top of page

布陣

 気だるさと共に目を開けた。

 ここは、どこだ。

 見なれない天井だ。

「気分はどうかね、張清」

 頭がまだぼんやりとする。だが声の主が安道全であると分かった。

 首に矢を受けたことを思い出した。

 そこからの記憶が曖昧だ。死ぬと思っていたが、生き延びたようだ。

 何か言おうとして、上手く声にならなかった。

 安道全が水を飲ませてくれた。

 ゆっくりと起き上がる。

 包帯を巻かれた首のあたりが突っ張るようだ。

 楊雄と石秀が、薊州の医者に応急処置をさせたおかげだという。

「あの後、どうなったんです」

「いまだ続いておる。どうやら遼の国王と名乗る者が元凶のようだ」

 龔旺と丁得孫も、遼に向かっているという。

「おい大将。丁得孫と同じになったな」

 眠る張清に、龔旺が冗談を飛ばしていたという。

 丁得孫も過去、首に矢を受けたのだ。

「お主は駄目だ。まだ養生が必要だ」

 戦線に向かうという張清の意見は却下された。

 それに抗議しようとして、寝台を下りた途端にふらついた。

 安道全の診立ては、確かなようだ。

「しばらく待て。お主が治る頃には、連中が朗報を持って戻ってくるだろうて」

「わかりました」

 張清はそう言って、寝台に腰かけた。

 頭がすっきりとしない。怪我のせいなのか、薬のせいなのか。

 眠っている間、なにか夢のようなものを見た気がするが思い出せない。

 皆が寝静まった頃、夜詰めの花小妹が看病に訪れた。

 花小妹が慌てて、安道全を起こした。

 二人で張清の部屋に駆けこむ。

 目を閉じたままの張清が、腕を振ったり、足を蹴るようにしているのだ。夜具は床に落ちてしまっていた。

 額に手を当てるが熱はない。首の傷も破れてはいないようだ。

「どうやら夢を見てるようだな」

「発作が起きたのかと思いました」

 花小妹がほっと胸をなでおろす。

「今日はもう休みなさい。起きてしまったし、後はわしがやろう」

「申し訳ありません。ですが、先生こそお休みになってください」

 花小妹が毅然と言った。兄の花栄と同じく、意外と頑固なところもあるのだ。

「そうだな、頼んだぞ。だが無理はするな。お主が倒れては、他に頼る者がおらぬのでな」

「お弟子さんを取れば良いのに」

「わしは口うるさくて偏屈な年寄りらしいからな。弟子を取ってもみんな逃げていくのだ」

 じゃあ頼んだぞ、ともう一度言って、安道全が部屋を出た。

 弟子か。弟子と呼べるのは、一人くらいか。

 そ奴も今は何をしているのか。

 安道全は寝床で、まんじりともせず朝を迎えることになった。

 張清はすでに起き上がっていた。

 掌を見つめ、握ったり開いたりしている。

「どうした。手の調子がおかしいのか」

「いえ、そうではないのですが。夢を、見たようなのです」

 安道全は昨夜の様子を思い出す。

「どんな、夢を」

 遠くを見るような目を、張清がする。

 そしてもう一度掌を見る。

「はっきりとは、覚えていないのです。ただ、誰かに礫を教えていたようです」

「夢の中で礫を、というのか」

 張清が神妙な面持ちで頷き、掌を差し出してきた。

 それを見た安道全が、あっと声を上げる。

 張清の掌に、丸く赤い跡がついていた。

 丁度、張清が使う礫と同じくらいの大きさだった。

bottom of page