りあげられた。
梁山泊本隊から退却の鉦が鳴った。
李袞は後ろ髪を引かれる思いで、何度か振り返った。
やがて李逵の姿は見えなくなってしまった。
悲嘆に暮れる梁山泊軍。
項垂れる朱武の元に、史進が現れた。
史進は何も言わず、朱武の横っ面を殴った。
朱武が吹っ飛び、地面を転がる。口の中が切れた。血の味がする。
何をする、と言いかけたが、その前に史進が吼えた。
「情けない顔してるんじゃないぞ、朱武。神機軍師って渾名は飾りかよ。俺は、もっと凄いと思ってたんだぜ、あんたの事を」
射竦めるような視線が、痛かった。
だが怒っているのではない。それだけは分かった。
「兵法、陣形に関しては誰にも負けないんだろ。少華山の連中を見てみろ。海千山千の梁山泊の中でも、奴らが活躍してるじゃねぇか。それも朱武、あんたが鍛え上げたおかげなんだ」
史進が手を伸ばした。
朱武はそれを取り、立ち上がった。
「相手も陣形に関しては相当らしいが、だからどうした。数で勝ってるだけじゃねぇか。俺の知ってる朱武は、そんな状況をいくつも覆してきたぜ」
にやっと笑い、史進が部屋を出てゆく。
ふいに史進の姿が歪んだ。
涙が頬を流れていた。
同じく項垂れていた宋江は鬱々と朝を迎えようとしていた。だが、もたらされた報告に破顔した。
「遅くなりました、宋江どの。侯健が文句を言いながらも、間に合わせてくれましたよ」
戴宗が微笑みながら、そう言った。
梁山泊からの援軍が、到着した。
宋江は胸を高鳴らせた。