108 outlaws
布陣
一
気だるさと共に目を開けた。
ここは、どこだ。
見なれない天井だ。
「気分はどうかね、張清」
頭がまだぼんやりとする。だが声の主が安道全であると分かった。
首に矢を受けたことを思い出した。
そこからの記憶が曖昧だ。死ぬと思っていたが、生き延びたようだ。
何か言おうとして、上手く声にならなかった。
安道全が水を飲ませてくれた。
ゆっくりと起き上がる。
包帯を巻かれた首のあたりが突っ張るようだ。
楊雄と石秀が、薊州の医者に応急処置をさせたおかげだという。
「あの後、どうなったんです」
「いまだ続いておる。どうやら遼の国王と名乗る者が元凶のようだ」
龔旺と丁得孫も、遼に向かっているという。
「おい大将。丁得孫と同じになったな」
眠る張清に、龔旺が冗談を飛ばしていたという。
丁得孫も過去、首に矢を受けたのだ。
「お主は駄目だ。まだ養生が必要だ」
戦線に向かうという張清の意見は却下された。
それに抗議しようとして、寝台を下りた途端にふらついた。
安道全の診立ては、確かなようだ。
「しばらく待て。お主が治る頃には、連中が朗報を持って戻ってくるだろうて」
「わかりました」
張清はそう言って、寝台に腰かけた。
頭がすっきりとしない。怪我のせいなのか、薬のせいなのか。
眠っている間、なにか夢のようなものを見た気がするが思い出せない。
皆が寝静まった頃、夜詰めの花小妹が看病に訪れた。
花小妹が慌てて、安道全を起こした。
二人で張清の部屋に駆けこむ。
目を閉じたままの張清が、腕を振ったり、足を蹴るようにしているのだ。夜具は床に落ちてしまっていた。
額に手を当てるが熱はない。首の傷も破れてはいないようだ。
「どうやら夢を見てるようだな」
「発作が起きたのかと思いました」
花小妹がほっと胸をなでおろす。
「今日はもう休みなさい。起きてしまったし、後はわしがやろう」
「申し訳ありません。ですが、先生こそお休みになってください」
花小妹が毅然と言った。兄の花栄と同じく、意外と頑固なところもあるのだ。
「そうだな、頼んだぞ。だが無理はするな。お主が倒れては、他に頼る者がおらぬのでな」
「お弟子さんを取れば良いのに」
「わしは口うるさくて偏屈な年寄りらしいからな。弟子を取ってもみんな逃げていくのだ」
じゃあ頼んだぞ、ともう一度言って、安道全が部屋を出た。
弟子か。弟子と呼べるのは、一人くらいか。
そ奴も今は何をしているのか。
安道全は寝床で、まんじりともせず朝を迎えることになった。
張清はすでに起き上がっていた。
掌を見つめ、握ったり開いたりしている。
「どうした。手の調子がおかしいのか」
「いえ、そうではないのですが。夢を、見たようなのです」
安道全は昨夜の様子を思い出す。
「どんな、夢を」
遠くを見るような目を、張清がする。
そしてもう一度掌を見る。
「はっきりとは、覚えていないのです。ただ、誰かに礫を教えていたようです」
「夢の中で礫を、というのか」
張清が神妙な面持ちで頷き、掌を差し出してきた。
それを見た安道全が、あっと声を上げる。
張清の掌に、丸く赤い跡がついていた。
丁度、張清が使う礫と同じくらいの大きさだった。