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布陣

 兀顔延寿が捕らえられたと知り、李集が単騎飛びだした。

 狼牙棒を構え、秦明が立ちはだかる。

「死にたくなければ、そこをどけい」

 吼える李集。手にした槍の穂先が光る。

 この戦いは、宋への復讐である。我が先祖の悲願である。

 李集は李陵の後裔であった。李陵とは漢代の軍人である。

 しばしば国境を脅かす匈奴と勇猛に戦ったが、ある戦に敗れて降伏。だが時の帝は李陵を、敵に寝返った逆賊とした。それ故、李陵の子孫は以降も代々の朝廷を恨み、異民族に協力をしてきたのだ。

 李集にとっては今の宋朝が敵である。

 軍を弱体化させた宋を、征服するならば今なのである。だから軟弱な姿勢の正当な遼に反旗を翻し、強い遼を復興させるために尽力したのだ。

 兀顔延寿はそのためになくてはならない駒なのだ。

 秦明が馬を飛ばす。狼牙棒を大きく振りかぶる。

「貴様こそ、どけぇい」

 秦明の雷鳴のような声が轟いた。

 刹那、李集は怯んでしまった。

 それが手を鈍らせた。

 狼牙棒に打たれた李集が飛び、地に落ちるまでに息絶えていた。

 嵐のような喊声が巻き起こった。梁山泊軍が遼軍に向かって押し寄せる。

 太真胥慶は一目散に逃げた。

 燕京に着き、転がるように国王の前にひれ伏した。

 王はもちろんだが、兀顔光の方が声を荒げた。

「何だと、延寿が。本当なのか、駙馬どの」

 太真胥慶は這いつくばったまま、取れそうなほど首を上下に振った。

 国王が立ちあがり、家臣に命じる。

「すぐに救出の軍を出すのだ」

「お待ちください。その必要はございません」

 止めたのは、兀顔光だった。

「延寿は戦いに敗れ、捕虜となりもうした。わざわざ軍を出す必要はございません。捕らわれたからには死も同然。延寿もそれは承知しております」

 毅然と言う兀顔光に、王は何も言えなかった。そして、その揺るぎない信念を誇らしく思った。

「わかった。ならば、梁山泊軍を殲滅しようではないか。今度こそ、お主が出てくれるのだな、統軍」

「はっ、我らが地を汚す賊どもを討ち払ってみせましょう」

 威風堂々たる兀顔光に、王の心も震えた。

 瓊妖納延と寇鎮遠ふたりの将が一万を率い、先鋒として出陣した。兀顔光も出陣のため幕舎へと向かう。

 そこに耶律得重がいた。薊州を任されていたが梁山泊に敗れ、燕京に戻ってきていたのだ。

「いよいよですな、統軍」

「はい、皇弟どの」

「やめてください。いまは一人の将として、統軍に従うのです」

「うむ。頼りにしているぞ」

 耶律得重も息子を梁山泊に討たれている。その怒りと悲しみは、いかほどだろうか。耶律得重は、静かに頷いた。

 兀顔光が居並ぶ将たちと一人ひとり目を合わせてゆく。

 兀顔光を含め十一人。十一曜の大将である。

 皇弟である耶律得重は太陽星。太陰星は答里孛。公主である彼女は、女兵五千を率いる。

 次に皇姪の四人、羅睺星に耶律得栄、計都星は耶律得華、紫炁星が耶律得忠、そして月孛星の耶律得信が連なる。いずれも凶星である。

 続いて四方の星。東方青帝木星、只児払郎。西方太白金星、烏利可安。南方熒惑火星、洞仙文栄。檀州の侍郎、洞仙文祥の弟である。そして北方玄武水星、曲利出清。さらにこの四将がそれぞれ七宿、合わせて二十八宿将を率いる。

 そして彼らを統べる兀顔光は、中央鎮星土星を司る。

 兀顔光が先頭に立ち、二十余万の精兵と共に、地を揺るがしながら燕京を発った。

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